52 ギフトの片鱗
◇◇◇
昔話をしていたら、すっかり遅くなってしまっていて、クリスフィア公爵もカレン神官長もそろそろ帰らなきゃいけない時間になった。
といっても、バーティア領から王都までは数日かかるので、今日は二人ともバーティア子爵家本邸に泊まるのだ。
クリスフィア公爵がディークひいおじい様に会いたいと希望していたためと、キクの花を護送してきたカレン神官長はもともとバーティア子爵家でおもてなしをする予定だったのだ。
夕食を商会の家でとることになったので、子爵家に到着するのが遅くなる旨をローディン叔父様が連絡した時に、ディークひいおじい様から返信があった。
その内容は。
『あの大食らいに、夜食を用意しておくと伝えておけ』だった。
大食らいとは、カレン神官長のことだろう。
「まあ! バーティア先生! ひどいですわ~!」
「「おじい様……大食らいって……」」
ローディン叔父様とローズ母様は的を射た伝言に苦笑しながら、くすくす笑っている。
リンクさんとクリスフィア公爵は吹き出していた。
「ぶはっ! バーティアのじい様おもしれぇ!」
「ハハハハ! バーティア先生分かってるな!!」
カレン神官長もまた、ディークひいおじい様の生徒だったのだ。としみじみした一幕だった。
そのカレン神官長は今、母様に炊き込みご飯のおにぎりをお土産にしてもらって、ホクホクしている。
もちろんクリスフィア公爵にも渡した。
『家族に食べさせたい』と言っていたので、数日間であれば劣化を止めることのできる保存袋に入れて渡したら、とても喜んでいた。
炊き込みごはんをそんなに喜んでくれるのはうれしい。
クリスフィア公爵がソファから立ち上がりながら、私を見てにっこりと微笑んで言った。
「来月の王宮で行われる出陣式にもおいで。王妃様と一緒に無事を祈ってくれると嬉しい」
出陣式は戦地へ赴く兵たちの士気を高めるために行われる。
これまでは奇襲されることが多かったため簡易的なものが多かった。
しかし、今回はしっかりとした目的をもってこちらから侵攻するのだ。
神殿で祈りを捧げたあと、王都を出立するのだという。
「あい!! いきましゅ!!」
いくらでも祈る!!
それでみんなが。ローディン叔父様が無事に帰って来れるなら、いくらでも。
ずっとずっと。ローディン叔父様とリンクさんが戦地に行くと聞いてから、ずっと祈ってきた。
どうか無事に帰ってきますように。
けがをしませんように。
病気になりませんように。
戦争は相手に勝利しなければならない。
それは命を奪うことと同義。
相手にも命も家族も大事なものがある。
―――わがままかもしれない。
だけど。
ローディン叔父様は。
リンクさんは。
私の大事な大事な家族なのだ。
私の命を分けてもいいほど。大事な人なのだ。
この大陸をひとつにする為の、戦争。
これから数え切れないほどの命が消えてゆくのだろう―――
―――だから。
罪のない人たちの犠牲を最小限にするための祈りなら、いくらだって祈る。
いつも私がベッドで眠りにつくときは、母様やローディン叔父様やリンクさんのだれかがいつも傍にいてくれる。
私が寝入ったあと、ローディン叔父様やリンクさんが、寝室に侵入者防止や魔法攻撃、物理的な攻撃を跳ね返す複雑な魔術陣を重ね掛けしているのだ。
あらためて考えると、ずっとローディン叔父様やリンクさんに守って貰っていたのだと思い知る。
―――この頃、毎晩眠る前にお祈りをしていると、いつも急激に眠くなって、いつのまにか朝になっていることがおおい。
「この頃ものすごく寝つきがいいな」
とローディン叔父様にもリンクさんにも言われるけど、だって急に意識が遠くなるんだもの。
今朝も起こしにきたローディン叔父様に、昨夜私が祈りの形をとったまま、ぱたりとベッドに沈んだ話を聞いた。
ということは、昨夜ローディン叔父様に『おやすみなさい』を言えなかったということだ。
あう、なんてことだ。
ローディン叔父様が私の頭を撫でながらにっこりと笑いながら。
「いいんだよ。『寝る子は育つ』っていうからな」
うん? どこの世界でも同じことをいう。
でも。
「でもまだ『ちび』っていわれりゅよ?」
近所の男の子は容赦がないのだ。
「アーシェはそのままで十分可愛いんだよ」
ローディン叔父様がそう言って、ぎゅうっと抱きしめてくれる。
だから私も叔父様をぎゅうってする。
いっぱいいっぱい『大好き』を伝えたいからだ。
◇◇◇
カレン神官長とクリスフィア公爵のお見送りをしなきゃだけど。
今朝のことを思い出したら、ローディン叔父様にくっつきたくなった。
お見送りのために立ち上がったローディン叔父様の服の端っこをひっぱって。
「おじしゃま。だっこちてほちい」
「ああ。おいで」
うん。ローディン叔父様に抱っこしてもらうとやっぱり安心する。
背中をぽんぽんしてくれるのも、頭を撫でてもらうのも大好きだ。
―――この手を絶対になくしたくはない。
「おじしゃまが、げんきであーちぇのとこにかえってきましゅように」
きゅうっと、首に巻き付いて祈りの言葉を言う。
「大丈夫だよ。絶対に」
いつものようにローディン叔父様がやさしくやさしく言う。
「大丈夫ですわよ。アーシェラちゃん。バーティア子爵も強いですし、なにより規格外に強いクリスフィア公爵がいますからね」
私が不安に思っていることを察したのか、カレン神官長が静かに言う。
ローディン叔父様もリンクさんもとっても強い。
それは、商会を取り囲んだ暗殺者を薙ぎ払ったところを何度も見てきたから、十分に知っている。
それに、ローディン叔父様の上司であるクリスフィア公爵も、とっても強い。
それでも。何が起こるか分からないのが戦争なのだ。
―――デイン辺境伯領で、多方向から襲い掛かられたように。
その時のディークひいおじい様のように誰かが助けてくれればいいけれど。
ウルド国に行くローディン叔父様も。
ジェンド国に行くリンクさんも。
ローディン叔父様と一緒にウルド国に行くドレンさんも。
―――ああ。どうか。
どうか、みんなが無事でありますように。
「こうしゃくさまも。げんきでかじょくのもとにかえってきましゅように」
祈りの言葉を口にしたら。
クリスフィア公爵が驚いたように目を見開いて、その後ニッコリ笑った。
「ありがとう。ああ。必ずな」
頭を優しくポンポンしてくれた。
ん―――ねみゅい。
急に睡魔がやってきて、抗うことができずに、コテリとローディン叔父様に身体を預けて眠ってしまった。
◇◇◇
「眠っちゃいましたね」
カレン神官長が覗き込むと、ローディン叔父様が。
「今日は、お昼寝してませんからね」
たぶん限界だったのですよ、と話す。
「見送りはいい。じゃあな」
「また来ますね〜!」
そう言ってクリスフィア公爵とカレン神官長は馬車に乗り込んだ。
あたりはすでに暗い。
馬車は公爵家と神殿所有の二台で来ていたが、神殿所有の馬車にはお付きの者たちが乗り、一方の公爵家の馬車にはクリスフィア公爵とカレン神官長が乗り、馬車を走らせながら二人きりで話していた。
「クリスフィア公爵。―――さきほどの、わかりました?」
カレン神官長の問いに、クリスフィア公爵が首肯した。
「―――ああ。―――これが、あの子が持つ『祝福』か」
そう言って。クリスフィア公爵が自分の両手を見た。
自分が持つ魔力の色は銀色と紫色を放つ。
―――そこに、金色とプラチナの光が入ったのがわかった。
「そのようですわね」
カレン神官長もクリスフィア公爵の手を見ていた。
魔力の『色』は強い魔力を持つ者しか見ることは出来ない。
魔力を持つ者は魔力を感じることは出来ても、『視る』ことは容易ではない。
だが、神官長、公爵家の直系や王族は『視る』ことが可能なのだ。
魔力の色は生まれつきだ。多少色の強弱が変わっても変わることはない。
そこに―――新たな光が加えられた。
その付与された『力』が、時限的なものであることは『言霊』で分かった。
『元気で家族のもとに帰るまで』―――だと。
クリスフィア公爵がその手をギュッと握った。
「おかげで、やる気が増したな」
勝利を手に掴む―――それが確実であると、裏付けられたかのようだ。
高揚感が湧き上がる。
「そのせいで疲れさせちゃったんですね」
意識を失うように眠ってしまったのは、知らずに魔力を使い切ってしまったからだろう。
「―――あれは、たしかに狙われるな」
加護を持つ者が狙われる理由の一端をクリスフィア公爵は身をもって知った。
「―――ええ。ですから。絶対にお守りいたします」
「ああ。そうだな」
純粋な想いとその力を、悪用しようとする者たちに渡すわけにはいかない。
―――そう言った、ふたりの決意の証として―――商会の家から離れた場所で巧みに隠れていた暗殺者を相当数片付けて行った―――
ということを知ったのは、かなり後のこととなるのだった。
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