54 はれの日のごちそう
ディークひいおじい様にいいと言ってもらえたが、調理はハリーさんにやってもらうことにした。
厨房にストックされていた、昆布と小魚、干しシイタケで作った出し汁を貰って、ハリーさんに鶏肉を一口サイズに切ってもらい、エビとともに下ごしらえしてもらった。
鍋に出し汁、酒、砂糖、塩、しょうゆとどんどん入れていく。ここらへんは前世での長年の勘である。
そして、薄切りにしたシイタケと、ニンジンを花の形の飾り切りにしてもらって煮てもらった。
さすがは、ケーキの飾りが芸術品のハリーさんだ。
ニンジンがかわいい梅の花のようになっている。もちろん、花の形の残りのニンジンもささがきにして一緒に煮る。
おつゆの味見をして、あえて濃い目に味付けを調整した。
そして、別のボウルに卵を割入れ、卵白のコシを切るようによくほぐす。
次に深めのココット皿を用意して、鶏肉とエビ、出し汁で煮たシイタケとニンジンを入れた。
「ちゅぎに、くりのあまにをいれる」
「は、はい」
何を作っているのか皆目見当がつかないハリーさんは、私の後ろにいるひいおじい様におののきながら作業を進めていった。
「アーシェラ、何を作っているのだ?」
「んーと。ちゃわんむしちゅくってる」
「? ちゃわんむし?」
「これ!」
醤油の瓶のラベルに絵と料理名が描いてある。
絵を指差すと、ひいおじい様が。
「ん? これに似た器あったはずだな。―――レイド副料理長。これと同じ器をダリウスが購入してきたはずだな?」
すごい。器はあきらめていたのに、しっかりあった。
どうやら本当にダリウス前子爵は大陸の食事にハマっていたんだな、と思う。
器まで揃うとテンションが上がる。
今日の晩餐は、デイン伯爵家の皆さんがお祝いしに来てくれるのだ。
よし! 美味しい茶碗蒸しを作ろう!
茶碗蒸しは、日本でいうハレの日、お祝い事の時に作る料理。
前世の我が家では正月料理として毎年作っていた。
今日はローディン叔父様の誕生日でお祝いをする日。ハレの日だ。
ココット皿のものは料理人さん達の賄いにしてもらうことにして、茶碗蒸し用の器に新たに具材を入れる。
あとは冷ましておいた出し汁に栗の甘煮の汁を入れて味見をする。
あえて濃い目に味付けした出し汁のしょっぱさと、栗の甘煮の汁の甘さがいいバランスになって美味しい。さらに、卵と一緒にするからちょうどよくなる。
甘い茶碗蒸しは前世の家の定番だった。
もちろん栗の甘露煮が入っていない茶碗蒸しも大好きだが、栗の甘煮があったから思い出した料理だ。
卵一個に対して、調味済みの出し汁はおたま3杯。前世の我が家ではこれが黄金比率だった。
卵と合わせた調味液を一度ざるで濾す。このひと手間で蒸しあがりが滑らかになるのだ。
具材の入った蒸碗に卵入りの調味液を7分目くらいまでいれて、ミツバをちらした。
「これを蒸すのですよね?」
途中から茶碗蒸し作りに参加したレイド副料理長がすでに蒸し器をスタンバイしていた。
「あい。おねがいちましゅ」
大きな蒸し器にならべて、だいたい12~13分くらい蒸したあと。
ひとつ取り出してもらって、受け皿に乗せる。
レイド副料理長が布でまだ熱い蒸碗の蓋を開けてみると、卵のうすい黄色にミツバの緑とエビの赤と白、シイタケの茶色が、映えている。
いい感じで固まったので、完成だ。
「ほう。なんとも美しい料理だな」
ひいおじい様が茶碗蒸しをみて感心して言った。
そう、茶碗蒸しはとても美しい料理だと思う。
日本料理でいう五色。赤・黄・青(緑)・白・黒(茶)が入ると、とてもおいしく見えるのだ。
黄色と赤は食欲を増し、青は清涼感を、白は清潔感を、黒は料理を引き締める色と聞いたことがある。
五色を備えた茶碗蒸しは視覚的にもとても美味しいのだ。
できれば紅白のかまぼこがあればよかったけど、ないものは仕方ない。
エビがいい役目を果たしてくれている。満足だ。
「これが茶碗蒸し……旦那様にこのラベルと同じく作れと言われた時は皆目見当もつきませんでしたが、このような料理だったのですね」
ぼそりとレイド副料理長が呟いた。
ダリウス前子爵様、それは無理な要求じゃないだろうか。
この醤油のラベルの絵は簡略化されている。
しかも料理の絵と料理名が記載されているだけで、レシピが一切書かれていない。
ラベルに描かれている茶碗蒸しは、蒸碗は忠実に再現されているが料理の絵は雑だ。
かろうじてエビとミツバが分かるくらいだ。
結局はじめて作ったのは、想像を働かせた結果、プリンもどきになってしまったそうだ。
「ローズマリー様がとても残念がっていらっしゃったので、とても申し訳なくて……」
「ああ、そうだったな」
何度も挑戦した茶碗蒸しもどきをひいおじい様も食べていたらしい。
ローズマリー夫人は茶碗蒸しには鶏肉もシイタケも入っていたと言っていたらしいから、具材はたぶん近いと思う。
さて。大陸から購入してきた蒸碗で作ったのは10個、今日の晩餐は9人なので1個余る。
そしたら、やっぱり味見したいよね。
「ひいおじいしゃま、どうじょ」
調味液を味見したら美味しかったので、出来上がりは具材の旨味も加わってもっと美味しく出来上がったはずだ!
「うむ。食べてみよう」
「ほんとうに綺麗な料理ですね。大旦那様―――どうぞ。この器についてきた陶器のスプーンです」
レイド副料理長が茶碗蒸しを見て、ほう、と息をつきながらスプーンを用意した。
ひいおじい様がレイド副料理長からスプーンを受け取って茶碗蒸しを一口。
「!!」
ひいおじい様が目を見開いた。
まず感じるのは、滑らかな食感。
そして、だしの旨味とほんのりと感じる甘味。
エビや鶏肉、シイタケなど旨味が出る具材が入っているのだ。
美味しくないわけがない。
「……美味いな……」
温かくて、優しい味。
スプーンを入れると、中に沈んでいた具材が顔を出す。
中に沈んでいた鶏肉もふっくらとして美味い。花の形のニンジンは遊び心もあり頬が緩む。
時折ミツバの葉や茎が味を引き締める。
ひいおじい様が『美味しい』と、ふわりと微笑んだ。
そろそろ私も食べたい!!
「ひいおじいしゃま! あーちぇにも!!」
「ああ。そうだな。ほら、あーん」
ふうふうしてくれたので、安心して食べた。
「あーん。―――おいちい!!」
思い出の味が口いっぱいに広がる。ああ。大好きな味だ。
少し離れたところでレイド副料理長とハリーさんが。
『大旦那様があーん……』
『あのようなお顔みたことがありません』
『『いつも無表情なのに……』』
ふたりとも小声でも聞こえてるよ。
「アーシェラは料理が上手だというのは知っていたが、あっという間に美味しいものが出来る。魔法のようだったな」
優しい瞳でひいおじい様が微笑んでくれた。
ねえ、ひいおじい様のどこが無表情なの?
いつもひいおじい様はきちんと私と向き合ってくれて、ちゃんとお話ししてくれるよ。
お読みいただきありがとうございます。




