42 バターサンドのうた
柿の収穫を終えて商会の家に帰ってきたら、商会の前にリンクさんと、誰かが立っていた。
銀色の短髪、紫色の瞳をしたがっしりとした人だ。
「よう! 帰って来たな!!」
「クリスフィア公爵!!」
ローディン叔父様が礼をする。
「こうしゃくしゃま?」
「お~! この前は眠っていたからな。初めましてだな! 私はフリーデン・クリスフィアだ」
クリスフィア公爵は片膝を地面について挨拶してくれた。膝汚れちゃうよ?
でもおかげでしっかり顔がみれた。クリスフィア公爵の瞳は淡い紫色の瞳で、ローディン叔父様やローズ母様とは違うけど、とてもきれいだった。
公爵様という高い地位の貴族のはずなのに、高圧的な雰囲気がないのに少し驚いた。
それに私みたいな小さな子のために躊躇わずに膝をつくなんて。
クリスフィア公爵にとってそれが普通なのだろう。
バーティアの商会には貴族もたまに来たりする。
子爵というのは貴族の中ではそう高い地位ではない。
商会に来た貴族みんなではないけれど、たまに子爵より高い身分の貴族がやってきて、自分に有利に取引を進めるために高圧的な態度をとって、こっちに不利な条件を吞ませようとしたり、私が商会の奥のキッズスペースにいると、嘲りの視線と言葉を放ったりするのが好きではなかった。
そんな経験から、私はそういう人は入ってきた瞬間に分かるようになったので、スタンさんは私の様子をまずは見るようになったらしく、私をさらに奥に隠すかどうかで叔父様達は相手への対応を決めている。
クリスフィア公爵はなんだか太陽のような明るさで、あたたかな感じがする―――ああ、この人は大丈夫だ。
ちゃんとご挨拶しよう。
「あーちぇらでしゅ」
にっこり笑って、ペコリと頭をさげると。
「おお~! かわいいな~! 頭を撫でてもいいかい?」
ちゃんと聞いてくれるのはうれしい。
「あい!!」
クリスフィア公爵の優しくて大きな手が気持ちいい。
「カレン神官長も来てたんだな」
「はい! 今日はキクの花をバーティアの教会に植えるために来ました」
「そうか。ウチの領地は半数が根付いたようだ。なかなか全部とはいかないな」
「ひとつしか根付かない領もありますので仕方ないですね」
根付かない場合、キクの花は一晩で忽然と姿を消してしまうそうだ。
枯れるわけではなく、消えるとはさすがに女神様の花だ。
「狭い家ですが、こちらへどうぞ」
母様が居間にクリスフィア公爵とカレン神官長を招いた。
今日はお客様が来るのがわかっていたので母様はお留守番だった。
数週間前、王都から帰って来たら、商会の家の周りに護衛らしき人たちが明らかに増えていた。
領民の装いだったけど、纏うものが違って見えるのだ。
バーティアのディークひいおじい様立ち会いで、護衛と魔術師何人かを紹介された。
何かあった時に助けを求めるようにと。
バーティアのひいおじい様は警備の状況がだいぶ良くなったと言っていた。
どうしても人の出入りの多い商会の中にある家は、侵入しようとする方にとっては都合がいいのだ。
だから魔術師数人がかりで監視してくれているらしい。
申し訳ないな、と思ったけど。
家族と離れて暮らすなんて考えられないし、この商会の家も大好きなのだ。
それに考えてみたら、私が悪いんじゃなくて狙う方が悪い。と思うことにした。
護ってくれる人たちのおかげで、以前はしょっちゅう感じていたあの嫌な視線をこのところあまり感じないので、ちょっと安心だ。
今日は柿の収穫のため、商会にいる人がだいぶ少なかった。
今日のように事前に分かっているときは連絡をして、王宮の魔術師さんが人数を増やして商会の家の護衛をしてくれる。
これから先、突発的にまわりから人がいなくなることも想定して、様々な護衛計画をしてくれているとのことだ。
とってもありがたい。
今日クリスフィア公爵は商会の家の警備状況の確認に来てくれたそうだ。
「お茶請けにこちらもどうぞ」
紅茶とお菓子のほかに、母様が大きな皿をテーブルにおいた。
出されたのは、大きなお皿いっぱいの干し柿と、皮を剥いてカットした渋抜き済みの柿だ。
「わあ! さっきと同じ干し柿ですね! 渋抜き済みの柿も! いっただっきまーす!!」
カレン神官長がさっそく小皿にとって食べ始めた。
美味しそうに食べるなあ。
さすが王妃様の親戚。食べる量がすごい。
「へえ。干し柿だって? 初めてだな」
クリスフィア公爵が干し柿をひとつ手に取って、珍しそうに見ている。
「すっごい美味しいんですよ~! さっきひとついただいたんですけど、美味しいんです!」
カレン神官長の満面の笑顔のお勧めで、クリスフィア公爵が一口。
「へえ、美味いな……甘みと旨味、この凝縮した感じもいいな」
クリスフィア公爵の口にも合ったらしい。よかった。
「うちの実家の領地の柿も干し柿にしてもらいます! 作り方真似していいですか!?」
「いいですよ。な? アーシェ」
「あい! いっぱいちゅくる。ふゆみんなでたべりゅ」
「ああ。うまく保存すると一冬保つからな」
「おじしゃまも、うるどにいっぱいもってって!」
「お! それなら私も欲しいな。たまに甘い物が欲しくなるからな。さすがにこの甘さは毎日はきついが」
どうやらクリスフィア公爵は甘いものが嫌いではなくてもあまり食べない人のようだ。
たしかに。男の人は甘い物が得意ではない人も結構いるよね。
それなら。
「かあしゃま! ばたーほちい」
「はいはい。バターね」
去年も好評を博したあれを食べてもらおう。
「バター??」
すぐにローズ母様がバターを持ってきてくれた。
塗るようにではなく、冷やして厚さを1cmほどにカットしてあるものだ。
干し柿を食べる時には、いつも用意してあるのだ。
よし。では私が作りましょう!!
これを作る時はちょっと硬めの干し柿の方が私は好みなので。
山になった干し柿の皿から硬めの干し柿を選ぶ。
「んーと。ほちがきのかたいのをわって~、ばたーはちゃんで~。あい! こうしゃくしゃまどうじょ!」
作ったのは、干し柿のバターサンドだ。
私はこれが大好きな食べ方だった。
「お、おう。バターって。―――パンじゃないんだけどな」
クリスフィア公爵が受け取って、不思議そうに見ている。
「アーシェ。私にも欲しいな」
「あい! ほちがきわって〜。ばたーはちゃんで〜。あい! おじしゃまどうじょ!」
「あの! それ、私にもいただけませんか? 食べてみたいです!」
「あい! ほちがきわって〜。ばたーはちゃんで〜。あい! かれんしゃんどうじょ!」
うん。歌(?)で、なんかのってきたぞ。
「あ。アーシェ。俺にも」
くすくす笑いながらリンクさん。
いいですよ。いくらでもつくりましょう!
母様のも。もちろん私のもね!
軽快な節回しとともに、干し柿のバターサンドを作ってひとりひとりに渡して。
みんな分作り終わったら、みんなにこにこ笑って柿のバターサンドを持っている。
あ。全員分渡るのを待っててくれたのか。
それでは。
「いただきましゅ」
「「「「「いただきます」」」」」
うん。みんなで一緒に食べましょう。
「……おいしいっ!」
「うっま!」
カレン神官長とクリスフィア公爵の声が重なった。
「アーシェラちゃん! これ! これ! 絶品ですわ!!」
そう。干し柿の適度な硬さと甘さ、バターの塩味とコクが絶妙なのだ。
何個も食べたくなる。あと引く美味しさなのだ。
「なんだコレ。バターの塩気とコクが干し柿の甘さと絶妙に合う。すごく美味いぞ!」
カレン神官長だけでなく、クリスフィア公爵の好みにも合ったらしい。
「ふふふ。美味しいですよね。私達もこの食べ方が一番好きなんです。ですから、干し柿用にこうやってバターを切って常備しておいているんですよ」
ローズ母様が『お好きなだけお作りしますよ』と言ったけど、カレン神官長はすごい勢いで自分で何個も作って食べはじめた。
「おいしいですわ~!!」
両手に柿のバターサンドを持ってふりふりしている。
カレン神官長がまるで踊っているかのようだ。
ああ。これはみんながやってる感動の舞だね。
クリスフィア公爵も自分でバターサンドを作って何個も食べていた。
「いいな~干し柿。うちの領地でも来年から作らせよう。美味いし、バターをサンドすると絶品だ」
「? 来年ですか?」
「うちの領地のはもう収穫時期が終わってしまってて無いんだよ」
ああ。土地によって収穫時期がちがうものね。
「だから、この干し柿を融通してくれ。妻や子供達にもこうやって食べさせてやりたい」
「バーティア領はこれから収穫しますからいいですよ。どのくらいご入り用ですか?」
「家用に箱ひとつ。いや二箱だな。うちの領民に食べさせて味を覚えてもらおうと思う。それと……」
「? どうしました?」
「いや……まいったな。この柿のバターサンド。自分がハマってしまったよ。私自身が戦地に持って行きたい」
ということは、軍用に持って行くということかな?
ローディン叔父様がにっこりと笑って言った。
「お買い上げありがとうございます。軍用にご用意させていただきますね。バーティアは柿の産地ですから出発までに出来るだけたくさん用意しますね」
「毒混入がないか鑑定して封印した上で出荷します」
リンクさんが真剣に言ったその言葉に驚いた。
どうやら食事に毒を仕込むのは結構ある手段なのだそうだ。
「ああ。頼む」
クリスフィア公爵が頷いた。
「それに、兵糧のひとつにするのは英断です。干し柿を去年鑑定した時、運動中の痙攣の予防と、疲労回復。それと病気を予防する効果があると出たんですよ。風邪を予防するので、冬の行軍にはうってつけの食材です」
リンクさんが少し笑みを浮かべながら、干し柿の効能を説明した。
頼もうと思っていたけど、すでに干し柿の鑑定をしていたらしい。
その言葉にローディン叔父様が頷いた。
「そういえばそうだったな。アーシェは去年の冬、干し柿をいっぱい食べたから風邪ひかなかったのかもな」
ん? そういえば去年は干し柿がうまく出来たので、うれしくて冬の間中食べていた。
一昨年はひどい風邪で何日も寝込んだけど、去年の冬は……思い返してみたら風邪をひかなかったみたいだ。あれは干し柿のおかげだったのかも知れない。
「しょうかも」
「一昨年の冬はひどい風邪で熱を出したけど、そういえば去年は風邪をひかなかったわね」
私の頭を撫でながら、ローズ母様が言う。
どうやら私が干し柿の効能の証明みたいだ。
「まあ! すばらしいわ!! 美味しい上にそんな効果があるなんて!」
「それはいいな。冬の出兵はキツイからな。柿にそんな効果があるなら助かる」
―――なんだか、思いがけなく私自身で証明したようだ。
でも、無事に干し柿が採用されることになってよかった。
「ふふふ。ウルドでさっきのバターサンドの歌を思い出しながら食べることにしよう」
ローディン叔父様がくすくす笑って言うと、クリスフィア公爵が笑いながら相槌を打った。
「ああ。元気が出そうだからな」
「かわいかったですよね!」
カレン神官長やリンクさん、ローズ母様も笑っている。
んん? なんだか柿の副産物ができた??
お読みいただきありがとうございます。




