55 ローズマリー夫人のお気に入り
「ん。鶏肉も美味いな。この栗は甘いが、周りの茶碗蒸しとよくあっていて味を引き立てているな。本当に旨い」
ひいおじい様は律儀に具材を半分にして、私の口に運んでくれる。
「おじい様、アーシェ」
ローディン叔父様とローズ母様が炊き込みご飯の仕込みを終えて、こちらに寄ってきた。
ローズ母様は料理をする為、まっすぐで長い髪を後ろで束ねた姿だった。
「これは―――茶碗蒸しですか?」
ローディン叔父様は蒸碗を見てすぐにわかったらしい。
「? 茶碗蒸し?」
ローズ母様は初めてらしい。
ローズ母様の後ろからトマス料理長の『茶碗蒸し!?』と、大きな声がしたかと思ったら、速攻でレイド副料理長の近くにきて、茶碗蒸しを覗き込んでいた。
その表情が真剣でびっくりした。
「ローズが嫁いだ後すぐに、ダリウスとローズマリーが大陸に旅行に行ったからな。知らないのも無理はない。これは大陸の調味料と一緒に買ってきた器で、大陸で食べた茶碗蒸しなるものをこっちでも食べたいと器を購入してきたのだ」
「まあ、そうだったのですね。―――これはアーシェが?」
「ああ、アーシェラの指示で料理人のハリーが調理をしたが、味付けはアーシェラがしていた。味見をしたが、美味いぞ」
「なるほど。私たちも味見をしたいですね」
「そうね。食べてみたいわ」
「賄い用にココット皿に作ったものがあります。こちらをどうぞ」
レイド副料理長がもう一つの蒸し器で作っていた茶碗蒸しを皿にのせて、ローディン叔父様とローズ母様に渡した。
「ああ。きれいな色合いだな」
「ほんとうにきれいね。まあ。お出汁のいいかおりがするわ」
ふたりでスプーンですくって口に運ぶ。
「「美味しい……」」
「ほんとうにアーシェが作るものはハズレがないな。うまい」
「ふふ。そうね。滑らかでお出汁が効いててとっても美味しいわ」
「アーシェ、母様にも作り方教えてね」
「あい!!」
「大旦那様、すみません。賄い用に作ったものを、今、皆に味見をさせてもよろしいでしょうか?」
レイド副料理長がひいおじい様に伺いを立てた。
見ると、厨房の視線が皆こちらに向いている。
そういえば、ひいおじい様とローディン叔父様とローズ母様だけが食べていたのだ。
料理人さん達が物欲しそうに出来上がった茶碗蒸しを見ている。
「いいだろう。味を覚えて今度から作ってくれ」
「「「ありがとうございます!!」」」
「「うまい……」」
トマス料理長とレイド副料理長が茶碗蒸しを堪能している。
「これが茶碗蒸し……ローズマリー様がどうしても食べたいと言った意味が分かりました。本当に美味しいです」
「ローズマリー様は『他の料理は諦めるけど、茶碗蒸しだけは再現してほしい』とおっしゃられてたんですよね。たしかにこれは逸品です」
ローズマリー夫人にとって、大陸での第一位の料理が茶碗蒸しだったようだ。
「滑らかで、すっと入っていきます! 美味しいです!!」
「この中にたくさん具材が入っているのも楽しいです!」
「鶏肉にエビにシイタケ、このニンジンもこうやって切ると見つけた時楽しいですね!!」
料理人さん達も口々に美味しいと言ってくれる。よかった。
「このデザート用の栗もこうやって料理に出来るのですね。最後に甘いものを食べられてなんだか嬉しくなります!」
「甘煮のシロップはいままでパンケーキに使ったりしていましたが、茶碗蒸しにも出来るのですね」
!! そのパンケーキは絶対に美味しいはずだ!!
「ぱんけーき! おいししょう!!」
「ではおやつにお作りしますね!」
ハリーさんがこころよく了承してくれた。やった!
「あい! おねがいちましゅ!!」
「これは、ストックしていた出し汁ですか? コンブを入れていたものでいいんですよね?」
トマス料理長が茶碗蒸しを試食しながら、味のもとになるものをぼそりと言うと。
「そこに並べてある調味料を入れていたぞ。それにハリーも見ていたから聞けばいい」
ひいおじい様が言うと、ハリーさんが青くなった。
「お、大旦那様! 私はどちらかと言えば、デザート職人です!! 店が無くなって大旦那様に拾ってもらったのですよ! 他の料理は一度見ただけでは作れません!!」
ハリーさんはお菓子屋さんだったのか。
聞くと、ハリーさんは大きな菓子店の支店で働いていたが、経営不振で本店を残して支店をたたんだらしい。
支店で働いていたハリーさんは、そのあおりを受けて失業。知り合いに頼まれたひいおじい様がバーティア家の料理人としてハリーさんを引き取ったそうだ。ちなみに王都のバーティア子爵家別邸にも同様の人がいるそうだ。
そうか! もともと本職だったから、芸術品みたいなケーキが作れるんだ。すごい。
そういえば、たまにローディン叔父様が子爵家に戻った時、おみやげに焼き菓子を持ってきてくれるのは、ハリーさんが作ってくれていたんだ。
すごく美味しくてお気に入りだったのだ。
気がついたら、トマス料理長とレイド副料理長が私をじーっと見ている。
ああ、これはもう一度作るしかないだろう。
いっぱいつくったら、料理人さん達だけじゃなく、子爵家で働く他の人達にも食べさせることが出来るからいいか。
「もういっかい、ちゅくる?」
返事は速攻だった。それも一斉に。
「「「「「お願いします!!」」」」」
一度作ったので、だいたいのことはハリーさんが分かっている。
あとは味の決め手の調味液の作り方だ。
さっきは目分量で入れていたけど、出し汁におたまを使って醤油やお酒の量を確認しながら入れていく。
この方法なら覚えやすいはずだ。
メモを取っていたからたぶん大丈夫だろう。
「大きめの卵一個に対して、調味済みの出し汁をおたま3杯ですね」
「ざるを使って卵液を濾していたから、あんなになめらかだったのですね」
私の両側にはトマス料理長とレイド副料理長が陣取っていた。
トマス料理長は、私に対する先ほどまでの疑いがすっかり無くなってしまったようだ。
蒸上がった茶碗蒸しを試食して『苦節4年半……』と二人が感動の涙を流していた。
何度も試行錯誤して、その度にローズマリー夫人に『違う』と言われ続けてきたらしい。
人によっては甘い茶碗蒸しが苦手な人もいるから、栗の甘煮の汁を入れないで作る茶碗蒸しもあるよ。と言ったら。
作る度にローズマリー夫人が『ほんのり甘かったのよ』と言っていたそうだから、この味でいいだろう。
◇◇◇
その後、厨房の端のテーブルでハリーさんが作ってくれた、アイスクリームを乗せたパンケーキを堪能した。
焼きたてはやっぱり美味しい。
「お菓子は買ったものばかりだったけれど、パンケーキなら私も作れるかしら」
時間がかからずに出来たところを見ていたローズ母様が言うと。
「先ほどのベーキングパウダーがあれば、比較的簡単にできますよ。ローズ様」
「材料は商会にもあるとは思いますが、使うものをひとまとめにして帰りにお渡しします。コツさえ掴めばお作りになれますとも」
「あとで作り方を書いたものをお渡しいたしますね」
トマス料理長とレイド副料理長、デザート担当のハリーさんがにこやかに話す。
自分たちの主人が料理に興味を持ったことを嬉しく思っているらしい。
「アーシェ。頭がこっくりこっくりしてるぞ」
パンケーキを食べてお腹いっぱいになったら、急に眠くなってきた。
「お昼寝の時間ですものね」
「どれ、私が連れて行こう。おいでアーシェラ」
「うにゅ……あい……」
ひいおじい様に抱っこされて厨房を後にした。
ちいさく手を振ったら、料理人さん達みんなが笑顔で手を振り返してくれた。
―――その後、ディークひいおじい様が商会の家に来るときは、毎回料理人さん達手作りの美味しいお菓子がおみやげに来るようになったのだった。
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