4 放置されたら、ラスクができた 1
やっとアーシェラ視点に戻りました。
本日もう一話掲載予定です。
私、アーシェラ3歳の春。
今日の朝はローディン叔父様のお部屋で目を覚ました。昨日から母様が風邪気味だったからだ。
目を擦りながら起きると「おはよう」とベッドに腰掛けた叔父様が優しく頭を撫でてくれた。
大好きな紫色の優しい瞳。
私もふにゃっと笑った。そして朝のご挨拶。
「おじしゃま、おはようごじゃいましゅ」
舌足らずになるのは、朝だから仕方ない。
「おはようアーシェ」
叔父様に抱っこされて居間に行くと、リンクさんが手を伸ばして私を抱きとった。
きゅっと軽く力を入れて一度抱き締めてくれるのが、私は大好きだ。
だから私も首に手をまわしてギュッとする。
「おはようごじゃいます」
笑ってギュッとすると笑みが深くなるから私も嬉しい。
「今日商会休みだから、ゆっくり眠れたな〜」
「ああ。商会から兵役で三人も取られて行ったからな。正直厳しい状況だな」
兵役は半年。戦争が長引けば二度三度と行くことになるという。
「まあ、敵さん、自国の内乱がおさまらない限りはこっちに手出し出来ないだろうがな。ただこっちは人手が足んなくてきっついんだわ」
紅茶を飲みながら二人して苦笑いをする。
モーニングティーは二人のルーティーンである。
ただ私は紅茶ではなく、朝ごはんが食べたいのである。
「おなかすいた」
お腹をさすると、ローディン叔父様が笑った。
同時に私の身体も少し揺れた。私を抱っこしてるリンクさんも笑ってる。
だって。今日起きるの遅かったんだよ。
いつもならもう食べ終わってる時間なんだもの。
「ふふっ。アーシェ、今スープ温めるから―――、お、パン屋のディークがパン配達に来たみたいだな。ちょうどよかった」
建物の一階が商会。二階を私的な空間として使用しているので二階の窓からパン屋のディークさんが少し重そうな体をゆらしながら歩いて来るのが見えた。
私たちが暮らしている家には、メイドや従者をおいていない。
商会を興す時に『領民が何を必要とするか肌で感じろ』という先代の子爵様とリンクさんのお祖父様のデイン前伯爵様の意向ゆえだ。
今の子爵様が選民意識が強く駄目駄目な為に、孫であるローディン叔父様には公平な目を養ってもらいたいという。
ほんの一握りの貴族だけではなく、大多数を占める平民に受け入れられるように。と。
ちなみに、ローズ母様とローディン叔父様の母親はデイン伯爵家から輿入れされている。
つまり、リンクさんはローズ母様とローディン叔父様の従兄弟なのだ。
商会を興した当時、16歳でまだ少年のローディン叔父様に、デイン伯爵家からサポート役として、叔父様の従兄弟であり親友のリンクさんがついた。
その当時、伯爵家の次男のリンクさんは叔父様より2つ歳上の18歳だった。いずれ伯爵家がもつ子爵位を受け継ぐ者として一緒に修行させる狙いがあったそうだ。
そういったわけで、屋敷周りで不審者に目を光らせる護衛のみがいるだけで、衣食住の身の回りは自分たちで行っているのが現状だ。
三年前はスープひとつ作れず、その状況に商会の従業員がみかねて食事の用意についていろいろと教えてくれたそうだ。
それをきっかけに従業員との距離が近くなって商会の雰囲気がよくなったらしい。
店舗の接客業務をしている女性従業員に子育ての相談をしたり、掃除や洗濯なども教えてもらったとのこと。
そんな暮らしを三年続ければ、ひと通りのことを当たり前に出来るようになっていた。
二階から手を振ったら、ディークさんが気づいて手を振ってくれた。
白い作業着のまま近くのパン工房から来たディークさんは、定休日を除いて毎日パンを配達してくれている。
昨日は定休日だったので二日ぶりだ。
毎日のように会っているせいか、すごく私を可愛がってくれる。
まだ30代前半だけど、ちょっぴりお腹が出てきてる。
ちょっと小太りだけど茶色の髪と瞳がチャーミングなお茶目な人だ。
ディークさんからパンを受け取るため、私を抱っこしたままのリンクさんと叔父様が一階の勝手口の方へ歩いて行った。
パンを受け取るだけかと思ったら、ディークさんから相談事があるということで、商会の仕事部屋の方に行って話し込んでしまった。
私は仕事部屋の端っこのキッズコーナーに座らされた。もちろん私のために作ってくれたスペースである。
おもちゃも置いてあるので楽しく遊べる。
私が仕事部屋の隅で遊んでいるので、初めて訪れた人は大抵驚く。
その後の私に対しての態度を観察。ひどい言葉を吐く人とは深く付き合わない、と商会従業員のスタンさんが言っていた。人間性の判断に一役買っているみたい。
―――ディークさんの相談事とは、街に何軒かあるパン屋さんからの共通の悩みだ。
パンは各家庭で作るのは大変なので、パン屋さんに皆買いに行く。
パン屋は長年の勘で数量を調整しつつ、数種類のパンを焼いているのだが、毎日数十個余ってしまう。
この戦争の最中貴重な食糧の廃棄はしたくない。
パンは日持ちしないし、他のパン屋も含めて、うまく供給量を調整出来ないかとのこと。
「何が突然起こるかわからない時分だから、万が一の予備の為に作る量を減らすわけにもいかんし。購入数を決めれば・・・でもな〜」
「全店舗共通の一種類にして数の申告制にするか? いや、でも複数のパン屋から好みのパンを選んで買うのも楽しみだろうし・・・」
「あの。逼迫した時はともかく、パンを一種類のみの配給みたいにするのはしたくないです」
パン屋のディークさんが先日の売れ残りの硬くなったパンと、焼き立てのいい香りがするパンを手に叔父様達と真剣に話し込んでいる。
―――けれど、私は無性にお腹が空いていた。
さっきからお腹がオーケストラを奏でている。
それなのに、叔父様達はお仕事の話に夢中になってしまって私の空腹のことを忘れてしまったようだ。
お腹空いた。
叔父様がスープを温めようとしたところにディークさんが来たから、まだ何も口にしてない。
そこにきて焼き立てパンの香りがさらに空腹を増長させた。
でも真剣に話し込んでいるのを邪魔したくない。
仕方なく、私は音を立てないように仕事部屋を出て誰もいない台所に行った。
そしてテーブルの上のカゴに残っていた二日前のカチカチになったパンをかじった。
スープに浸せば美味しくなるけど、残念ながらコンロには届かないし、火は扱えない。
―――固い。ラップなんて便利なものはこっちの世界にはない。丸一日置くと元のパンと同じ物かと思うほどパンの表面が固くなる。二日となると中までカチコチだ。
そして口の中の水分を容赦なくすべて持っていかれる。
喉つまりしそうになって、私は涙目になった。
やっぱりパンは焼き立てがいい。けど叔父様達の話しあいは終わりそうにない。
美味しくなくても、一口食べたことで急激に身体が空腹を訴えはじめた。
ああ。
お・な・か・す・い・た〜〜
ふと、視線の先に前世でいう、オーブントースターがみえた。
令嬢育ちで料理が全く出来なかった母様でも簡単で安全に使えるものだ、と叔父様が設置してくれていた。
仕組みは分からないけど、食材を入れてタイマーをセットするだけでこんがり焼ける。
しかもコンロの下に設置されているから手が余裕で届く。
私でも使える。となったら。
よし。
じゃあアレを作ろう。
ちょうどテーブルの上に材料があるし。
スライスされて硬くなったパンを半分に割って、オリーブオイルをかけて、ひとつにはお塩。もうひとつは何もかけずにオーブントースターに入れて数分後。
チン! と音がして焼き上がった。
カリカリのラスクの出来上がりである。
前世では料理が好きで、簡単にスーパーで買えるものも手づくりするのが好きだった。
家が農家だったから枝豆を育て、熟した大豆を収穫。その大豆で味噌も作ったし。
旬のもので果実酒やジャムは毎年作った。
まあ味噌はこちらで作るには材料がまだまだ足りないけど、いつかぜったいに作ろうと思う。
お味噌汁は日本人の心の癒やしだもんね。
そんなわけで手間がものすごくかかったパンやピザもたまに作った。
残したら冷凍保存が定番だったけど、パンは手作りラスクにして食べるのが大好きだった。
前世では一口サイズにカットしたパンをレンチンして水分を飛ばしてカラカラに乾かし。
フライパンにバターを溶かし、乾かしたパンを入れてカサカサ音がするまで炒めて、グラニュー糖をまぶして出来上がり。
簡単だけど、バターの塩気とコクにグラニュー糖の甘さが相まってハマる美味しさだ。
ガーリックバター味も大好きだった。
ここにはバターが見えなかったから、オリーブオイルで代用したけど。
出来上がったラスクを一口噛むと、サクッといい音。
―――美味しい!!
オリーブオイルをかけて焼いたもうひとつには熱いうちに紅茶用のお砂糖をパラパラとかけた。
こっちも美味しい〜〜
固くて美味しくないパンが大変身だ。
うまうまと食べてたら、すぐになくなった。
パンの入ったカゴにはあと三切れ。
もっと作ろう。
同じく作って、完成したラスクを載せた木皿を、背伸びしてテーブルに乗せて。
椅子によじ登ろうとしたら、ぐらり。
バランスがくずれて椅子が倒れてしまった。
当然、私も巻き添えである。
ガッターン!!
と大きな音がして、次に幼児の泣き声が聞こえたら大人がびっくりするのはお約束である。
お読みいただきありがとうございます。