37 隠し部屋にて 2
アーシェラの曾祖父、ディーク・バーティア前子爵視点 その2です。
今回残酷なシーンが出てきます。
「デイン伯爵、アーシェラはクリステーアの後継だ」
隠し部屋の中に突然アースクリス国王が現れ、私たちは揃って驚愕した。
私たちが招かれて入った扉とは別の入り口があるらしい。
「っ!! 陛下!!」
長い銀髪を緩く結び肩にかけ、強い意志を宿す青い瞳。
齢はリヒャルトとさほど変わらないが、若い。
魔力の強い女子は身体の成長が遅いが、魔力の強い男子は成人後の身体の老化が遅くなる傾向がある為だ。
ゆえにクリステーア公爵も同年代の者たちと比べると若いことがわかる。
リヒャルトとクリステーア公爵は実年齢で15歳離れているというが、さほど変わらないようにみえるのだ。
「クリステーア公爵家はアーシュが継ぎ、アーシェラがその次の後継者だ。それは決して変わらない」
ローズの夫であるアーシュ殿はアンベール国で捕縛された。
戦争を仕掛ける口実にした、アンベール国にとって体のいい人質。
三国にとって思惑通り戦争へと駒が進んだ今、人質の価値がなくなったはずだ。
嫌な言葉だが、その命を刈り取られていても不思議ではないのだ。
だが、陛下はアーシュ殿が生きているように話されている。
「ですが、アーシュ殿の行方は不明では」
デイン伯爵が私たちの疑問を口にすると、陛下は軽く頭を縦に振った。
『不明』という言葉を肯定したのが分かる。
「だが、死んではいない。詳しいことは教えられぬが、アーシュ・クリステーアは今現在生きていることはこの私が断言する」
『教えられない』と言われてはこれ以上詮索することは叶わないだろう。
しかし、居場所が不明であってもアーシュ殿が生きているということだけは、吉報だ。
「リヒャルトにはいずれ必ず自らの罪を償わせる。犯した罪『相応』にな。だがそれは今すぐに出来ることではない。勅命で強引に裁いてもよいが、確たる証拠も無しに行えば、この国に戦争を仕掛けた三国と同じ穴の狢になってしまうだろう。リヒャルトの仲間にも付け入る隙を与えてしまうやも知れぬ」
相手はリヒャルトだけではない。
リヒャルトの仲間も同様に叩き潰すことが必要なのだ。
「ゆえに、デイン伯爵。そなたにもリヒャルトやその周辺の者たちを追い落とす証拠を掴んでもらいたい。その為の権限は与えよう」
陛下の言葉にデイン伯爵が胸に片手を当てて頭を下げた。
「承りました。なるべく早くに証拠を揃えます」
ローランド・デインが抱いていたアーシェラをレイチェル殿に渡し、改めて皆で話をすることになった。
少し離れたソファに王妃様と、レイチェル殿が眠っているアーシェラを抱いて座っている。
テーブルを囲むのは、陛下とクリステーア公爵、私とデイン親子だ。
「デイン伯爵。先ほどの答えですが、私にはもう弟はいない。そう断言します」
強い瞳でクリステーア公爵が言った。
「あれは、リヒャルトという犯罪者です」
「それでよろしいのですか?」
デイン伯爵が問う。
「今後、弟だからと、庇いだてすることは断じてありません。―――リヒャルトは、越えてはならない一線を越えたのです」
そう言うと、陛下を見て、許可を取る。
陛下も話してよいとの許可を出していた。
それほどの機密なのか。私たちは身構えた。
「クリスフィア公爵所縁の神官が先日クリスフィア公爵のもとに面会を求めてきました。『小神殿に来たリヒャルトの周囲に、リヒャルトに殺された人物が視える』と」
クリステーア公爵の言葉の後を陛下が継ぐ。
「クリスフィア公爵所縁の神官は一般の神官が視えないもの。つまり特別なものが視え聴こえる。だが、彼が慄いたのはそれだけではない」
「「「……」」」
一線を越えたという『意味』に私たちは言葉を無くした。
「数か月前、ランドール・サンディア男爵の商船が沈没しました」
「! それは……知っています。海が荒れてもいないのに船が沈没したと」
デイン伯爵が反応を返す。
私もローランド・デインもそのことは知っている。
遥か沖合での沈没、乗っていた人物の多くは遺体となってデイン領の海岸に流れ着いていた。
気のいい商人でもあり、王の友でもあり、貴族からの信任も厚かった男爵の死にみんな悲しんだのだ。
「目障りだったサンディア男爵を、リヒャルトが船の不測の損傷による海難事故と見せかけて殺害したと。神官にそうサンディア男爵たちは訴えたらしい。神官はその事実と、残虐な行為をしながら何事もなかったかのように微笑んでいるリヒャルトが心の底から恐ろしいと」
私もデイン親子も声を無くした。
ランドール・サンディア男爵は情に厚くいい人物だった。
学生の頃、豪快に笑っていた姿が目に浮かぶ。
あのサンディア男爵がリヒャルトに殺されていたとは。
「陛下……デイン領に流れ着いた遺体には……女性や子供もいました」
ぎりり、とデイン伯爵が唇を嚙みしめる。
「船に乗っていたのは17人。船には古参の炊事婦やランドールの子供も乗っていた。船の事故と見せかけたが、リヒャルトには罪のない人々の命を奪った、罪と影が魂にこびりついている」
淡々と陛下が話すが、その口調には怒りが込められている。
「実行犯はリヒャルトに買収された乗組員だ。重い病気の子供の薬の為に、与えられた魔法道具で舵を折り船底に穴をあけた。もちろんその実行犯もその時に死んでいる―――まったく、巧妙で反吐が出る」
陛下が吐き捨てる。
死人に口なしとはこのことだ。
いくら神官の証言があっても、確たる証拠とは言い難い。
しかも実行したのは乗組員だ。買収の証拠は探しても出てくるまい。
買収された乗組員の病気の子供のところには結局薬が渡されておらず、船が沈没した後、その子供も間も無く亡くなってしまっていたそうだ。
その病気の子も最初から捨て駒だったのだ。
断腸の思いで船を沈めた実行犯の男もリヒャルトを恨み、リヒャルトの周りにいるとのことだ。
「外道め……」
思わず声が出た。
デイン伯爵もローランド・デインも握りしめた拳が怒りに震えている。
人の命を何だと思っているのか。
「陛下や私には、その神官と同じものが視える。もちろん、他の公爵もリヒャルトを『視て』いる。あれを視た時点で、兄弟の情は完全に消え去った。横領だけでも許しがたいというのに。リヒャルトには必ず犯した罪を償ってもらう。それは生ぬるいものであってはいけない」
クリステーア公爵が厳しい瞳で、口調で言う。
亡くなったサンディア男爵たちに詫びるには、リヒャルトの悪行をつまびらかにして、裁き断罪するしかない。
「デイン伯爵。まずはリヒャルトとその周りの人間たちの犯行の証拠を集めよ。どんな小さなことでもいい。時間がかかってもいい。だが、深追いしすぎるな。サンディア男爵はリヒャルトとリヒャルトの仲間の悪行を窘めていたということが確かめられている。サンディア男爵は貴族たちにも信頼が厚かったからな。リヒャルトたちにとって相当目障りだったのだろう。―――もう誰も彼の前轍を踏んではならない」
短髪の銀髪に海のような青い瞳、日に焼けた肌で豪快に笑うサンディア男爵は、陛下が信頼していた学生来の友人だ。
その彼を奪われた怒りと悲しみは計り知れない。
「慎重に事を進めましょう。ここにいる人間が誰一人欠けないように。それがローズとアーシェラを護ることにつながります」
クリステーア公爵の言葉に私もデイン親子も頷いた。
「ローズは快復したら、一度バーティア子爵家に戻します。『死産した』と見せかけましたが、リヒャルトが一度標的にしたローズを見逃すとは思えません。公爵家よりバーティア子爵家にいた方が安全かと思います。もしかしたらリヒャルトの手の者が回るかもしれませんが、バーティア先生なら大丈夫かと。……こちらの勝手な憶測で申し訳ないのですが」
「大丈夫だ。うちにはローディンもいる。私に劣らぬ魔力の使い手だ」
魔法学院で教師として魔法漬けの生活を送ってきた私は、魔力の使い方や魔法道具の特性をよく知っている。
子爵家をローズを護るための要塞に仕立て上げることは不可能ではない。
「デイン伯爵家からはリンクをバーティアへ出そう。親ばかかも知れぬが魔力の扱いについてはローディンといい勝負だと思う」
ロザリオ・デイン伯爵の言葉にローランド・デインが『そうだな』と頷いた。
ローディンやリンク、そしてホークには私が小さい頃から魔力の使い方を教えてきた。
息子の教育を誤った私は孫のローズやローディンをまともな人間に育てようと、心血を注いできた。
「その後、時機を見てアーシェラも託したいと思います。……この隠し部屋でずっと育て続けるのは難しいので」
まだ生まれて数日のアーシェラ。
赤子の時は大丈夫だろうが、歩くようになったら、隠し部屋では確かに無理があるだろう。
また、ここは王宮だ。
いつどこで誰に知られるかわからない。
クリステーア公爵家特有の色彩をまとうアーシェラが誰の子かすぐに分かり、いつリヒャルトに狙われるか分からないのだ。
「ローズにアーシェラのことを告げるのは、バーティア子爵邸にアーシェラを託した時で良いかと思います」
クリステーア公爵の言葉にふと笑みがこぼれた。
その時のローズの喜ぶ姿を想像したからだ。
―――だが。
よもやバカ息子のせいで子爵邸でローズとアーシェラを護ることが叶わなくなるとは、この時は思いもしなかった。
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