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5 放置されたら、ラスクができた 2

本日二話目になります。


 ガッターン!!

 と大きな音がして、次に幼児の泣き声が聞こえたら大人がびっくりするのはお約束である。



「「アーシェ!!」」

 ローディン叔父様とリンクさんが仕事場から飛んで来た。


「アーシェ!? アーシェラ、どうしたのっっ!?」

 寝込んでいたはずのローズ母様までが駆け込んできた。

 私はといえば。

 よじ登ろうとした椅子ごと床に倒れたので身体への衝撃が凄かった。

 床に膝や手を打ち付けたのはもちろんだけど、倒れた椅子に胸を打ち付けてしまって、息がうまく出来なくて椅子の横に倒れたままヒクヒクしていた。


 そんな私を見て青褪めたリンクさんが、私をゆっくりと抱き起こして自分に寄りかからせると、同じく青褪めた表情のローディン叔父様が息を飲みながら、私の身体にそっと右手をかざした。

 すると白くほのかな光が私の身体を包んだ。

「―――どこも骨は折れてないな。……ああ。胸を打ったんだな。苦しいな。うまく息が出来なかったんだな……ほら」

 ふわり。今度は金色の粒子をまとった淡い紫色の光がローディン叔父様の手から放たれ私の中に入って来た。


 胸を打つと、長くはないが息が苦しくなる。

 前世で同じように転んで胸を打ったことがある。

 前世の実家は農家だった。稲架(はさ)掛けという、木の棒を三角に組み上げてそこに稲を掛けて乾燥させる作業がある。

 その作業中に転んで、下方に横に組んだ棒に胸を打った時も、息が詰まって苦しくてパニックになった。

 ―――うまく言えないがとても苦しいのだ。

 それが、ローディン叔父様の手越しに胸が温かくなったかなと思ったら、すーっと引いていった。


「ふえぇぇええんっっ!」


 息が出来るようになったらホッとして―――泣いてしまったのはしょうが無い。

 だって苦しくてこわかったんだもの。


「よしよし。泣けるようなら大丈夫だ。―――姉さん、アーシェラを抱いてあげて。母親の方が安心出来るから」

「もちろんよ。アーシェラ。痛かったね。もう大丈夫だからね」

 母様に抱きしめられたら、さらにホッとした。

 大好きな母様。

 銀色の真っ直ぐな髪と美しい紫色の瞳。

 出会った時は少女の面影があったローズ母様は、美しさはそのままに穏やかな雰囲気の大人の女性となっていた。


 母様がゆっくりと私の背中を撫でてくれた。と同時にふわりと光が私の中に入って来た。

 母様の治癒の光だ。

 さっきの叔父様の治癒の光とよく似ている。

 ふたりで治癒を重ね掛けしてくれたので、手も足も痛みがすうっと消えていった。


 私はハッとした。

 治癒は力を使う人の体調が悪い時に行うと、さらに体に負担をかけると聞いていた。

 だから母様が心配になった。私のせいで大好きな母様の具合が悪くなるのは嫌なのだ。


 母様、風邪は? 目で問うと、母様は綺麗な顔で笑った。

「母様の風邪はもう治ったわ。一晩休んだからもう大丈夫よアーシェラ。それよりもアーシェラが痛い方が母様辛いわ」

 そう言ってきゅうっと抱きしめてくれた。

 母様大好き。頭をぐりぐり押し付けると母様はふふふと笑った。


 母様はローディン叔父様をちらりと見た。

「―――ところで、ローディン。こんな時間なのにアーシェラ朝食食べてないのかしら?」

「あー。ごめん……」

 朝食用のスープが鍋ごと残っているのを見ていつもは優しい母様が強い口調になった。

 叔父様がリンクさんと共に気まずい顔になった。

「どちらかというと、もう昼食寄りの時間よね」

「〜〜ごめん。仕事の件で話し込んでたからすっかり忘れて」

「もう。周りの事が見えなくなるのはダメよ。仕事は大事だけれど、ちゃんとアーシェラのことも頭の片隅に入れておいてちょうだい」



 お腹が空いている私を放置してしまったことと、仕事部屋から私が出て行った事にも気付かなかったこと、その結果私に痛い思いをさせてしまったことにローディン叔父様とリンクさんは項垂れていた。

「アーシェラ、ごめんな? お腹空いてたんだよな?」

「おなかペコペコ」

「そうだよな〜そう言ってたのに、ごめんな〜」

 起きて来た時の会話を思い出して、あー、やっちまったなって表情をリンクさんが浮かべた。

 テーブルの端っこには、一昨日のひからびたパンが皿に載っていた。

 叔父様が塩や砂糖の入った容器やオイルの瓶が床に直置きになっていたのを見て首を傾げながらテーブルの上に戻してくれた。


「とりあえず、ほら、新しいパンな。バターも塗ってやるから」

 リンクさんがそう言って、冷蔵庫からバターを出して塗ってくれた。

 ここで暮らし始めた時、こっちの世界にも冷蔵庫があってびっくりした。

 やっぱり高価みたいで裕福な家にしか無いようだけど、ここは子爵家と伯爵家の子息が住む家なので常備されていた。

 冷たいミルクも一緒に出して、コップに汲んでくれた。

 ありがたい。

 バターたっぷりのパンを頬張る私を見た後、リンクさんは仕事部屋に放置したままのディークさんのところへ戻った。

 ダイニングには私とローズ母様、ローディン叔父様の三人になった。



「で、これは何なんだ?」

 叔父様がコンロでスープをかき混ぜながら私の作ったラスクをつまみ上げた。

「おなかすいたからちゅくった」

「作った?」

「あい。かたいパンおいちくなかったから。あれ(オイル)かけておさとうかけたの」

 オーブントースターの前の床にオイルの入った瓶と調味料の入れ物が置いてあった理由が分かった、と叔父様が頷いた。

「固いパンをさらに焼いたのか?」

 もぐもぐしながら頷いた。

「おいちかった」

 叔父様は自信満々な私をみて。

「食べてみていいか?」

 私が頷くとローズ母様が声を弾ませた。

「まあ。アーシェの作ったものなら母様も食べてみたいわ」

「あい、どうじょ」

 手を伸ばして砂糖がけのラスクを二人に渡した。

 叔父様が私が作ったラスクを一口。

 そして母様も。

 カリカリという咀嚼音。

 すると、叔父様と母様が次第に目を見開いていった。

「うまい……」

「まあ! 美味しいわ! パンなのにお菓子みたい!!」

「オイルの旨味も入って……あ、こっちの塩味も美味い!」

 うん。おいしいよね。

 おいしいって言ってくれて、私も嬉しい。


「ばたーでちゅくるともっとおいちい」

 母様の作る料理の味見は私。

 一緒に作る事も多いので皆私の味覚が優れていることを知っている。

「そうよね! バターでやってみたいわ!」

 


 ―――数刻後。


「美味いっすね……」

 感動して目を瞑って天を仰いでいるのはディークさん。

 あれからパン屋のディークさんを台所に呼んで、さっき持ち込んだかたいパンでいろいろラスクの試作品を作っていた。

 

 バターでシンプルに。

 砂糖をかけて。

 ニンニクの風味をつけて。

 ハチミツで贅沢に。

 同時にいろんなオイルでも。

 もちろん味の指定は私。


 何種類も作るので途中から細長くカットしてから作ってもらった。その方が食べやすいからだ。

 

「かたいパンが大変身だな」

「今までスープに入れるしかなかったもんな〜」

「出来上がり直後でもオイルがしみ出て美味いし、少しおいてカリカリになっても美味い」

「いろんな味で楽しめるし、腹持ちがいいな」

 咀嚼する回数がかかるからお腹いっぱいになるのだ。

 ちなみに私は試作品は一口ずつにしていた。

 新しいふかふかのパンでお腹いっぱいだったからだ。

 沢山の試作品は、男性陣三人が全種類制覇していた。


「この廃糖蜜でやったのが、奥深い旨味で一番好きです!」

 頬を紅潮させてディークさんが小躍りしている。

 ふむ。感動を体で表現する人だったようだ。

 素直に褒めてくれて嬉しい。

 廃糖蜜は前世でいう黒糖の原料。原材料の植物から白い砂糖へ精製する際の副産物で黒くてとろりとしている。癖があるから好き嫌いが分かれるけどミネラルたっぷりで栄養価が高い。

 そして廃糖蜜は副産物なので比較的安価で手に入る。

 ディークさんが顔をキラキラさせて、沢山のラスクの入った皿を神に捧げるように掲げている。


 ラスクを空き瓶に入れて、お気に入りの可愛いリボンをつけてホクホクして持っていた私を見ていた叔父様が。


「よし。レシピ登録申請する」

「そうだな」

 リンクさんが頷いて、ディークさんもうんうんと激しく首肯している。


 え?! と驚いた私を置いてあれよあれよという間にラスクが製品化されることになったのだった。



お読みいただきありがとうございます。


稲架がけのくだりは実体験です(‐_‐;)

みなさま転倒にはお気を付けください。

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