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39 三つ子の魂百まで



 王宮からデイン伯爵家に戻った夕食の席でのこと。

 ホークさんは多忙の為、王宮から戻ったあと、船でデイン領に戻ったらしい。

 ホークさんがローディン叔父様に、とっておきのワインをプレゼントに置いていったので、みんなでワインをあけて乾杯をした。

 わたしはワインに似た、ぶどうジュースだ。


「ローディン・バーティア子爵の誕生に! 乾杯!!」

 とっても嬉しそうに前デイン伯爵様が声をあげた。


「「「「「おめでとう! ローディン!」」」」」

 私以外はみんな知っていたらしい。

 みんな口々によかったな、と言っている。


「ししゃくさま? おじしゃま、ししゃくさまになったの?」

 私は知らなかったので、乾杯とお祝いの言葉を聞いてびっくりした。


「ああ。そうだよ。父上から子爵位を譲位されたんだ」

「今日からローディンはバーティア子爵だ」

 ディークひいおじい様が微笑んで言った。

 どこかホッとしているみたいだ。


「これでもう、ダリウスも勝手に借金は出来まい。各所に手を回しておいたから、ひとまずは安心だな」

 バーティア子爵という肩書きと事業計画無しに金融機関から融資は受けられないという。

 これまで前子爵(ダリウス)様は何度も甘い話に引っ掛かって失敗してきているので、金融機関も貸し渋っていたため、無条件に融資する高利貸しに手を出していたとのことだ。


「アーシュ殿に立て替えてもらっていた高利貸しの借金は、先月利子をつけてクリステーア公爵へすべて返済しました」

 ローディン叔父様が言うと、ローズ母様が明らかにほっとした顔をした。


「よかったな。ローズ。気にしていたんだろう?」

 ロザリオ・デイン伯爵がローズ母様にいたわりの声をかけた。

「ローズとの結婚の条件にアーシュ殿に自分の借金の肩代わりをさせるダリウスには、とことん呆れてしまったが。これで少し肩の荷が下りただろう?」


「はい、伯父様。ずっと心配させてごめんなさい。―――ありがとう、ローディン。おじい様」

 なんと。ローズ母様のお父様は、働かないとは聞いていたけど、アーシュさんに借金の肩代わりまでさせていたのか。

 とんでもない人だ。

 でも、借金を肩代わりしてでも、ローズ母様と結婚したかったんだ。アーシュさんは。


「ローズは悪くないのだから、謝らなくていい」

「そうよ、ローズ」

 デイン伯爵夫妻がやさしく微笑んだ。


 高利貸しにはデイン伯爵家から『()()()()()()()()本人でなければ貸すべからず、と早々に手を回したらしい。

 なので、『前』バーティア子爵ダリウスは門前払いする確約をとっているとのこと。

 デイン伯爵様は、どうやら高利貸しの弱みを握っているらしい。

 ローディン叔父様は父親の借金を返済するために頑張って働いてきたから、高利貸しには絶対に手を出すことはないと思うけど。


「ダリウスには母親の屋敷を与えることにする」

 ディークひいおじい様の言葉に、前デイン伯爵が頷いた。

「ああ。マリウス侯爵家がディークに贈った、あの屋敷か」


リリアーネ(ダリウスの母親)が子供の頃父親の侯爵からもらっていた屋敷だ。リリアーネの兄の前マリウス侯爵がリリアーネと先代侯爵夫妻(リリアーネの両親)が亡くなった後に権利を私に贈与してきた。リリアーネのものだからと」

 侯爵家って、そんなに家をたくさん持っているのか。

 それをぽんとあげるとは。なんだかスケールが違う。


「ダリウスに知られれば、すぐに食いつぶすだろうと伏せてきたが。あいつにやろう。母親のものだしな」

 大きくはないが、贅沢な作りらしい。

 前マリウス侯爵から屋敷を贈与された頃、ちょうどダリウスが借金を重ね続けていた頃と重なっていた。

 屋敷のことをダリウスに教えればさらに気が大きくなり、さらに愚行を増長させると思って、なかったことにしていたとのことだ。


 ディークひいおじい様の言葉に、前デイン伯爵が『そうだな』と返す。

「侯爵家の屋敷だ。調度品をいくつか売るだけで、贅沢に暮らせるだろうな」

「屋敷はマリウス侯爵領にあるからな。別荘を手に入れたと喜ぶだろう」

 実際に湖の湖畔にあり、とてもきれいな所なのだそうだ。


「あいつにはきっぱりと表舞台から退いてもらわねばならんからな。相応のえさを撒いておかないと。―――ただ……悔やむのは……ローディンに子爵位を譲位する最後の最後まであいつ(ダリウス)がまともに働かなかったのは、私の大きな失敗だな―――……」

 忙しさのあまり、全くと言っていいほど一人息子であるダリウスの子育てにかかわらなかったことが、ひいおじい様にとって拭いきれない後悔のようだ。


 前子爵ダリウスの性質は、母親と母方の祖父母にとことんまで甘やかされて育ったのが大きな原因だ。


 でも。私はそれだけではないと思う。


「あれは生まれ持った怠け気質だ。気にするな、ディーク」

 リンクさんのおじい様のローランド・デイン前伯爵がきっぱりと言う。


 私もそうだと思う。

 同じ環境で育った兄弟でも、たとえ双子であっても、その性格や性質はまったく違うのだ。

 (ダリウス)が何度失敗しても、働きもせずに楽な方へと流されて行ったのは、生まれついての性質だと思う。


 それに、前世の私の親戚にも似たような人がいたのだ。

 さほど裕福ではないのにろくに働かず、その一生を終えるまで妻に食べさせてもらっていた人が。

 同じ環境で育った他の兄弟がちゃんと働いていたのを見ていたので、『育った環境』ではなく、その人の『性質』(生まれ持ったもの)だと思ったのだ。

 


「お前の父親が昔騙されて借金を抱えたのはもう仕方がないことだ。お前は休まず働いてその借金を全て返し終えた。そのせいでダリウスをきちんと育てられなかったと悔やむのは仕方ないことだがな……。―――そのかわり、お前は立派にローズとローディンを育て上げた。そして、ダリウスは反面教師としてローズとローディンの役に立った。―――もう、それでいいんだよ」

そう言って、ディークひいおじい様の肩に手を置いた。


「―――ああ。そうだな……」

 父親の失策も、息子のダリウスのことも。

 今となってはもうどうしようもないことだ。

 ディークひいおじい様は、ローズ母様とローディン叔父様をしっかりと育てたのだ。

 こうして、ローディン叔父様に子爵位を継がせることが出来た。


 ひいおじい様は一度目を伏せ、頷いた。

「そうだな。もういいな」

 そう呟いて顔を上げたひいおじい様は、スッキリとした表情をしていた。


 その表情を見て微笑んだ前デイン伯爵様が言った。

「それから、ダリウスだが。子爵だった時に自分で作った借金の返済をせずに、ローディンに押し付けたことになる。今日ダリウスは子爵を手放して、一番先にそれに気付いたらしい。やった! って顔してたぞ」


「ああ。それ。金融機関の役員やってる侯爵がローディンに寄って行ったのを見てたんだな」

 リンクさんが気がついたように言うと、ローディン叔父様が頭を軽く振った。

「いや、別に借金の取り立てじゃなかったけどな」

 その侯爵は、試食会の米をいたく気に入ったらしい。

 いち早く農業指導の日程を決めたい為に足早に近寄ってきたそうだ。


「米の種もみ分の買い上げ金額だけど。国から明示された金額が驚くほど高額だったから、親父の借金はこれで全部なくなったよ。―――本当に助かった」

 ローディン叔父様が安堵のため息をついた。

 

 え? そんなに高く買ってくれたの?

「しゅごい!」

「ああ。アーシェのおかげだよ」

 そう言って、ローディン叔父様が私の頭をやさしく撫でてくれた。


 提示額をローディン叔父様と一緒に見たディークひいおじい様が頷いたのを見て、みんなが喜びの声を上げた。


「そうか! 本当によかったな。ローディン」

「完済するまで、まだ数年かかると思っていたが。頑張ったなローディン」

 ローディン叔父様のおじい様である前デイン伯爵と、伯父様の現デイン伯爵が労いの声をかけた。


「ありがとうございます。おじい様、伯父上、伯母上。ずっと支えてくれて。……本当に感謝しています」


 ローディン叔父様の真摯な感謝の言葉に、前伯爵様もロザリオ・デイン伯爵もそしてマリアおば様も、嬉しそうに笑った。


「お前もローズも私たちの子供と同じだ。頼ってくれて嬉しいのだぞ」

「そうよ、ローディン。私もあなたたちのもうひとりのお母さまだと思っているのよ」


 本当の父親であるダリウスは全く父親らしくなく、父親に甘えることの出来なかったローズ母様とローディン叔父様は、ディークひいおじい様と母親のローズマリーに育てられた。

 そしてデイン伯爵夫妻たちも自分たちの子供のように愛情を与え、導いてくれた。

 政略結婚前からダリウスが子供に教育するのは阻止しようとしたそうだが、そんな心配は無用だったようだ。仕事も子育てもしなかったということだから、呆れてしまう。


「よかったわね。ローディン」

 ローズ母様もとても嬉しそうだ。

 ローディン叔父様も、『ありがとう』と返していた。



 ―――そして。和やかに食事が終わると、ローディン叔父様が報告があります。と前置きをした。

 私と母様以外はすでに知っているとのことで、ローディン叔父様がローズ母様を真っすぐに見た。


「姉さん。今日王宮に呼ばれた理由だけど。―――僕…いや、私は今冬から半年間、ウルド国への遠征を命じられた」

 その言葉に私も母様も、ぴくんと身体がはねた。


「おれはその次の半年のジェンド国だな。言い渡された」

 リンクさんが続けて言った。


「おじしゃまがうるど。りんくおじしゃまがじぇんど……」

「そうなの……分かったわ……」

 覚悟をしてきたとはいえ、母様も私もそれ以上の言葉がなくなった。


 ひいおじい様、デイン親子はローディン叔父様とリンクさんの言葉を静かに受け止めている。

 マリアおば様は、少し瞳を潤ませていた。


「大丈夫だよ。アーシェと約束したからな。絶対無事に戻ってくるって」

 しんとなってしまった空気を散らすように、ローディン叔父様が明るく言った。


「そうそう。ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるから」

 にっこりと笑って、リンクさんも言う。


 気落ちしてしまったローズ母様と私を励ますように明るく。


「その前にいろいろやらなきゃいけないことがたくさんあるな~!」

 忙しくなるぞ! とリンクさんが明るく言うと、ローディン叔父様が同意した。

「そうだな。親父が逃げてくれてよかったよ」


「「??」」

 逃げる? 前子爵様が? なんのこと?

 ローズ母様と一緒にローディン叔父様の言葉に首を傾げると。


「米の普及のために『働く』ように陛下に命令されたら、逃げたんだよ」

 ディークひいおじい様が簡潔に言った。


 その言葉に、デイン親子が『まったくだな』と呆れた顔をした。


 陛下の命令から逃げた?

 ―――それって、貴族として失格では? 人間としても残念過ぎる。


 『三つ子の魂百まで』


 前子爵様。―――見事に体現してるよね。





お読みいただきありがとうございます。

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「譲位」は王位、王権が次の代にうつる時に使われる言葉だと思います。 爵位が先代から次代へうつる時は、「襲爵」だと思います。
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