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40 譲位の舞台裏



 米を最初にこの国に持ち込んだのはダリウス・バーティア子爵。

 つまりローズ母様とローディン叔父様のお父様だ。


 今日の試食会では、米が兵糧になるほどの有用性を参加者から口々に褒められ、ダリウス・バーティア子爵はほくほくしていた。

 試食会では自分の手柄のように振舞い、鼻高々だったそうだ。


 ……米をこの国に持ち込んでくれたのはとってもありがたいけど、作付けして一生懸命世話をしてきたのはバーティアの領民。

 そして、率先して働いてきたのはローディン叔父様とリンクさんだ。

 ―――前子爵様は指一本動かしていないのに。叔父様たちの手柄をとられるって、気分のいいものではない。



 ダリウス・バーティア子爵は、陛下にお褒めの言葉をいただき、褒美ももらってほくほくしていたが。


 陛下から『バーティア子爵』に米の普及の陣頭指揮を執れと命じられたのだ。

 彼は、当然のようにローディン叔父様に押し付けようとしたが。

 試食会前に発表されたウルド国侵攻の人員の中に、ローディン叔父様の名前があったことに気付いた。

 ―――彼は焦った。

 ローディン叔父様が、戦争に行くことが決まっているため、ローディン叔父様に押し付けることができない子爵様は、自ら米の普及の為に動かなければならない。

 他の誰かにこの仕事を押し付けようにも、いままで領地経営にひとつも携わってこなかった彼は、どうすればいいか全く分からなかったのだ。


 思い余って、母方のマリウス侯爵家の従兄弟に縋りつくように話しかけた。


 ダリウスにつかまって嫌そうに話を聞いていた、従兄弟であるマリウス侯爵が心底呆れた顔をした。

 現マリウス侯爵は、金色の髪を撫でつけ、ターコイズブルーの瞳をしている。

 ダリウス・バーティア子爵と同年代で、魔法学院でも同級生だったそうだ。

 だから、目の前の男が根っからの怠け者であることを知っている。

 まったく働かずに借金を重ねていることも、その借金をまだ年若い自分の従甥(いとこおい)のローディンが返済していることも知っている。

 魔法学院の教師であったディーク・バーティア前子爵は叔母の配偶者で、マリウス侯爵にとっては叔父にあたるが、親戚として会ったことは少ない。だが、魔法学院での2年間で良い先生であることを知っており、尊敬もしている。

 自分の従甥(いとこおい)のローディンのこともよくやっていると認めている。とマリウス侯爵は以前デイン伯爵に話していたそうだ。


 だが、彼は我儘で無理やり子爵家に輿入れした叔母(リリアーネ)とその両親(マリウス侯爵にとっては祖父母)が育てた、従兄弟のダリウスのことは心底嫌いだった。

 魔法学院にいた時は『遊んでばかりいないで勉強しろ』、成人してからは『貴族なら、身分に見合った義務を果たせ』と何度窘めたか知れないが、40歳を過ぎた今もダリウスは怠け者のままだった。


 マリウス侯爵は、ターコイズブルーの瞳を細めて、吐き捨てた。

「お前が米の普及の陣頭指揮だと? お前が人に教えることなどできるはずがない。もともと何もやってこなかったくせに。今回だってここまでやれたのは、全部ローディンの手柄だろうに」

 知るか。勝手にしろ、と突き放したという。


 それでも、『私には出来ないんだ! 何とかしてくれ!』とまたも縋りついてきた従兄弟(ダリウス)を冷ややかに見て言った。


「お前がこの件から逃れられる方法はひとつだけだ。今回陛下は『バーティア子爵』に米の普及を命じられた。なら、ローディンを『バーティア子爵』にすればいい。―――これから戦地に行く息子にこれ以上の重責を与えるような恥知らずなことが出来るというならな」


 その言葉を聞いたダリウス・バーティア子爵は、はじかれるように陛下のもとへと足早に行き。


「戦争で負った足の傷の後遺症で、とてもこれ以上子爵の務めを果たせそうにありません!」

 会場中に響き渡った声に、その場にいた貴族たちがざわついた。


 いやお前今陛下のもとに行くまでスタスタ歩いていただろう。

 褒美を賜った時はスキップしていなかったか?


「子爵位はこの場で息子のローディンに譲位いたします。米普及の大役は子爵としてローディンが果たします!」

 お前、まもなくこれから戦地に行く息子にこの仕事も押し付けるつもりか?

 ……そもそもこの米は息子のローディンが頑張った成果だというのに、自分の手柄にしてたよな。

 『まったく。この恥知らずめ』


 という言葉が行き交ったという。



 ダリウス・バーティア子爵は、米普及の大役から逃れるために、世間からの『恥知らず』の代名詞を自ら被ったらしい。 

 ―――どこまで残念なんだろうか。


「ローズマリーかデイン伯爵に言ってもらおうと思っていた言葉を、マリウス侯爵が言ってくれてよかったな」

「たしかにな。マリウス侯爵のおかげで、今日のうちに陛下と重臣たちの目の前で譲位することが出来た。上々だな」

 ディークひいおじい様と前デイン伯爵が頷きあう。

 この試食会を通じて、ローディン叔父様に子爵位を譲位させるつもりだったらしい。


 米は軍用の食料に間違いなく採用されると踏んだディークひいおじい様は、今回の陛下の下命を予測していたとのことだ。

 また、戦況も鑑みてローディン叔父様が次の侵攻で徴兵されるだろうことも予測がついていたそうだ。

 ダリウス・バーティア子爵が譲位を渋ると思っていたため、時間をかけてローズマリー夫人かデイン伯爵に説得してもらおうと思っていたそうだが、マリウス侯爵のキツイ助言のおかげで即断即決してくれた。



「米の育て方はトーイさんとトーイさんのお祖父さんに頼んでまとめてあります。それを希望した各領地に配布して、私のいない間はリンクが、リンクがいない間は私が各地に行って指揮を執ることにします」


「ローディンやリンクがいない間は、私も商会の仕事を手伝おう」

 ディークひいおじい様が任せなさい、とローディン叔父様とリンクさんに言った。


「人手が足りない時は、デイン領からも応援を出す。遠慮なく言うのだぞ」

「ありがとうございます。おじい様。ローランドおじい様」


「あ~。じゃあ、一番南のデイン領から田んぼ作りはじめるから、人手をたくさん集めてくれ。領民だけでなく、できれば動けそうな難民も」

「まあ、できるが?」

 デイン伯爵が提示された人数に疑問を返す。


「田んぼ作りは体力仕事でもあるが、いろんなノウハウを覚えてもらわなきゃいけない。俺が行ってデイン領で教えたら、また次の領で教えなきゃならない。俺だってこの身一つしかないし。デイン領で指導できる人間を作りたいんだ。田んぼのやり方を覚えてもらったら、他の領でのサポートをしてもらいたい」

 トーイさんとお祖父さんや、バーティア領の農民の皆さんにも田んぼ作りのサポートをお願いする予定だが、何か所も同時進行して田んぼを一から作るのには人手がまだまだ足りないのだ。


「今日申し出があった領は、今日私に話しかけてきた金融機関の長のマーシャルブラン侯爵と、クリスウィン公爵、そして、従伯父(いとこおじ)のマリウス侯爵です」

「そして、デイン伯爵領か。一年で開拓するのはこれくらいで限界か」

 これから先の申し入れは、その次の年からの着手ということにしているそうだ。


「マリウス侯爵は、大変だろうから自分の領は後回しでもいいと言ってくださいましたが。出来れば子爵位譲位の後押ししてくださった感謝の意も込めて田んぼ作りのサポートをしたいと思います」

「マリウス侯爵は、自分が後押ししたとは知らないがな」

 逆にマリウス侯爵は『余計なことを言った』とローディン叔父様に謝罪してきたらしい。

 これまでの話を聞いていて、マリウス侯爵はいい人なんだろうなと思う。


「まずは現地調査が必要ですね。どこの領も水源はありますが、水温を調整する溜池が必要でしょう。どこに田んぼを作るか、そこからです」

 そう言うと、ローディン叔父様はひいおじい様やデイン家の皆さんに頭を下げた。


「私は2か月後にはウルド国に行きます。全てが中途の状態で行くことになりますので、後をリンクに託します。どうかサポートをお願いします」


「わかった。任せなさい」

 デイン伯爵が力強く頷いた。


「それじゃあ、近いうちにデイン領に帰るわ。田んぼの候補地見たいしな」

「ああ。そうだな」

 リンクさんとローディン叔父様が行くなら、もちろん。

「あーちぇもいく!!」


「もちろんだ。アーシェもいこうな」


 デイン辺境伯は海に面した領地。

 こっちの世界での初めての海。


「うみ! うみみたい!」


「そうだな。ずっと海がみたいって言ってたな」

「ようし! アーシェラ! おじい様が海だけじゃなく、いろんなところに連れて行ってやろう!」

 ローランドおじい様が満面の笑顔だ。

「あい!!」


 田んぼを通じて、いろんなところに行くのだ!


 いろんなところで、いっぱいいろんなことをして、ローディン叔父様とリンクさんを待とう。


 ふたりが帰ってきた時、笑顔でいっぱいおみやげ話が出来るように。





お読みいただきありがとうございます。

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[気になる点] 譲位と言う言葉は、君主(王・皇帝・天皇)が血縁者に継承する場合に使う言葉なので襲爵とかじゃないかな?
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