50 くんれんめにゅーさいよう?
もちろん、メニューは決まっている。
―――寒大根といったら、絶対あれだ!
「おみしょしるにしゅる!」
前世での定番、寒大根のお味噌汁。
寒大根が出来たら絶対に外せないメニューだ!!
さっそくみんなで寒い庭から台所に戻って料理にかかった。
寒大根をぬるま湯に浸して戻し、ぎゅっと絞って食べやすい大きさに切ってもらってお味噌汁に入れる。
刻んでおいた大根の葉っぱも具材にして。
ああ。油揚げが欲しい~~
油揚げからコクが出て美味しくなるし、さらに油揚げが旨味を吸って美味しくなる。
寒大根のお味噌汁にはマストアイテムなのだ。
でもないものは仕方ない。
しかたないからちょぴっとだけ、くせのないオイルを垂らしてみた。
油揚げの代わりだ。
ちょうど炊き込みご飯も炊きあがったので、みんなで夕食にすることにした。
まずは、みんなで作った寒大根のお味噌汁から。
お味噌汁は、陶器のスープ皿ではなく、木で作られたボウル型のものによそう。
そっちの方が日本の食卓にあった汁椀に近いから気分的にお味噌汁が美味しく感じるし、熱伝導率が低いので陶器のものより汁物が冷めにくいのだ。
汁椀からのぼる湯気がもう美味しそうだ。
ふうふうしながらお味噌汁を一口。そして、寒大根を味わう。
―――ああ。懐かしい……そして、とっても美味しい。
「「「「「美味しい……」」」」」
ほうっ。という声が聞こえる。
そう。あったかくておいしくて安心する味なのだ。お味噌汁は。
そして、寒大根もとてもよく出来ていた。
―――うん。即席で作った寒大根だけど合格点だ。
久しぶりの寒大根のお味噌汁。
しっかりと大根の味が残っていて美味しい。
それに寒い外にいたから味噌汁の温かさが身体に染みわたる。
ああ〜。身体も心もほっこりする〜。
「乾燥した大根の隙間にお味噌汁が染みて、噛むとじゅわって美味しいのが出てきます~!」
カレン神官長、表現が的確だ。
カレン神官長は初めてのお味噌汁に目をキラキラさせてお味噌汁の茶色の色を楽しんでいた。
「ほんとうですわね。生の大根と全然食感が違うけれど、とっても美味しいですわ」
ローズ母様も気に入ってくれたようだ。
「寒大根も美味いし、大根の葉も野菜なんだって分かったな。それに、なによりも味噌汁で身体があったまる。味噌を兵糧用に沢山仕入れたが正解だな」
クリスフィア公爵が満足そうに頷いた。
そうなのだ。味噌は輸入されると聞いていたが、しっかりと軍用の調味料として採用された。
試食会でもその美味しさに欲しがる貴族たちもいたそうで、陛下から、軍部と貿易を兼任しているデイン辺境伯に、大陸からの味噌と醤油などの調味料の輸入を一任された。
だから、デイン家のホークさんは国のお偉いさんと一緒に大陸へ買い付けに行っていて、来週、大量の米や味噌と醤油などを積載して帰ってくる予定になっている。
軍用と国内流通用にたくさん味噌と醤油が輸入されてくるのは素直に嬉しい。
美味しさがいろんな人に広がって需要が大きくなったら、ぜひ味噌職人さんと醤油職人さんを呼んで欲しいものだ。
「お味噌汁も、この炊き込みご飯も、お兄様が言っていたとおり『茶色いのに美味しい』ですわ!」
「ええ。試食会でも皆さん言っていましたね。たしかにこれまで全体的に茶色い料理はあまりなかったですから」
「でもでも! お味噌もお醤油も、美味しい調味料なんですものね! この炊き込みご飯を食べたら、茶色に抵抗感なんてなくなりますわ!!」
ほくほくしながら、炊き込みご飯のおかわり三杯目をローズ母様にねだっている。
うん。気持ちいい位の食べっぷりだ。
魔法学院時代の訓練で三日分を一日で食べたのも頷ける。
「で、これはなんだ?」
テーブルの上には大きな皿にどっさりと細長い、これまた茶色い炒め物が盛り付けられていた。
カレン神官長がたっぷり食べられるように多めに作っておいていた。
「さっき寒大根を下ごしらえする時にでた、大根の皮で作ったきんぴらですよ。試食会に出したきんぴらごぼうの、ごぼうのかわりに大根の皮で作ったんです」
小皿に取り分けながらローディン叔父様が説明する。
「皮も食べられるんだな。歯ごたえもあるし。なかなかうまい」
「すごいですわ! 皮も葉っぱも食べられるなんて! 捨てるところないじゃないですか!」
カレン神官長には少し大き目のお皿に山盛りにして渡すと、綺麗な所作で、そしてすごいスピードで料理が皿から消えていく。もちろん、何度もおかわりしていた。
「ええ。食べられるものを捨てるとアーシェが地団駄踏みますからね」
「ああ。捨てると『もったいないおばけ』が出るらしいからな」
ローディン叔父様とリンクさんがくすくすと笑いながら言うと、クリスフィア公爵とカレン神官長が首を傾げた。
「「『もったいないおばけ』?」」
そのくだりはもういいじゃないかと思ったけど。
叔父様たちが楽しそうなのでよしとしよう。
だって。それは大地の恵み。
ちゃんと最後までいただくのが礼儀だと思うのだ。
それに美味しいならそれでいいよね。
部屋が笑いに包まれたあと、クリスフィア公爵とカレン神官長に、自家製のエビ塩をおみやげにあげることになったのだった。
その後、ローズ母様が作った炊き込みご飯をしっかりとおかわりしたクリスフィア公爵が、テーブルの上の寒大根を手に取った。
「これも兵糧にたくさん入れたいが、な……」
試しに作った寒大根は大好評だったけど、今は自然の力で作るには時期が早すぎるのと、魔力で作るのにも時間がかかりすぎる。
今現在クリスフィア公爵領で余っている大根を救済するには、ちょっと力不足だったみたいだ。
むう。残念だ。
「厳冬期の保存食として、兵糧にはピッタリですけどね」
クリスフィア公爵の残念そうな声に、ローディン叔父様が言う。
「しゃむいひがちゅぢゅいたひに、のきしたにぶらしゃげる。こおって、かわいて、くりかえしゅとできる。じかん……んーと。ひにちがいっぱいかかりゅ」
魔法を使わなくても、厳冬期の寒い日に自然の力で作れるのだと一生懸命説明する。
すると、リンクさんが。
「今年は豊作だったからな。厳冬期に大根を掘り起こして寒大根を作っておく。完全に乾燥したら、来年春以降の俺がジェンド国に行く時にも、その後のアンベール国侵攻の際にも持っていけるからな」
リンクさんがローディン叔父様に言うと、クリスフィア公爵がその話に乗った。
「そうだな。今兵糧にできなくても、これから先の兵糧には十分採用できる。頼む」
「分かりました」
厳冬期。そうなのだ。
補給部隊は何陣か出るので、自然の力で作ると、どうしても後の方になってしまう。
今はまだ氷点下になるほど寒くはないし、作る時期を誤ると傷んでしまう。
今作るには、魔法を使わなくてはいけないのだ。
先ほどのローディン叔父様とリンクさん、カレン神官長、クリスフィア公爵のように。
「―――そうですわ! 魔法学院の訓練メニューに入れればよろしいのです!!」
カレン神官長の明るい声が部屋に響いた。
ん? 魔法学院??
「!! それは名案だな!!」
クリスフィア公爵の目が輝いた。
クリスフィア公爵は、以前は魔法学院の教師だったのだった。
「そうか!! そういう手もあったか。盲点だったな」
「それはいいですね」
とリンクさんもローディン叔父様も頷いている。
「よし!! 一年生は風魔法と、火魔法の応用法を習得するのに適しているし、二年生は氷結魔法習得を卒業資格に入れるとでも言っておけば、必死になるだろうな。ふっふっふ」
クリスフィア公爵が楽しそうに、そして悪そうに笑った。
「訓練の方法もマンネリ化してきてるからな。こういう新しいやり方は教師たちにも歓迎される。教師たちも生徒に教えるためにやり方をマスターしなければならない。目的を伝えて生産した分の特別手当を出してやれば教師たちも大量生産に協力してくれるはずだ。大根を廃棄しなくてもいいし、保存食もできるし、生徒たちの新しい訓練メニューにもできる。一石二鳥どころか一石三鳥だ!」
クリスフィア公爵の声が弾んでる。
カレン神官長が魔法学院での作成を思いついてくれたおかげで一気に解決にむかっていけそうで、よかった。
魔法学院で訓練メニューに使われる大根は、クリスフィア公爵領からと、王都近辺から大量に調達するようだ。
どうやら、寒大根を魔法で作るのは訓練メニューとしていろいろと優秀らしい。
ローディン叔父様が魔法の球体を作ったのも、結構な難易度で。
風魔法と火の魔法の応用、水の魔法の上級魔法である氷結魔法と、いろいろ組み合わせるのでなかなかのいいメニューになるらしい。
「これをひとりで出来るようになれば、いい使い手になるぞ」
「何度も同じ魔法を繰り返すから、魔力を巡らすいい訓練になりますよね」
「それに、生徒なら何人も関わって一つのことをやることになる。連帯感も出るはずだ」
うんうんと満足そうにクリスフィア公爵が頷いている。
そんなこんなで、魔法学院で寒大根作りと、大根の葉の乾燥野菜作りをすることに話が進んでいった。
バーティア領での土中保存が成功したら、アースクリス国中に正式に有効な保存方法として通達することになった。
寒大根や大根の葉の乾燥野菜作りの方法、そして土中保存方法は情報として渡すけれど、保存方法は各領地の判断に任せるということだ。
私は冬期間の保存方法として確立しているとは思うけれど、初めてのやり方には抵抗があるのは仕方がないことだしね。
そして、クリスフィア公爵に後続の補給部隊にバーティア領からも新鮮な大根やニンジンを調達する約束をした。
これから先、各家庭の軒下には、秋には柿が。
厳しい冬には大根がぶら下がるようになるかもしれない。
まるで前世での我が家のように。
野菜の保存食の大量確保の目途がたったせいかクリスフィア公爵が明るく笑った。
「ありがとうな! アーシェラちゃん!」
そう言って、私の頭を力強く撫でた。
私ができたことはちょっとした家庭の知恵みたいなものだけれど、カレン神官長が解決案を思いついてくれて、クリスフィア公爵が積極的に動いてくれるので、大きく事が動いていくようだ。
良い方向に行きそうで私も少し安心した。
みんながお腹いっぱい食べられればいいね。
お読みいただきありがとうございます。




