49 カレン神官長とかんだいこん
「んーと。かぜまほうと、こおりのまほう。いっぱいちゅかえる?」
そう振り向いて聞くと、ローディン叔父様とリンクさんが頷いた。
「そりゃあな。何したいんだ?」
「だいこんでほじょんしょく。ちゅくる」
「「うん。それで?」」
ローディン叔父様とリンクさんは通常運転。
一方のクリスフィア公爵とカレン神官長は、私たちの会話を聞いて目を見開いている。
説明が難しいというと、とにかくやってみようということになった。
みんなで台所に行くと、台所の中には炊き込みご飯の具材のごぼうとニンジンとマイタケを炒めているいいかおりが漂っていた。
「ふあああ~。すでに美味しそうなかおりですわ~!」
カレン神官長がコンロで調理をしているローズ母様のもとにぴょこぴょこと行って、すんすんしている。
「私も作れるといいのですけど、みんなに止められるのです。一番下の神官は貴族とはいえ身の回りのことや食事作りもするものなのですが」
神殿に入った頃から、食事作りはみんなに止められたそうだ。
「ふふふ。私も聞いておりますわ。カレン神官長様。魔法学院時代、魔法の塔に入って三日間耐える訓練の時のこと」
ローズ母様が言うと、ローディン叔父様が後に続いた。
「ああ。私たちも聞いてる。携帯食料を無くしてしまって、他のペアが助けてくれた話」
へえすごい。ほかのペアの人が助けてくれたんだ。
「だけど、そのペアもカレン神官長とペアを組んでいた人も訓練で疲れ切ってて、ひとり元気いっぱいだったカレン神官長が料理をしようとしたら」
リンクさんが続けると、クリスフィア公爵が最後をさらった。
「食材と一緒に指を切り落としそうになって、みんなが慌てて止めたんだよな。―――ったく。訓練時間外で生徒たちの悲鳴が聞こえてあせったんだぞ」
「面目ございません……」
その悲鳴で現場に駆け付けたのは、教師になったばかりのクリスフィア公爵だったそうだ。
「しかも、携帯食料だって、本当はなくしたわけじゃなくて、計画性なしに食べてしまったんだよな」
「ミッションクリアしたら、出られると思っていたので……」
「それはお前の思い込みだ。きっちり三日間の訓練だ。ミッションクリアが早かろうと遅かろうと決められた時間を過ごすと、何度も説明したはずだぞ」
クリスフィア公爵が呆れると、さらにカレン神官長の声が小さくなっていった。
「あれから、訓練の実施の際、調理にナイフを使わないようにあらかじめカットした食材を渡すことに変えた。どうしても必要だと希望する者には許可制にしたし、三日分の食料を一日で食べきらないように、一日分ずつパッキングして渡すようにした」
「え!? もしかして、三日分を一日で食べたんですか?!」
クリスフィア公爵の言葉に、ローディン叔父様が驚くと、はじかれるようにカレン神官長が叫んだ。
「すいません! うちの家系はみんないっぱい食べるんです!」
たしかに。王妃様もたくさん食べる人だった。クリスウィン公爵一族はエンゲル係数が高そうだ。
「有事の際の訓練も兼ねているから、食料は栄養がとれるギリギリに設定している。二日分の食料を渡して三日間保たせるようになっている」
「じゃあ、二日分を一日で食べたんだな」
リンクさんが少し呆れていうと、カレン神官長の声がもっと小さくなった。
「はいい……」
「ふふふ。フィーネ……いえ王妃様も『これじゃあ全然足りないわ!』と言っておられましたよ。食料は一日分ずつに分かれていたので、私たちの時は三日目までちゃんともちました。あれはカレン神官長のおかげだったんですね」
「はああ。そんな裏話があったなんてな」
なんだか、カレン神官長。うっかりさんで面白すぎる。
「今日は炊き込みご飯をたくさん作りますので、いっぱい召し上がってくださいね」
ローズ母様が微笑むと、カレン神官長が感動して母様に抱き着いた。
「ローズさあん! ありがとうございますぅ~~」
うん。ローズ母様に抱き着くとことか、いっぱい食べるところとか、ちょっと王妃様に似てる気がする。親戚だもんね。
◇◇◇
さあ、炊き込みご飯の準備を邪魔しないように、保存食作りに入ろう。
まずは、叔父様達に置いてあった大根の下ごしらえを頼んだ。
立派な大根を15cmくらいに切って皮をむいて二つ割。それを家にあった大根3本分。
大きい鍋に敷き詰めて水から煮る。
そして沸騰してから大根が透き通るまで煮る。だいたい15分くらいだ。
煮えた大根を一度冷たい水で冷やした後、平らなざるに重ならないように並べた。
本当はしばらく水につけてアクを抜いてから作ればいいけど、こっちの大根はアクが少ないからこのステップは省く。
時間も無いことだし。
さあ、ローディン叔父様とリンクさんの魔法の出番だ!
ちょっと肌寒い庭に出て、煮えた大根が入ったざるを木箱の上にのせた。
「りんくおじしゃまがこおりゃせて」
「わかった。こうだな」
リンクさんが言って魔力を使う。
―――リンクさんの魔力の色は銀色と青だ。キラキラして綺麗。
手のひらから放たれた魔力で、パキパキと音を立てて大根が凍結した。
凍った後、自然に溶けるのを待つ時間はないので、魔法で手助けしてもらおう。
「こおったら、とかしゅ。しょして、かわかしゅ」
「次は私だな。火の魔法の応用で熱をあてて―――風をあてる」
ローディン叔父様が言うと、ざるから大根が浮き上がって魔力で球体のような空間ができた。
「こうした方がこの空間だけに魔力を送れる」
「ああ。いいな」
リンクさんが頷いた。
くるくると魔力の球体のなかで、凍った大根の氷が溶けて、風によって水分が抜けていく。
その作業を繰り返し、リンクさんに氷結魔法、ローディン叔父様には火と風魔法をかけてもらった。
そして再び氷結魔法、そして火の魔法の応用の熱で溶かして風で乾かす―――の繰り返し。
途中からクリスフィア公爵とカレン神官長も参加した。
「どんどん小さくなっていきますわね! 面白いですわ~~!!」
そう言って、楽しそうにひとりで氷結魔法・火と風の魔法を駆使しているのはカレン神官長だ。
すごい。
「「さすが、神官長だな」」
とローディン叔父様とリンクさんも感心している。
氷結魔法は水の魔法の上級魔法。
熱は火の魔法の応用で難易度も高い。
そして風魔法。
属性の違う魔法を次々に繰り出すのは大変なのだそうだ。
けれどカレン神官長は苦も無く、楽しそうにやっている。
ああ。おもしろそうだ。
私も魔法が使えたらいいのに。
魔法の勉強は王妃様が主導なので用意が出来るまで待っているところなのだ。
―――ゆがいた大根を、氷点下の真冬に、軒下で乾燥させる。
夜氷点下で凍り、日中お日様の力で溶ける。
その繰り返しで出来るのが『寒大根』だ。
凍み大根とも言うけど。
前世の我が家では寒大根と言っていた。
2週間ほど時間をかけてしっかりと、からっからに乾燥させると、美味しい保存食になるのだ。
煮物に入れても美味しいし。
前世の我が家ではお味噌汁が定番だった。
こっちの世界で自然の力に任せても出来るだろうけど、今は時間がないのだ。
4人で交代で1時間ほどかけてもらったら、からっからに乾燥した。
魔法ってすごい。自然にまかせてやったら2週間かかるのが1時間で済んだのだ。
「へええ~。これが寒大根か~」
みんなで、それぞれ乾いて小さくなった大根を手に取って指で押してみている。
一年でもっとも寒い寒中に作る大根の保存食なので、『寒大根』と言ったらすんなり受け入れてもらえた。
「すっごいちっちゃくなりましたわね!」
カレン神官長が初めての作業と、それによって保存食が出来た感動を味わっている。
「これで、ほじょんしょくになった」
「これって食べれるんですよね! いただいてみたいです!!」
「もちろんですよ。アーシェ、どうする?」
もちろん、メニューは決まっている。
―――寒大根といったら、絶対あれだ!
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