33 つながりがみえる
アーシェラの祖父、
クリステーア公爵視点 その2です。
この国は一夫一妻制で、離婚も認められていない。
一部の奔放な貴族は、子供が生まれても気づかれにくい貴族の間で不倫を楽しむものもいる。
父親である先代のクリステーア公爵は早くに亡くした妻によく似たリヒャルトの母を後妻にして大切にしていた。
夫婦仲は良かったとは思うが、かなり年が離れていたのだ。
若い妻が、他の若い貴族と不倫をしていても不思議ではない。
「あの……。クリステーア公爵がリヒャルトにお会いになる時に私も連れて行ってもらえませんでしょうか。確認したいことがあります」
陛下から下された処分は、私が告げることとなる。
近日中にリヒャルトに会うことになる。
どのような悪意を受けることになるのか、想像に難くない。
「カレン神官長。偽りの出自が分かったとしても、それでリヒャルトを裁くことは出来ないのだぞ」
それは母親の罪であってリヒャルトの罪ではない。
いくらリヒャルトが今罪人であっても。
「分かっております。ですが私は知る必要があると思うのです。女神様は必然をお与えになる。王妃様のご加護も必然だとそう感じずにはいられないほど。そして、私も女神様より神官長のお役目をいただきました。今私はリヒャルトのことが気にかかって仕方がありません。アーシェラ様がリヒャルトの罪を暴いたのが必然であるように、私もリヒャルトの母の罪を暴くことが必要であると感じるのです」
「『必然』か……」
キクの花と、リヒャルトの不正。
何の関係も無い様に思えても、つながっている。
アーシェラがキクの花を見つけて動いた結果、薬師が動き、レント前神官長が動き、いままで掴めなかったリヒャルトの罪の動かぬ証拠が手に入った。
「私には『つながり』が視えます。―――クリステーア公爵から見える存命の濃い血族はふたつ。これまではリヒャルトと不明のアーシュ様だと思っていましたが。アーシェラ様の存在で私の認識は変わりました。クリステーア公爵からつながるひとつはアーシェラ様でしょう。もうひとつが、不明のアーシュ様だとしたら、リヒャルトは公爵家の人間ではありません。それを確認させてください」
驚いた。まさかカレン神官長にそんなものが見えるとは。
カレン神官長の申し出に陛下が頷いた。
「いいだろう。リヒャルトの出自を裁くことは出来ずとも、知ることは我々にとっても有益であろう」
確かに。
リヒャルトについていた『クリステーア公爵家』の肩書がこれまで大きく影響してきたのだ。
本質的なところで、それがなくなることは私の心も軽くなる。
「ありがとうございます。陛下」
カレン神官長が頭を下げ、そしてもう一度口を開いた。
「陛下、クリステーア公爵。リヒャルトに会う前にアーシェラ様にもお会いしとうございます。リヒャルトがアーシェラ様と同じくクリステーア公爵家の血を持っていれば、リヒャルトのつながりの色はアーシェラ様と同じであるはずです。アーシェラ様の色を先に確認したく思います」
「わかった。許可しよう」
「明日、王妃様のもとにローズと共にアーシェラが来る予定です。―――王妃様、その時にお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
アーシェラに直接会うのはローズたちに託してから初めてになる。
今回も遠くから眺めるだけにしようと思っていただけに突然訪れた機会に心が沸き立つ。
「ええ、構わないわ」
王妃様が『明日がたのしみね』と楽しそうに笑った。
◇◇◇
一度リヒャルトの話を切り上げて、今後の戦局の話になった。
「では、アンベール攻略は一年の後ということになりますか」
リヒャルトを監視付きでアンベール国国境で従軍させるのは、リヒャルトの仲間にこれからの戦局などの情報を流させないためでもある。
おそらくは一年の間に他の国、ウルド国、ジェンド国を攻略するのだろう。
「ああ。まずはウルドだ」
陛下が私の問いに答えた。
最初はウルド国か。
情勢を鑑み、現在ほとんど停戦状態となっている三国を今冬から攻略すると決めていたのだ。
冬の進軍は本来はしないが、今回そう決めたのはその意識の裏を突くことと、なにより各国の餓死者をこれ以上増やさないためでもある。
海路でデイン辺境伯領に命からがら逃れてきた者をはじめ、陸路で逃れてくる難民も数多くいる。
このまま冬を越せば、さらに大きな被害者が出るだろう。
「そうですね。ウルドの反政府軍を率いているダリル公爵から要請がございました。ダリル公爵たちが率いる反政府軍の人間が王都の内部に入り込むことに成功したそうです」
王妃様の父親であるクリスウィン公爵が報告した。
撫でつけた金髪に琥珀色の瞳。
きりりとしているようだが、その実かなりおおらかな気性だ。
王妃様もよく似ている。
夏の終わり頃、民を虐げてきた王族に反旗を翻した民を率いてきた、ウルド国のダリル公爵が危険を顧みずに単身でアースクリス国にやってきた。
古くからウルド国に仕えてきた公爵家の当主が己の命を懸けて、ウルドの民の為にウルドの王族を討って欲しいと懇願してきたのだ。
「さすがに、ウルド王家に仕えてきた公爵家の当主としては、自らの手での弑逆だけは避けたいようですな。ダリル公爵が率いる反政府軍は、アースクリス国軍の麾下に入るとのことです」
クリスウィン公爵が頷きながら報告する。
「では、これから準備に入る。今秋は準備にあてる。この冬の間にウルドを落とす」
陛下が宣言した。
いよいよだ。
「冬の進軍はきついですが、仕方ありませんね~~」
クリスフィア公爵がウルド侵攻の責任者だ。
「では、私の麾下にローディン・バーティアをつけてください。あいつの魔力は私の力と相性がいいんです。仕事が早く終わりますよ」
他の国にも魔力を使う者がいる。
それをまず打ち破ることが不可欠だ。
クリスフィア公爵は銀髪の短髪に、紫色の瞳をしている。
バーティア子爵家のローディンの魔力と相性がいいのは多少なりとも同じ血脈の流れをくみ、つながりがあるからだろう。
髪と瞳の色がつながりを感じさせる。
「わかった。許可しよう」
「では、私はジェンド侵攻ですなぁ」
声をあげたのはクリスティア公爵だ。
「一年後は、私がアンベールに参ります」
王妃様の父であるクリスウィン公爵が頭を下げた。
「サポートを頼みますぞ。クリステーア公爵」
クリスウィン公爵が私に言うと、クリスフィア公爵が続く。
「今までさんざん最前線に立ってきたんだから、休んでくれよ。おやっさん」
うむ、と頷きながらクリスティア公爵が。
「それに可愛い孫娘を護る役目があるのですぞ」
三公爵がそう私に声をかける。
アーシュがアンベール国にとらわれた後、私は一年のほとんどを戦地で過ごしてきた。
四公爵家の中で後継者を取られたのは、我がクリステーアだけだ。
必死の思いで息子の行方を追い、その過程でウルド国でとらわれたアースクリス国の大使をみつけ、ダリル公爵に保護をしてもらった。
ジェンド国でも同様に、アースクリス国の外交官を人知れず保護をしてもらっている。
だが、息子だけは。
一番私につながりのあるアーシュだけは見つからないのだ。
アンベール国王宮に呼び出されたアーシュはそのまま帰ってきていない。
どこに囚われているのかわからないのだ。
そんな私の思考を切るように。
「ですが、さすがにアーシェラ様を一般の屋敷に置いておくのは安全上どうでしょうか」
カレン神官長が言う。
「……ディーク・バーティア前子爵にはアーシェラのことを最初から伝えてあった。もともとは子爵家でローズと共に守るはずだったのだが、ダリウス・バーティア子爵がな」
ダリウス・バーティア子爵はローズの父親だ。
リヒャルトには比べ物にならない程、まだまだ小者だがあいつも厄介な男だ。
侯爵家の母親を持ち、侯爵家の祖父母に甘やかされて育ったダリウスは全く働かず、領地経営もせず遊びほうけている。
まあ不正をしたり暗躍するような気概がない分まだいいが。
面倒なことには変わりはない。
「「「ああ」」」
ダリウスの名を出すと、他の三公爵の声が重なった。
「あいつのことだからローズ殿を公爵家に置いて金を引き出そうとするなぁ」
クリスフィア公爵が呆れたように言う。
その通りだ。
ローズの輿入れの際に、持参金を用意せず、結婚の条件に自分の借金を息子に肩代わりさせた恥知らずな男だ。
ローズの持参金は、デイン伯爵家を通してクリステーア公爵家に送られてきた。
ダリウス・バーティア子爵のことをよく知っている、ディーク・バーティア前子爵が事前に準備をして、デイン伯爵家を通したのだ。
ディーク・バーティア前子爵は私が魔法学院に在籍していた時の教師だ。
先代が領地経営に失敗して借金を抱えたため、ディーク・バーティア前子爵は領地経営と王都での魔法学院の教師、と忙しく働いていたため、一人息子の子育てを妻に任せきりにしていたところ、気づいたらお姫様気質の息子ダリウスが出来上がってしまっていたとのことだ。
バーティア前子爵の妻が、魔法学院の教師をしていた彼に惚れ込んで侯爵家の権力で無理やり輿入れした話は有名だ。
権力の使い方を間違ってはいないか、とさえ思う。
ディーク・バーティア前子爵が信頼できる人物であることは、彼の教えを受けた私たち四公爵は知っている。
ローズとローディン殿の教育を、彼とデイン伯爵家が行ったことで、ふたりがきちんと育ったことも分かっている。
だからこそアーシュの希望通り、ローズとの結婚を許したのだ。
息子が肩代わりしたダリウスの借金も、ローディン・バーティア殿がこの前利子を付けて全額返済してきた。
大したものだ。
どこも馬鹿な身内がいると大変だな、と同情する。
「ローズの弟のローディン殿が商会を構えて公爵家に迎えに来た。ローズが公爵家からバーティアに戻る道中でアーシェラを託すことに成功したのだ」
あの日遠くからアーシェラを抱いたローズを見た時に心から安堵したことを思い出す。
「リヒャルトはアーシュが戻ってこないことを望んでいる。あれの妻のカロリーヌもそうだが。アーシェラを宿したローズの命を執拗に狙っていた。アーシェラが死んだと見せかけたが、リヒャルト達のローズへの殺意は変わらなかった」
いつかアーシュが戻ってきたら、ローズが子供を宿すことは可能だ。
子供が出来ない体になった、とカロリーヌが嘲っていたが、それはローズと周りにそう思わせるためだ。
だからこそ、あんなに執拗にローズの命を狙っているのだ。
「アーシェラは王宮の隠し部屋で秘かに育てていた」
アースクリス国王がそう話す。
―――そう。アーシェラは王宮で育ったのだ。
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