332 はじまり 2(アーシュ視点)
私が物心ついた頃から側にいるセルトは、私がもっとも信頼する側近だ。
初めて彼と出会ったのは、私がまだ二歳の頃、クリステーア公爵家王都別邸の世話係の女性により屋敷の外に連れ出された時のことだ。
セルトは人の言葉の真偽を見抜ける『感応』という特殊なスキルを持っている。
当時魔法学院生だったセルトは、たまたま王都の川近くの市場ですれ違った、私の手を引くメイドの害意に気づき、すぐさま私を助けるべく動いてくれたそうだ。
どれだけ優れた能力があっても、行動に起こすか否かは本人の心に左右される。
その能力を良き方向、悪しき方向に使うかは本人次第。
セルトが迷わず行動してくれた結果、私はこうして今無事で生きているのだ。
父アーネストはセルトの能力もさることながら、彼の勇敢さと行動力に感心して、彼を公爵家に雇い入れたのだった。
公爵家に入ったセルトは主に私の身の回りの世話と護衛を務めていた。そして私が全寮制の魔法学院に行くようになってからは、公爵家の事業や内政などを担うようになった。
それは将来公爵となる私の片腕として公爵家の事業を回せるようにという、配置転換だったのだ。
セルトは父の部下たちから教えを乞い、めきめきと実力をつけていった。
もともと私の側近としてルードルフ侯爵家をはじめとする一族の面々と面識があり、各家の内情も頭に入っているセルトだ。全くのゼロからのスタートではなかったことと、セルトが勤勉だったことでその成果はすぐに形として表れた。
そして、セルトには前述したとおり『感応』という相手の言葉の真偽が分かるスキルがある。
やがてセルトは事業の金の流れや己の持つスキルによって、叔父リヒャルトが行っているいくつもの不正に気づいたのだ。
セルトの進言を受けた父によって、リヒャルトの裏金工作はいくつも潰された。やがてリヒャルトはセルトに見破られたことに薄々感づいたらしい。
だから、私がアンベール国で安否不明となり、自らがクリステーア公爵家の仮の後継者となったとたん、彼にいわれなき罪を被せて追い出したのだ。
父はセルトをデイン辺境伯に預けることで彼の命を護った。何しろリヒャルトは仮の後継者になったとたん元からの傍若無人さに拍車がかかり、自分が邪魔だと思う人物たちの命を軽々しく奪うという方法を選ぶようになったからだ。
金と権力さえあればすべてを思い通りにできる。気に入らなければ殺してしまえばいい、と考えていたのだろう。
横領や賄賂、密輸にも手を染め暴利を得ていたリヒャルトは金に物を言わせて、政敵を次々と暗殺していったと聞く。
セルトも命を狙われたというが、彼を保護していたデイン辺境伯家は武門の家である。いかな手練れの暗殺者でも、国でも最強と謳われている彼らを相手取るには分が悪い。
実際、暗殺者はデイン辺境伯家に入り込むことはできず、果敢に挑んだ者はデイン辺境伯家の精鋭たちによってことごとく返り討ちにあった。
アースクリス国の国境線を守る辺境伯家は、デイン辺境伯家の他にもウルド国側、ジェンド国側、アンベール国側にもある。それぞれに己の責務に忠実で忠誠心が強い家門ばかりだが、デイン辺境伯家はその辺境伯家の中でも別格と言われている。
デイン辺境伯領は西側にウルド国の国境、東側にジェンド国の国境、そして南側が海、アースクリス国の玄関口と、三つの国境線を守る役目を担っている。
他の辺境伯家も優れてはいるが、彼らがもし配置転換でデイン辺境伯領を治めることができるかと問われれば、誰もが『できない』と答える。
これまでウルド国やアンベール国と戦ってきた辺境伯家は陸上戦が主である。そして川を国境としているジェンド国に面している辺境伯家も、それに応じた戦い方をしてきた。
だが、デイン辺境伯領はそれらすべての戦い方をこなし、さらに海に面しているため、船での海戦も必須なのだ。
それらすべての戦いができる実力を持つのはデイン辺境伯家だけである。
それゆえにどの辺境伯家からも一目置かれている存在なのだ。
実際に数百年、敵軍を国境を越えさせずに国を守ってきた、その実力は誰もが知っている。
実力があり、国王に信任されている。しかも数代遡ると王家の血も引いている家門なのだ。
これ以上セルトに暗殺者を送り続けて、捕らわれた暗殺者から万が一依頼主である自分を割り出されたら終わりだ、と危機感を覚えたリヒャルトは、己の利益と不利益を天秤にかけた結果、セルトに対する暗殺者を送ることをやめたらしい。
そうして暗殺の脅威から解放されたセルトは、やがて父からアーシェラの護衛としての役割を与えられてバーティア商会に勤めることになった。
『アーシェラ様はとても愛らしくて、とても賢いお嬢様ですよ。公爵様からアーシェラ様が女神様の加護を与えられているとお聞きした時は驚きましたが、それがすぐに納得できるくらい、御心が綺麗な方です』
とセルトはアーシェラのことを言っていた。
セルトは自分より格上の魔力保持者には『感応』を使えない。だが、本質的なものは本能で感じるといっていた。
うんうん、そうだろう。アーシェラはどこをとっても可愛いのだ。
見た目だけではなくその魂も。だからこそ光の力を持って生まれるのだから。
◇◇◇
前述したように、セルトは人の本質を感じることができる。
そして己より魔力が格下の場合は、その言葉の真偽を見抜くことができるのだ。
そのことから、この秘密裏に行うサディル国の密輸船拿捕の役目を、目立った動きをできない私たちに変わって請け負ってくれたのだった。
そして港の管理者の中に潜んでいた内通者を見つけ出して泳がせ、ついに現行犯逮捕とあいなったのである。
「サディル国の船は乗組員もろとも捕らえたとのこと。自殺を防いでおきましたのでさらに情報はとれるでしょう」
とのカリマー公爵の言葉にクリスウィン公爵も頷く。
「船が戻らないことでサディル国も作戦が失敗したことを知るだろう。とりあえずは魔力持ちの供給路を絶った。上出来だろう」
「ええ、同じ手はもう使えないと思い知ってくれればいいのです」
こちらが抗議しても、これまで通りあの国は知らぬ存ぜぬで通すだろう。そして失敗した者は容赦なく切り捨てる。
おそらく船にはサディル国の上層部と繋がるものは一切残していないはず。一部の人間が勝手にしたことだと言うだろう。
連れてこられた外国人の証言さえも『恐怖で錯乱している者の言葉を信じるのか』と言い逃れるのは必至だ。
そういう国なのだ。サディル国というところは。
サディル国が否定しても、確保した証拠の一つ一つが黒幕はサディル国であることを示している。サディル国が認めなくとも各国はそうではない。これまでもサディル国による人的被害を受けた国はいくつもあったが、決定的な証拠がなく罪を問うことはできなかったのが現状だった。
今回その手口が明かされたことで制裁に向けて動く国は複数あるだろう。自分たちが行ってきたことへの制裁だ。甘んじて受けるといい。
――話しているうちに朝が来たようだ。
執務室の窓から夜明けの光が入ってきた。
「死の結界の贄とされるはずだった外国人たちは全員保護し、今アンベール王城に向かっている馬車には手筈通り、こちら側の人間にすり替えておきました」
「ああ。彼らが王城に入った時が、こちらの攻撃の始まりということだな」
カリマー公爵の言葉にクリスウィン公爵が頷く。
深夜の捕り物劇は秘かに行われた。
隠蔽魔法と反射魔法を重ね掛けした船は港で外国人たちを下ろすと、ゆうゆうと港を出ていったという。
だが、サディル国の船員すべてが『この船は誰にも見られていない』と確信していたその隠蔽魔法は、反射魔法もろとも、破られていたのだ。
――そう、セルトが思いついた方法によって。
その後沖に出たサディル国の船はデイン辺境伯軍に包囲され、あっけなく捕らわれたという。
そして王城側が贄を運ぶために用意した馬車にはこちら側の人間が乗り込んだ。この馬車はこちら側に与したシーズ将軍側が用意したもの。つまり、こちらの手の者がアンベール王城に入り込むための手引きなのだ。
あの強固な死の結界を内側から崩すための一石となるだろう。
そして、私たちも。
決戦のための準備は整った。
――さあ、では、始めようか。
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