53 はじめてのバーティア子爵邸
そろそろ初雪が降る。
その頃が私の4歳の誕生日だ。
毎年誕生日はちゃんと祝ってもらった。
拾いっ子である私の誕生日は、正しい日にちは不明だ。
それでも、ローズ母様たちは拾った時の赤子の様子から私の誕生日を逆算した。
そして。ローディン叔父様の誕生日と同じにしたみたいだ。
たぶん私の本当の誕生日とものすごく近いと思う。
ローディン叔父様は今年20歳になる。
来月ローディン叔父様はウルド国へ出征する。
今年も商会の家で誕生会をするのかと思ったら、ひいおじい様に呼ばれ、バーティア子爵家で行うことになった。
そして、誕生会の今日、商会の家とは比較的近いところにありながら、子爵邸に初めて足を踏み入れた。
バーティア子爵家本邸は、王都のデイン伯爵家別邸のようだった。
建国以来続いた子爵家は、貴族の中ではそう高くない地位だけれど、歴史はとても古い。
魔力が強い家系であり、重要な役職を受け持つにふさわしい人物を多く輩出してきた家でもある。
過去には何度も王家からお姫様が降嫁されたという家だ。
その歴史を知る、公爵や侯爵、伯爵たちはバーティア『子爵』に蔑む視線を送るものはさほどいない。
まあ、ダリウス前子爵は例外だが。
代々のバーティア当主は、過去に何度も打診された伯爵位以上への陞爵を辞退しずっとこのバーティアの小さな土地を領主として守ってきた。
そして降嫁されたお姫様の為にと何度も増築された本邸はなかなかに大きく重厚な佇まいだ。
広い子爵邸を、ローディン叔父様に抱っこされながら見学し、感動しきりで「しゅごい!」を連発していたら、デイン伯爵家本邸はもっとスゴイのだと、ローディン叔父様が言っていた。そうなんだ。
結局、まだデイン伯爵領には行くことが出来ていない。
リンクさんは田んぼ作りの打ち合わせの為に行き来しているけど、ローディン叔父様が商会の仕事の引き継ぎや子爵家の仕事が忙しいので、私はできるだけローディン叔父様にくっついていたかったのだ。
ちなみにリンクさんは数日前からデイン領に行っていて、今日の夕方デイン家の皆さんと一緒にバーティア子爵家に到着する予定だ。
ダリウス前子爵様とローズマリー夫人はマリウス侯爵領にあるバーティア子爵家別邸に行っているそうだ。王都のデイン家別邸で聞いていた、ダリウス前子爵の母親の屋敷だ。
ローズ母様は父親が不在でホッとしているようだった。
ひいおじい様が、この日に合わせてマリウス領にある別邸を使えるようにしたらしく、ダリウス前子爵は息子の誕生日よりも新しくできた自分の家を楽しみに出かけたとのことだ。なんだかなぁ。
ひいおじい様はローズ母様と私の為にローズマリー夫人に頼んで、ダリウス前子爵がしばらくバーティア子爵家に戻らないようにしてもらっているとのことだ。
ローズマリー夫人はお祝いのカードとプレゼントを用意してくれていた。
ローズマリー夫人には会ったことはないけれど、毎年誕生日にはローディン叔父様だけではなく、私にもプレゼントを用意してくれた。
主に子供服だけど、みんな可愛くてお気に入りだ。
誕生日だけではなく、季節毎に数着くれる。
ローディン叔父様が子爵邸にたまに戻った際に受け取ってきていた。
会ってありがとうを言いたかったな〜。残念。
今日のお料理はすべてバーティア子爵家の料理人が作ってくれるとのことだった。
それでも、食材や調味料を見るのが好きな私はローディン叔父様に頼んで、厨房を見せてもらうことにした。
「ローディン様! ローズ様! ええ?! 大旦那様まで、どうしたのですか?」
勝手知ったる自分の家。
先ぶれもなく突然厨房に子爵家当主たちが現れたので料理人たちは騒然となった。
一番年かさの男性が奥から焦りながら出てきた。
帽子をとって挨拶している。
中肉中背でグレイの瞳に、グレイの髪。その髪には白いものが混じっている。40代後半くらいだろうか。
「気にするな。邪魔する」
ひいおじい様がぼそりというと、ローディン叔父様が苦笑した。
「おじい様。邪魔するは余計です。悪い、トマス料理長。料理の邪魔はしないから、食品庫を見せてくれ」
「はい。それはもちろん大丈夫ですが……」
そう言って、奥の食品庫の扉を開けてくれた。
今日の晩餐の準備で忙しいので、『勝手に見るから気にしないでくれ』とローディン叔父様が言ったので料理人は調理にかかりきりだ。
「ふむ。自分の家だが入るのは初めてだな」
ディークひいおじい様、デイン伯爵家の厨房に行ったリンクさんと同じことを言っている。
やはり、食品庫は品ぞろえがすごい。
秋冬の野菜や果物がいろいろと箱に入っている。米の袋も何袋も置いてあった。
そして大きな粉の袋が何袋も置いてある。その他にも中小の粉袋があるけれど、中身が何か分からない。
うーん、残念だ。
そこにトマス料理長とハリーさんという30代くらいの茶髪と茶色の瞳の料理人が入ってきた。
「すみません。ケーキの材料を取りに来ました」
手際よく小麦粉や卵を持って、料理人に渡していく。冷蔵庫からバターを持って出てくると。
「えーと。後はベーキングパウダー……」
ハリーさんがぽつりと言った言葉に驚いた。
「!!」
ベーキングパウダー! あるんだ!!
「ん? アーシェ、ベーキングパウダーが気になるのか?」
ローディン叔父様がピクリと反応した私に気付いた。
トマス料理長もベーキングパウダーに反応した私を不思議そうに見ている。
ベーキングパウダー! あれがあれば色んなお菓子が出来るではないか!!
「……珍しいですね。小麦粉や片栗粉ならともかく、ベーキングパウダー…」
「かたくりこ?!」
さらに目がキラキラした。
和食や中華に大活躍の片栗粉! 発見!!
私の中では、ベーキングパウダーより頻度が高いやつ!!
「……っ! 片栗粉も気になるようですね」
「悪い、私は分からない。違いを教えてくれるか?」
「承知しました」
トマス料理長はローディン叔父様に頷いた。
「まず、小麦粉ですが、三種類あります。パンに使う強力粉、お菓子に使う薄力粉、少しかためのパンを作る際には中力粉を使います。今日のケーキには薄力粉を使います」
トマス料理長は説明しながら、大きな袋を指さしていく。
小麦粉は袋の色の違いで種類を判断するようだ。
「そして、よくお菓子に使うクリームを作るコーンスターチ。これはトウモロコシからできています。そして、じゃがいもからできている片栗粉。どちらも料理にとろみをつけるものです」
コーンスターチにはトウモロコシ、片栗粉にはじゃがいものイラストがついていた。
片栗粉は私にとってのマストアイテムだ。
「そして、こちらはお菓子をふんわりと膨らませるベーキングパウダー。そしてこちらがベーキングパウダーにも入っている重曹です」
「重曹?」
「鉱石からとれるもので、料理にも掃除にも使える便利なものです。昔は重曹でお菓子を作っていたのですが、重曹とコーンスターチとレモンだったか……詳しくは忘れてしまいましたが、配合したものがベーキングパウダーで、これが出来てからケーキがふんわりと出来るようになったのです」
「へえ。なるほどな」
「まあ。そうなのね」
「しゅごい!」
商会の家ではパンを焼くこともお菓子を作ることもなかったけど、前世ではパンもケーキも作っていた。まだまだひとりでは何も作れないけど、材料があるということを知れただけでも十分だ。
「商会には一通りあるはずだが、深く知ると面白いものだな。トマス、粉類を少し分けてくれ。商会の家にも置いておく」
「承知しました。が、お使いになられますか?」
「ああ。アーシェが目をキラキラさせているからな。そのうち使うだろう」
トマス料理長が首をかしげて私を見た。
こんな子どもが粉を使う? と疑問を抱いたみたいだ。
トマス料理長が少しためらいながら。
「あの……。デイン伯爵家のクラン料理長から試食会に出された料理のレシピを貰ったのです。ですが、料理の正しい味が分からなくてこれまで作ることが出来なかったのです。よろしければ調味料の量など教えていただければ……」
レシピには調味料の種類は記入されていたが、分量に関しては適量入れると書いてあったという。
たしかに。私も計量カップなしに目分量で作ったのだった。
料理人は目と舌で覚えるという。
それにしてもクランさん。大まかな分量くらい書けばよかったのに。
「『わからないことはアーシェラ様に聞くといい』と書かれていまして。ですが」
あ〜。とまどってる。
まあ。とまどうのは当然だろう。
子どもに聞けと書いてあるのだから。
トマス料理長はローディン叔父様に頭を下げて懇願した。
「材料はすぐ揃えますので! お願いします!!」
どうやら今日も炊き込みごはんを作ることになりそうだ。
「まあ! いいわよ。炊き込みご飯やお味噌汁なら私も作れるようになったから。アーシェのかわりに私が教えるわね」
「ローズ様!?」
「何を驚いている。ローズもローディンも商会の家で料理を作っているのだぞ」
ひいおじい様が呆れたように言うと、トマス料理長が思い出したように。
「……そうでしたよね。クラン料理長がくれたレシピには、たくさんの種類のレシピがあったので、商会で凄腕の料理人を雇っているのだと思っていました」
ん? 基本的な日本料理だけだけど?
「まあ、うちの料理長はアーシェだけどな」
「そうだな。ラスクのレシピ保有者もアーシェラだしな」
ローディン叔父様の言葉に、ひいおじい様が頷いた。
「は……」
トマス料理長はまだまだお子様の私を信じていないようだ。
厨房に戻ると、慌ただしく炊き込みご飯の準備が始まった。
材料の下ごしらえや、炒めたり、ごはんの用意をしたりとそれぞれに忙しい。
教えるのは母様とローディン叔父様だ。
私はというと、ひいおじい様と一緒に厨房の端っこでケーキ作りを眺めていた。
さすがはプロの料理人。
ふんわりと焼きあがったスポンジをスライスして、生クリームをたっぷり塗ってシロップ漬けの黄桃を挟んでいく。
さすがに春の果実のいちごはなかったけれど、秋の果物をきれいにカットして飾り付けていく。
「さいごに栗の甘煮をそえて、出来上がりです!!」
「しゅごい! きれい!」
前世のように絞り袋を使うわけではないけど、真っ白な生クリームのうえに色とりどりのフルーツ。
とってもキレイでとっても美味しそうだ!
生クリームの白、キウイの緑、桃や栗の黄色、リンゴの赤や紫のベリー、オレンジ、柿、ブドウなどたっぷりのったケーキは、芸術品のように美しい!!
ハリーさんすごい!!
きゃあきゃあと喜んで、拍手をするとハリーさんがテレテレした。
なかなか褒められることがないのかな。照れ屋さん?
「栗の甘煮、甘くて美味しいですよ。おひとつどうですか?」
「たべましゅ!!」
さっそくフォークで刺して一口でほおばる。
想像した通りの懐かしの味!
「おいちーい!」
まごうことなき、栗の甘露煮だ!!
美味しさにパタパタしていたら、ハリーさんがにこりと笑って木箱から新しい栗の甘煮のビンを取り出して置いた。
「秋に領内で栗拾いをしまして、たくさん栗の甘煮を作りました。たくさんありますから、どうぞ商会のお家にお持ちください」
「ありがとうごじゃいます!!」
大きな瓶に栗の甘煮がびっしり入っている。だいたい50個くらいか。
とっても嬉しい!
ケーキ作りに使った栗の甘煮のビンの中にはまだ栗がたくさん残っている。もちろん甘い汁も。
「ひいおじいしゃま。あのくりでなんかちゅくってもいい?」
「ああ。もちろんいいぞ」
ひいおじい様にいいと言ってもらったので、あれを作ろう。
お読みいただきありがとうございます。




