38 出会いの真実
アーシェラの曾祖父、ディーク・バーティア視点 その3です。
次回はアーシェラ視点に戻ります。
デイン伯爵の私室には今、ロザリオ・デイン伯爵と妻のマリア、ローランド・デイン前伯爵、そして私ディーク・バーティア前子爵の4名がいた。
先ほど、3歳になったアーシェラに会ったばかりだ。
生まれた時やバーティアの商会の家で会った時は、アーシェラが眠っていたため瞳を見ることはなかったが、アーシュ殿やアーネスト・クリステーア公爵と同じ薄緑色でキラキラした瞳をしていた。
金色の髪もアーシュ殿に似ているのか柔らかな髪質で少しくせっ毛だ。
幼い頃のローズにもアーシュ殿にもどんどん似てきた。
このまま成長すれば、だれもがアーシェラが二人の子供であるということが分かるだろう。
「アーシェラちゃん可愛かったですわ~!」
そう言ったマリアは先ほどまでずっとアーシェラを抱っこしていた。
デイン伯爵家嫡男のホークも次男のリンクもまだ妻を迎えていない。
ホークは、デイン伯爵が陛下に命じられた件で忙しい為、デイン辺境伯家の一切を任されて忙しい。
また、隠し部屋での詳細は伏せてはいるが、命じられた内容はホークにも伝えられていたため、ホークも自分のルートで動いているらしい。
辺境伯軍の統率、領地の統括、王都との行き来で、かつての私よりも忙しいのがホークだ。
あまりの忙しさに結婚はすべてが落ち着いてからということにしているそうだ。
秘密が結婚相手を通して外に漏れることも懸念してのことだ。
次男のリンクはバーティアの商会の家で忙しく、いずれデイン家に戻った際には家庭を持つだろうが、まだまだ未定だ。
大体の事情を知っていたマリアだが、やはりさみしかったのだろう。
子供好きのマリアはアーシェラをずっと離さなかったのだ。
私ももう一度抱っこしたかった。
「アーシェラが可愛いのは当たり前だろう、私のひ孫だ」
少し憮然として言うと。
「それをいうなら、私もアーシェラのひいじいさんだぞ。ローズマリーの孫娘なんだからな」
私の親友であるローランド・デインが声高に言う。
ローズとローディンの母のローズマリーはローランドの娘だ。
「驚きましたよ。ローズが育てていた拾い子が、実はローズの産んだ子だったなんて」
そう言うマリアに、夫であるロザリオ・デインが答える。
「クリステーア公爵夫妻があのバカな弟夫婦から守るために、赤子のアーシェラを王宮で秘かに育てていたのだよ」
「ええ。王宮の王妃様の近くにはクリステーア公爵夫人がいらっしゃいますものね。納得しましたわ」
実は今日、ここにいる4人とも王宮に呼ばれ、陛下自ら改めて話をされたのだ。
これから先、戦争を終結するためにアーシェラを守っていたローディンやリンクが戦地へ行くことが決まっている。
その間彼らに代わって、クリステーア公爵家の後継を守るようにとの話だった。
マリア以外の私たち三人は、ローズがアーシェラを生んで間も無くクリステーア公爵から話をされて知っていた。
ローズとアーシェラを、クリステーア公爵位を狙う弟から逃し、狡猾な弟の尻尾を掴むまで守ってくれと頼まれていたのだ。
危惧していた通り、ローズが拾って育てているアーシェラの存在を訝しんだらしい。アーシェラの出自が分からずとも、己の邪魔になりそうな芽は摘むとばかりに、ローズばかりではなくアーシェラの近くにも暗殺者らしき者が何度も執拗に現れていた。
クリステーア公爵家とデイン伯爵家、そして子爵家の護衛や魔術師が商会の周りを固めて二人を守っていたのだ。
「アーシェラちゃんのことはいつ子供たちに教えますの? ローズも喜びますでしょう? 子どもを死産したのだと、あんなに傷ついていたのですから。愛し子がわが子だと知ったら、どんなに嬉しいでしょう」
アーシェラがローズの子だと知っているのは、ここにいる人間と極々一部の者だけだ。
ホークにも教えていない。
「陛下からは、戦争が終わるまで待てとのことだ。アーシュ殿が戻るまで待てと」
私がそう言うと、マリアが驚いた。
「!! アーシュ殿が生きてらっしゃるのですか!?」
「陛下や公爵はそうおっしゃられている。詳しくは教えてはもらえなかったが、アンベール国のどこかに生きておられるそうだ」
「敵地にずっと……」
『生きている』という情報だけでは、アーシュ殿がどのようになっているかは分からない。
敵地でまともな扱いをされているとは思えない。
「アーシュ殿が生きているとしても、その身が無事かどうか、見つかるまでは分からないだろうな……」
ローランド・デインがポツリと言った言葉で、部屋に沈黙が落ちる。
それは誰もが想像しうることだからだ。
「公爵を継ぐ資格も器もないくせに、公爵位を欲しがる男がいつどこでアーシェラの本当の出自を嗅ぎつけるかわからん。今でも執拗にアーシェラの命を狙っているのに。この話はここで抑えておくことが肝要だ」
ロザリオ・デインの言葉に妻のマリアが首肯した。
「そうですわね。わかりましたわ」
一通りのことを話し合い、泊まる部屋に行こうとして思い出した。
「ああ、そうだ。あいつと同じく器がないうちのバカ息子だが。近いうちにローディンに子爵を継がせて、隠居させることにする」
「あの頭の中がお花畑な息子が『うん』というか?」
ローランド・デインのその言葉に私は苦笑いをしながら、部屋を後にした。
―――息子の子育てに失敗したのは私だ。
魔法学院の生徒だったマリウス侯爵家の一人娘に一目惚れをされて、無理やり輿入れしたその妻が生んだ息子ダリウス。
父親の失策で負った借金を返すため働き続け、ろくに息子に構ってやれなかったのだ。
私の息子であるダリウスは、侯爵家の箱入りのお姫様に育てられ、侯爵家の祖父母の後ろ盾のもとで贅沢に育ち、金は湯水の如く湧いてくると思い育ってしまったのだ。
やがてお姫様育ちの母親が亡くなり、侯爵家の祖父母が亡くなると、侯爵家から無条件に与えられていた金品が打ち切られて無くなった。
しかし、夢見がちなお姫様に育てられた息子は、大人になっても父親の仕事を手伝わず、夢のような話に引っかかり、せっかく借金を返し終わった子爵家を、すぐに借金まみれにした。
借金を重ねても返すつもりもなく、誰かがどうにかしてくれると思っている。本当にどうしようもない。
ローズマリーの輿入れの際の持参金も遊びに使い、娘であるローズの結婚の際には相手に散々結婚の許可を渋り、結婚の条件として自分の借金の肩代わりをさせたほどだ。
普通なら娘の持参金を用意するはずだというのに。
我が息子ながら恥ずかしくてしょうがない。
そんな大人になり切れない父親がいて、ローズやローディンがまともに育ったのは、母親のローズマリーと母親の実家のデイン伯爵家の人達のおかげだ。
ローズマリーとの政略結婚は、私の親友であり共に子爵家の行く末を案じていたローランド・デインと話し合い、お姫様気質の息子の手綱を、しっかりとした気質のローズマリーにとってもらおうとしたためだ。
政略結婚ではあったが、意外と夫婦仲はよかった。
デイン伯爵家から嫁いで来たローズマリーは芯の強いしっかりした女性で、一人立ち出来ないダリウスはローズマリーにべったりと依存した。
ローズマリー曰く。
ダリウスの余りの馬鹿っぷりに逆に庇護欲をそそられたのだそうだ。
ダリウスは暗躍するような悪人にはなれないし、深く物事を考えない傾向もある。
そんなダリウスを利用しようと近づいてきた悪人に、ダリウスがまんまと乗せらせそうになったところをローズマリーが撃退したのだ。
精神的に強いローズマリーは、ダリウスのことを『心底馬鹿だな~』と思ったが、この危なっかしい男を、骨までしゃぶりつくそうとするハイエナ達から守ってあげたいと思ったのだ、という。
そんなことが何度も繰り返され、ローズマリーがダリウスの手綱をとってくれたおかげで、子爵位を返上することなく何とかここまでこれたのだ。
『いわゆる、割れ鍋に綴じ蓋ということですわね~。ほほほ』
と男前にローズマリーは笑っていたのだ。本当に頭が下がる。
ダリウスはすでに父親である私から切り捨てられていることを自覚せず、さり気なく領地経営から切り離されていることにも気付かずにいる。
そんな駄目な父親を反面教師にしたローディンは、私が望んだように育った。
そのローディンの自立の機会は私やデイン伯爵たちが思ったより早く訪れた。
ダリウスは、子を亡くして傷つき、実家に戻ろうとしたローズをそのまま公爵家に置いて、何とか金を引き出そうと自分勝手なことを考えていたらしい。
子爵邸でローズとアーシェラを護ろうと計画していたのが頓挫したのは、ダリウスのせいだ。
「―――どこまで自分勝手なんだ、くそ親父!! これ以上姉さんを利用させてたまるか!!」
ダリウスの所業に憤慨し、完全に父親に見切りをつけたローディンが動いた。
未だ領地の運営を、子爵を引退したはずの私が実質行っていたことで、ローディンは祖父である私と、デイン伯爵たちから領地経営を学んでいた。
けれど領地経営は子爵家当主の承認が不可欠。
ゆえにローディンに商会を立ち上げることを提案した。
そこで実際に自分の力で采配して、商会を動かしつつ領地を深く理解すること。
商会の家で領民と同じ暮らしをすることで、何が必要になるかを肌で感じること。
それがいずれ子爵を継いだ時に生かされてくるのだ。
商会を代表として運営するには、当時16歳と年若いローディンに、デイン伯爵家からサポート役として、従兄弟であり親友のリンクがついた。
伯爵家の次男のリンクはローディンより2つ歳上の18歳。いずれデイン伯爵家がもつ子爵位を受け継ぐ者として一緒に修行させる狙いもあった。
そして、リンクをつけた一番の理由はローディンと共に、ローズとアーシェラを確実に護る為だ。
ローディンとリンクには、ローズがリヒャルトに命を狙われていることを話してあった。
隠し部屋で聞いた話は伏せていたが、リヒャルトが執拗な人間であるということはローズからも聞いていたようだ。
商会の家を用意した時に、子爵家より安全の確保が難しいことから、少しでもアーシェラに危険が及ばないようにと、クリステーア公爵と話し合ってローズにアーシェラが実子であると告げることを一時見送ることにした。
ローズがアーシェラを拾い子とするように、あの日、バーティア子爵領の森の中にある女神様の小神殿の芝生の上にアーシェラを寝かせたカゴをおいたのは、私とクリステーア公爵だ。
バーティアに戻る行程であの別荘を使うことが分かっていたことと、あの森や小神殿がアーシュ殿との思い出の場所であることを知っていたからだ。
祈るような思いで私やクリステーア公爵が遠くから見ていたことをローズたちは知らない。
神殿で祈るローズの姿は、回復したとはいえ見るからに以前よりやつれていた。
ローズに最後に会ったのが、幸せそうな笑顔の結婚式の時だったことから、余計にその落差が胸を抉った。
森に響いたアーシェラの泣く声に、ローズが引き寄せられるように駆けて行ってアーシェラを抱きあげた時は、深い安堵を覚えた。
迷わずにアーシェラに乳を与え、愛しそうに話しかけるローズの姿に胸が締め付けられた。
これが、初めての母子の対面なのだ。
託すことが出来た安堵と、―――本当の親子であると告げてあげられない葛藤。
ローズがアーシェラに『アーシェラ』と名付けた瞬間、こらえきれず、クリステーア公爵と共に涙を流した。
それは子供につけるはずだった名前。
ローズの心の傷がどんなに深かったのかを思い知らされた。
その子がお前の産んだ子どもだと告げてやりたかった。
必ずリヒャルトを排除してローズとアーシェラが本当の親子として幸せになれるようにしてやろう。
―――その時、私はそう心に強く誓った。
お読みいただきありがとうございます。




