337 決戦のはじまり(アーシュ視点) 2
「おや、ちょうどいいところに出てきたな」
クリスウィン公爵の言葉で視線を向けた先には、王城上階のバルコニーに紫色の髪の男がいた。
アンベールの直系王族に多く出る紫色の髪。今その髪色を持っているのはアンベール王と幼い王子や王女だけだ。
あれはまごうことなくサルア・サマール・アンベール。
アースクリス国に真っ先に牙を剝いた、アンベール国王だ。
奴は王城を取り囲むように布陣した反乱軍を眺めると、余裕の笑みを浮かべた。
そして側近の一人が魔術の行使をすると、アンベール王の姿がメルド率いる反乱軍の前に大きく映し出された。
『国王たる私に歯向かう身の程知らずの愚か者どもよ! ここが貴様らの終焉の地となろう。この私に逆らったことを地獄の底で後悔するがよい!』
拡声の魔術により響きわたる声。
次の瞬間、アンベール王の声に呼応したアンベールの兵たちは天に剣を掲げ、「うおおおおおおお!」と、一様に歓声を上げた。異様なまでの士気の昂りにアンベール城の空気が震える。
その様子を見て、王妃様とリュードベリー侯爵が「ああ」と頷く。
「あの兵たちは魔術の影響を受けているのね」
「多くの兵たちは魔力のない者たちだ。精神干渉の魔術で洗脳されているみたいだね」
そう。アンベールの王城を取り囲んでいるのは、死の結界だけではない。
アンベール王に盲目的に従うようにと、精神に干渉する術が組まれていたのだ。
もともとアンベールの兵たちはアンベール王に服従するように教育されていた。しかし人は命の危険を感じたら、本能的に逃げ出すものだ。
だから上層部の人間は精神干渉の魔術を用い、アンベール城を守る肉の壁にするために兵たちを洗脳したのだ。
術の標的となったのは魔力を持たない者たち。つまりは平民出身の兵らである。捨て駒にするにはちょうどいいと思ったのだろう。
術に絡められた者たちは、アンベール王の命令には絶対服従。死ねと言われたら喜んで命を捧げる人形となる。
洗脳された兵たちの雄たけびを聞き、満足そうに笑むアンベール王。
その傲慢そのものの所業に、私たちは皆眉をひそめた。
「……初めて姿を見たが、アレがうちの陛下に執拗に暗殺者を送ってきたアンベール王か」
アースクリス国王を『うちの陛下』と言うのはリュードベリー侯爵だ。
リュードベリー侯爵とアースクリス国王は幼い頃から一緒にいることが多く、また邪神の種討伐の際もほとんど一緒に行っているため仲が良い。
だからこそ、勝手に逆恨みした挙句にアースクリスの国王陛下に暗殺者を送り、戦争を仕掛けてきたアンベール王のことを心底嫌っていた。
「ええ、陛下がグリューエル国での留学を終えて帰ってきてからだから、もう二十年もよ。本当にしつこいったら。今ではうちの息子にまで魔手をのばしてきて……本当に許せないわ」
「ああ、そうだな」
アンベール王を睨みつけるクリスウィン公爵親子。
そう、アンベール王は陛下の妻子である王妃様や王子様にも執拗に暗殺者を送ってきた。
王妃様にとっては夫と息子、クリスウィン公爵にとっては娘家族を、リュードベリー侯爵にとっては妹と主君でもある親友、そして甥っ子の命を狙い続けてきた不届き者。それがアンベール王だった。
今回の作戦を提案した時、クリスウィン公爵一家は『ちょっとくらい、今までの礼をさせてもらってもいいよな』と黒い笑みを浮かべていた。
さて、彼らは何をすることやら。
◇◇◇
兵たちの雄たけびが響く中、アンベール王がすっと右手を上げた。
あれが作戦開始の合図。
今反乱軍の多くは東の塔の側に集まっている。
アンベール王には、『反乱軍は東の塔の結界の綻びを狙ってくる』という偽情報を掴ませておいた。
だから彼は今の今まで東側の結界を極限まで弱く調整していたのだ。
反乱軍をあえて王城に近づかせて、その命を死の結界の犠牲とするために。
双方の思惑通りに、反乱軍は今、死の結界が発動したら命を刈られるエリアに深く踏み込んでいた。
それを見てアンベール王は歪んだ笑みを浮かべ、声を張り上げた。
「愚かな者どもよ! このまま我が結界の糧となるがいい!」
アンベール王の高らかな声に反応するように、一瞬、塔を貫くように下から上まで闇が走った。
その次の瞬間、ドガンッ! という激しい音がした。
それと同時に東側の塔の一部がはじけ飛ぶ。
「――何っ!?」
一瞬の出来事にアンベール王が固まる。
驚愕するアンベール王の目の前で、東の塔は高層部から下層部にかけて次々と爆発音を響かせ……塔は中腹から折れ曲がるように、城壁へと傾いて崩れ落ちていった。
――よし。どうやらこちら側の手の者が無事、最初の任務を遂行したようだ。
「塔が……崩れただと!?」
強力な闇の魔術に守られた塔が崩れるなど思いもしなかったのだろう。信じられないというように崩れ落ちた塔を呆然と眺めるアンベール王。
「何故だ……何故……」
爆風と共に飛ばされた塔の一部は城壁に達し、城壁を損壊させている。
本来の四大魔法による攻撃なら城壁の反射魔法が功を成し、完全に防御しているのだろうが、反射魔法には闇魔法や光魔法は利かないのだ。闇魔法の力が残っている塔の残骸は易々と城壁の反射魔法を破って崩壊させている。
それゆえに、東側の結界は今完全に消えていた。
反乱軍は塔の崩壊を合図に、東側の門を破り、城壁を乗り越えて、次々と城内へとなだれ込んだ。
「反乱軍が我が城に……! ええい! 貴様らは何をしていたのだ!」
アンベール王の鬼の形相に、臣下たちが恐れおののく。
「わ、分かりません! いつも通りに、贄を塔に入れて術を発動させました」
「東の塔はこの前まで不安定でしたので、もしかしたらそれが何か悪さをしたかもしれません……」
「ふざけるな! アレの不具合は解消されていた!」
その方法は妃たちの命の犠牲があってのことだ。
それゆえに、アンベール王は臣下の信頼を無くしたのだ。その結果が今、東の塔の崩壊に繋がったのである。
「くそ……。今はそれどころではない! 他の三つの塔の結界を作動させるのだ!」
「はっ!! ただちに!」
そのアンベール王らの会話を聞いた王妃様が「いよいよ、私たちの番ね」と言い、クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵と頷きあう。
「では、フィーネ、一番、いきまーす!」
軽快な声とともに王妃様が手を振り下ろすと、それまでまるで重さなどないかのごとく、ふわふわと空中に浮いていた二つの柱が、本来持つ自重により一瞬で視界からかき消えた。それと同時に激しい破壊音と地響きが鳴り響く。
「じゃあ、次は私が」
「では私も」
間髪入れず、リュードベリー侯爵とクリスウィン公爵がそれぞれ二つの方向へと放つ。
その直後、表現のしようがないほどの轟音と衝撃音、そして地響きが辺りに響き渡った。
王妃様たちが上空から落とした女神様の神殿の柱は、眼下にある建物を貫いて崩壊させ、そのまま大地へと突き刺さった。
いかなる素材のモノでも、あれだけの重量のものが大地に衝突したら衝撃で壊れるのが常識であるのだが、さすがは女神様の神気が宿る柱である。
既存の建物は破壊されたものの、神殿の六本の柱は深々と大地へ突き刺さり、アンベール王城を囲んだのだ。
六本目の柱が大地に吸い込まれるように立った瞬間、間髪入れず、私と父アーネストは浄化魔法を発動させた。
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