336 決戦のはじまり(アーシュ視点) 1
私と父アーネスト、クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵、王妃フィーネ様は今、意識の状態でアンベールの王城の上空から城を見下ろしていた。
眼下の王城の四か所には闇の靄が色濃く渦巻いているのが見える。
……本来自分の目で魔力を見ることができる者は少ない。魔力は感じることはできるが、ほとんどの者はそこまでだ。
なぜなら魔力を視覚化して捉えることができるのは、四大魔法をしのぐ力を持つ者のみだから。
見えない者が圧倒的多数のため『魔力は見えない』というのが一般的な通説なのだ。
アンベール王城は闇の結界で覆われている。しかも間違って触れたら最後、命を失ってしまう。
ただでさえ恐ろしい結界だというのに、見えないことでさらに人々は恐怖し、アンベール王城に近づくこともできないのだ。
だが、常人には見えない闇の魔力は、私たちには視える。
アンベール王城の四方の塔には闇の結界魔導具が配置されているゆえに、その周りは闇の靄がかかっている。……そして別のところにも闇の魔術陣が敷かれているところがあった。
「なるほど。四方の塔の他にも、闇が凝っている場所が何か所かありますね」
リュードベリー侯爵の言葉に父アーネストが「ああ」と頷く。
「東側の結界が不具合を起こしているといっていたが、そこから魔力供給をして機能を保っていたということだな」
「でも、その魔力の補給方法が許せないわ!」
「アンベール王というやつは自分以外の者をどうでもいいと思っているということだね」
王妃フィーネ様とリュードベリー侯爵は、王城に仕掛けられている魔術を読み解き、怒りをあらわにする。
彼らが怒るのは無理はない。私やクリスウィン公爵もそれを知った時は同じようなことを言ったのだから。
メルドやカリマー公爵たちもそれを知った時は『これが民の親である国王がすることか!』と私たち以上に怒っていた。
……私たちが許せないアンベール王の所業。
それは今私たちの眼下に見える王城の一角に仕掛けられた闇の魔術だった。
アンベール王城の東西南北にある塔には、死の結界を織りなすための魔導具が設置されている。だがその一つである、東の塔の魔導具に不具合が起きて機能は日に日に落ちていった。
闇の魔導具の機能を維持するには人の命の力が必要不可欠。
アンベール王は魔導具を維持するための魔力の供給源として、王宮のある場所に闇の魔術を仕掛けたのだ。
その場所は王宮の奥――王の妻たちや子供らが住まう後宮だった。
つまり、アンベール王は、自らの妃や自分の血を引く子供の生命力に手をだしていたのだ。
「なぜ自分の妻や子供の命を利用できるの!? 信じられないわ!」
王妃様が声を荒らげると、リュードベリー侯爵が苦虫を嚙み潰したような表情で頷く。
「実際に妻子の命に手をかけたんだから、アンベール王は情というものを持ち合わせていないのだろうさ」
「アンベールの後宮に居る妃たちや子供たちは魔力持ち。さらに籠城を始めてからは妃たちの母や姉妹なども『王宮で保護する』という名目で後宮に大勢受け入れている。長く使える魔力の供給源として都合が良いと奴は思ったのだろうな」
父アーネストも吐き捨てるようにそう言った。
かつてアンベール王城から脱出してきたベルナから『東側の結界魔導具に不具合が起きている』という情報を得た私たちは常にアンベール王城を観察していた。
私とクリスウィン公爵は魔力が視える。確かに東の塔の結界にはブレがあり、機能が安定していなかった。
光の魔力を持つ私とクリスウィン公爵はそこを突破することは可能だが、メルドやカリマー公爵、反乱軍の仲間たちを確実に護るためには、アンベール城の死の結界を完全に消し去る必要がある。
闇を切り裂くのは光。
だから光の魔力を込めた浄化の核を使って闇の結界を破ろうと考えていたのだ。
その後、アーシェラに出会い、いろいろな助言を受けて準備を進めていたある日のこと。
私とクリスウィン公爵は、壊れかけていたはずの東側の結界に急激に魔力が補充されて、明らかに機能が回復したことを感じ取った。
結界を保つための何かをアンベール側が作動させたのだろう。
この前ベルナが言っていた。東側の結界の不具合をどうにかするために、サディル国から結界魔導具に代わる闇の魔導具が送られてくるのだと。おそらくそれを使ったのだろう。
しかし私たちの作戦の大筋は変わらない。
当初、不安定な東側から結界を破り内側からすべての結界を壊そうと計画していたのだが、アーシェラと出会って大きく作戦を変えた。
アーシェラが提案した方法は、東側の結界だけを崩すのではなく、死の結界を一気に消し去るものだったのだ。
死の結界そのものがなくなってしまえば、どの門を突破してもいい。
逆に『反乱軍が東側の塔を狙っている』と情報を流せば、アンベール側を欺けるはずだ。
だがその日の遅くに、シーズ将軍から緊急の連絡が入った。
それは、アンベール国王妃逝去の知らせである。
アンベール王の正妃はジェンド国の第二王女。ジェンド国のイブリン女王にとっては腹違いの妹にあたる。
政略結婚によりアンベール国に嫁いだジェンド国の王女はアンベール王との間に二人の子供をもうけた。
その王妃が突然、三人目の子を宿したままお腹の子供と共に亡くなったのだという。
常ならば、妊娠中に何かあって病死されたと思うだろう。だが、シーズ将軍からの知らせでは同じ日に側妃が二人、子を宿したまま亡くなっていたのである。
身の内で子を育み、出産することは命懸けであり、亡くなることもある。
だが後宮には常に医師がいて、妃や王の子に万が一のことがないようにと体制を整えているのだ。
そんな万全の体制をとっているにもかかわらず、一日の間に妃が三人も亡くなったのは明らかに異常である。
しかも、『東の塔の魔導具が機能を回復した日』に。
絶対に結界の回復と三人の妃の死には関連性がある。
そう確信した私とクリスウィン公爵は意識をとばし、上空からアンベール城を視た。
そこにはそれまでなかった魔術陣が仕掛けられていた。
アンベール王城には、王の妻子が住まう後宮に闇の魔術陣が構築され、そこから東の塔へと魔力を供給するためのパイプが伸びていたのだ。
「まさか妃の死因が魔力の搾取からきていたとは思いもしませんでした」
「私でも己の妻子を贄にするとは思わないさ。あれを見た時は私も唖然とした」
私とクリスウィン公爵の言葉に父アーネストが深く頷く。
「妃たちは後宮に仕掛けられた闇の魔術に命を絡めとられたということだろうな」
「そのようね。薄く広くまんべんなく生命力を削ぎ取っていくようになっているわ。体力のある人たちは体調不良で済んでいたようだけど、王妃と側妃二人はその身に子を宿していたため二人分の生命力を奪われてしまったのね……」
子を宿していた妃たちは魔術によって強制的に二人分の生命力を奪われたことで、命を落としてしまったのだ。
アンベール王は後宮に多くの側室を囲っている。
国王として即位した時にはすでに十人以上いた妻。そしてその数は今では百人近くにも膨らんでいた。
彼は貴族の令嬢を己の妻にすることで、自分に反抗的な貴族を言いなりにすることができる効果的な方法として頻繁に用いていたのだ。一度国王のお手付きになると、その女性は生涯後宮をでることは許されなくなる。
そうやってアンベール王は『妃』という人質を取っていた。
闇の結界を維持するには『魔力持ちの命が必要』である。
これまでは罪人を一人ずつ結界の贄にしてきたが、数には限りがある。サディル国から魔力持ちを輸入しているものの、十分な数ではない。
……ならば、生きている魔力持ちの生命力を搾取すればいい。
アンベール王はそう思ったのだろう。
アンベール国で貴族といえば魔力持ちのこと。
逆に貴族の家に生まれても鑑定で魔力なしと判定されると貴族籍を抜かれるのがアンベールの常である。
だから、後宮にいる妃たちはすべて魔力持ちということになるのだ。
かつて北の森に住んでいた闇の魔術師がやっていたように、術をかけられた者の生命力を搾取するのだ。結界に揺らぎが出た時だけ、広大な後宮内にいる者たちの魔力を広く薄く剥ぎ取る。
人数は多ければ多いほど良い。
生きていれば、軽微な不調は自然と己の持つ治癒力によって元に戻る。アンベール王は後宮にいる妃たちを『何度も使えるエネルギー源』だと思ったのだろう。
最初の『実験』で東の塔の結界が機能を回復したことから、その方法に味をしめたアンベール王は、後宮の一部にしかかけていなかった魔術陣を、王女たちが住まう棟にも仕掛けた。
そしてさきほど父アーネストが言ったように、妃の母親や姉妹を後宮に受け入れているのも、魔力の供給源とするためだ。そこにも魔術陣を設置していることを確認済みだ。
アンベール王はいざとなれば生命力の搾取ではなく、命を奪い取るつもりなのだろう。
そのどこまでも自分勝手な考えは許しがたい。
だがこれ以上アンベール王に誰の命をも、奪わせるつもりはない。
これから私たちは、死の結界もろともその魔術陣をもすべて消し去るのだから。
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