335 闇を切り裂くもの(アーシュ視点) 2
「そろそろメルドさんたちは王城の周りに陣取った頃でしょうか」
時間を確認したクロムの言葉にクリスウィン公爵が頷く。
「ああ、こちらの思惑通りに事が運べばいいのだが」
「シーズ将軍からの情報では、この前の『結界の贄』を今日全投入するそうです」
つまり、アンベール城側はランドラ伯爵領でこちらが入れ替えた者たちの命を、今日結界の力に変換しようとしているのだ。
今日はかねてより準備してきた、アンベール王城を攻略すると決めた日。
アンベール側の間者には、あえてこちら側の情報を掴ませている。
アンベール王城に四か所あった闇の結界の魔導具の一つに不具合が生じていることで、反乱軍がそこを狙って動いていること。
そしていつどのような方向から攻めるかという情報を。
アンベール側はその情報から、反乱軍が攻め入ったその時に闇の結界を強化発動させるだろう。
そう動くように、あえて情報を与えたのだ。
彼らは死の結界が王城を取り囲んでさえいれば、落城されることはないと高をくくっているだろう。
これまでこちら側の攻撃は強固な死の結界によって無効化されていたのだから。
ただ無効化されるだけではなく、闇魔法は四大魔法の攻撃を吸収してしまう。そして相手の攻撃力を向上させてしまうという余計なオプションもあるのだ。
それにより痛い目にあってきたゆえにおいそれとは攻撃を仕掛けられない。
アンベール国側は、反乱軍に与した兵たちが東の結界の綻びから侵入してきたところで死の結界を作動させ、彼らを死の結界の贄とする算段なのだろう。
何も策を講じなければ、これまでと同じことの繰り返しになってしまう。
だからこそ、あらゆる方向からそれを打ち破れるようにと、準備をしてきたのだ。
先日ランドラ伯爵領でサディル国の船で運ばれてきた魔力持ちの外国人と入れ替えたのは、こちら側の者たち。潜入任務をしている彼らにもあるモノを渡している。
主力となる部隊長らには、闇の力を切り裂けるようにと私の娘であるアーシェラの作った折り鶴を武器に同化させた。光の力が内包された折り鶴は反射魔法だけでなく闇の力も無効化するのだ。
闇魔法を絶対の盾と信じて疑わないアンベールの兵たちの傲慢さを叩き潰す強力な武器となるだろう。
「さて、と。ではこちらもやるべきことをしようか」
「そうですね」
私とクリスウィン公爵は神殿の中に入った。
ほとんどの屋根や壁は崩れ落ちてしまっているが、女神像のある空間だけはきちんと建物として残っている。代々のクリステーア公爵家の者によって維持保全されてきたからだ。
女神様の像を前にした私たちは床に膝を付き、今この瞬間を見ておられる天上の御方へと深く深く頭を下げた。
「女神様。お導きにより御前にまかりこしました」
「この地にはびこる悪しきモノを根絶するため、御身の御力の宿る物を分け与えていただきとう存じます」
――創世の女神様は、清廉な願いのみを叶えると言われている。
だから、嘘偽りのない言葉で、願う。
己の勝手な思惑でこの地を穢し続ける者の排除を。
それを成すためのモノをいただきたいと、心から願った。
ぱあああああっ……!
突然、足元が光り、光の筋が走る。
思わずその光の先を追うと、この部屋の外にある神殿の柱が、金色とプラチナの光を放って輝き始めたのだ。
数多ある柱の中で、光を放つ数は、六本。
私たちは女神様が指し示した柱とその数の意味を知っている。
かつてアーシェラが私たちに提案したモノであり、女神様が『使っても良い』と私たちに告げたものだったのだから。
「「ありがとう存じます」」
クリスウィン公爵と共に感謝の意を告げると、私たちはその光を放つ柱のもとへ急いだ。
私は腰に佩いていた剣をシュルン、と音を立て抜き、横に一振りした。
本来、剣で石造りの柱など切れるはずもない。
だが、この剣は特殊な結晶石で作られたもの。つまりは魔導具の剣なのである。
ゆっくりと切れ目からずれて傾いていく柱を、クリスウィン公爵がこともなげに支えて、「よっ」と言いつつ地面に降ろした。
彼は軽々と扱っているように見えるが、高さと相当な重量のある石造りの柱だ。本来なら人が持てるような代物ではない。私が切った柱をクリスウィン公爵が地面に置いた瞬間には本来の重量を思わせるズンッという地響きがする。
石造りの女神様の神殿の柱。
これが、アーシェラが私たちに教えてくれた『誰にも壊すことのできない、浄化の要となるモノ』である。
「本来、神殿のものは壊すことができない。物質的にもそこに宿る神気を奪うことも禁忌だ。それをしようとした者には相応の制裁が下る」
クリスウィン公爵の言葉に「ええ、そのことは知っています」とクロムが答える。
そう。かつて北の森で闇の魔術師は、近くにあった女神様の神殿の跡地からそこに残っていた『力』を奪い取って自らの力にしようとした。
それは紛れもなく禁忌の所業。それゆえに、闇の魔導師は女神様の御手により粛清されたのだ。
その制約は誰にでもあてはまる。安易に女神様の力を宿すものを破壊したり持ち去ってはならないのだ。
私たちにもその意識がしっかりと根付いていたため、女神様の神殿のモノを利用してはいけないと思っていた。
けれど、初めて会ったあの日、アーシェラは言ったのだ。
『しんでんのはしら、くおんこくじんじゃのとりいとおんなじ。めがみしゃまのしんき、はいってりゅ』
だから、それを浄化の結界の核にすれば、闇の魔術師が作った結界を破れるのだと。
久遠国神社の朱い鳥居の先は神域である。それは知っている。
鳥居をくぐった瞬間に凛とした空間となるのだ。
神気を浴びた建造物には神気が宿る。
だから、四大魔法も、そして闇の魔法をも寄せ付けない強力な『光の核』となるのだ、とそうアーシェラは言った。
確かに理解はできる。だが、それを用いるということは、女神様の神気が宿ったものを剣で切ることになる。
それこそ女神様への不敬の極みだろう。
だからこそ『それはできない』と答えようとした時に、アーシェラの薄緑色の瞳に金色の光が輝いた。
女神様はアーシェラを通して『神殿の柱を使ってよい』と私たちに伝えてくださったのだ。
「おそらく、今回は特別にお許しくださったのだろう」
女神様は数百年もの間、受け入れてもらった恩を仇で返すような三国の所業に目を瞑ってきた。
だが三国の所業は度を越し、結託してアースクリス国を滅ぼさんと動いたのだ。
アースクリス国は創造神である女神様が創った、世界の始まりの地。
そして世界を滅ぼさんとする邪神の種に対峙する重要な役割を持つ国である。万が一この国が世界から失われてしまったら、それはこの世界が崩壊することを意味するのだ。
だからこそ、陛下の『三国を属国として、アースクリス国を一つの国にする』という、戦争へと舵を切る決断に『よい』と返した。
そして女神様はウルド国やジェンド国、アンベール国の次の国主を選び、やり直しの機会を与えたのだ。
ぼろぼろになったアンベール国の大地を、菊の花によって地脈を通して癒しているのも、女神様のご意思であるのだろう。
菊の花が三国に植えられるきっかけを作ったのは、アーシェラの進言によるものが大きい。そうでなければ、今でも三国の民は飢えに苦しんでいただろう。
そしてまた、大きすぎる闇の力により、広大な墓場と化したアンベール王城という難攻不落の要塞を攻め落とすヒントまでもアーシェラは与えてくれた。
私たちが思いつかなかった方法で。
――女神様の愛し子は周りを大きく動かす。
私たちはその意味をしみじみと嚙み締めた。
「そうですね。私もそう思います」
最後の六本目の柱を切り、クリスウィン公爵が柱を並べる。
さて、ここからが重要だ。
『準備はできたのか?』
「はい、父上」
声のした方に向くと、そこには意識を飛ばしてきた父アーネストと、金髪と琥珀色の瞳を持つ二人がいた。
『神殿の柱は六本だね。じゃあ、フィーネ、二本いけるかい?』
『もちろんですわ、お兄様!』
この作戦実行のために駆けつけてくれたのは、クリスウィン公爵のご子息であるリュードベリー侯爵と、ご息女である王妃フィーネ様だった。
「では、我らが柱を運ぶゆえ、浄化の結界構築はクリステーア公爵とアーシュ殿に頼む」
『承知した』
「はい、お願いします」
ふわりと、風が巻き起こる。
その風に乗って、神殿の巨大な柱が浮かぶ。
それを操っているのは、リュードベリー侯爵と王妃フィーネ様だ。
あれだけの重さのものを、しかも意識の状態で運べるのだ。いつもながらすごいなと感心する。
「では私たちも行こうか」
「はい!」
クリスウィン公爵の言葉に頷き返しながら、クロムに声をかける。
「クロム、私とクリスウィン公爵もこれから意識を飛ばす。私たちの身体を護っていてくれ」
「分かりました! 任せてください!!」
ここはアンベールの民から忘れ去られた地だが、何が起きるか分からないのだ。
だからこそ、クロムに私たちが戻るまで身体を護ってもらう必要があった。
クロムの返事を聞いて、私とクリスウィン公爵は意識を飛ばした。
目的地は、近くにあるアンベール王城。
――やっと、あの忌々しい結界を崩す時がきた。
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