328 幸運をまねく獅子?
「……神獣様、当家の者たちが大変失礼なことをいたしまして申し訳ございません。どうかご容赦ください」
アーネストお祖父様がさらに深く頭を下げ、複数の護衛たちが神獣様に剣を向けようとしたことを深く謝罪する。
すると「よい。これまでの誤りの歴史を鑑みれば致し方のないことであろうからな」とイオンが鷹揚に頷いた。
「お許しいただき、ありがとうございます」
「神殿に対するそなたの謝罪も受け入れた。新たな神殿を建てることについても異論はないゆえ、疾く取り掛かるがよい」
「ありがとうございます。早急に進めさせていただきます」
神獣様の言葉はセーリア神の言葉と同義である。言質を得たことで安心して再建工事に取り掛かることができるよね。良かった。
「神獣様……。初めて見た」
「……なんて存在感だ。あそこだけ空気が全然違う」
「あれが神気ってものなのか……」
護衛さんたちは呆然としながらそう呟いている。
彼らは突然現れた黄金の獅子の神獣の姿に、魅せられたかのように目を離すことができないでいた。
それほどに泰然とたたずむ獅子の神獣は神秘的で圧倒的な存在感があるのだ。
神獣は神様と同様に、神の世界に居る存在である。
決して気軽に会える存在ではない。
しかも、獅子の神獣が姿を現したことはアースクリス国の歴史上ほとんどない。
それもそのはず、セーリア神に放逐された三国の移民が『後付け』で信仰し始めたのは、セーリア神二柱のうち一柱……弟神である金色の神様、そして銀色のフクロウの神獣様だけなのだから。
だからこれまで顕現することもなく、またそれゆえにその存在を知る者もいなかったのだ。
兄神様である銀色の神様と、黄金の獅子の神獣様は三国にこれまでないがしろにされてきた。
けれど、銀色の神様をないものとして扱った罪は三国の最初の王たちであり、何も知らぬ多くの民は何の罪もないのだと、セーリア神への祈りを続ける無辜の民のために――銀色の神様は己の随獣である獅子の神獣をこのアースクリス大陸に遣わしていたのだ。
本当に本当に、とても寛大な神様なのだと思う。
◇◇◇
銀色の神様と金色の獅子の神獣の存在がこの大陸で大きく知られることとなったのは、一年と少し前、ウルド国でのことだった。
ウルド王城に反乱軍が攻め込んだその日、獅子の神獣が姿を現したのだ。
三国がこのアースクリス大陸に根を張って数百年。
獅子の神獣が顕現したのは、三国の歴史上初めての事だった。
かつてウルド国王城の奥の神殿には、『王を護る秘宝がある』と代々の王族に伝えられてきたという。王の有事にその姿を現し、王を護るのだと。
……そして、ウルド国存亡の危機に姿を現したのは、黄金の鬣をなびかせた獅子の神獣だったのである。
神獣は神様の御使いであり、神の意志を遂行する者である。
その存在感は比類なきもの。ゆえに獅子の神獣を目の当たりにした者は、セーリア神が二柱の神様であることを、認めるしかなかった。
そして自らの祖先が愚かなことをしてきたことを思い知らされることとなったのだ。
その神獣の声は、ウルド国の王都にいたすべての民に聞こえたのだという。
――その日、ウルド国の王都に住まう民は皆、戦いに怯えていた。家の扉や窓をがっちりと閉めて息をひそめ、またある者は頑丈そうな建物や地下、山の中の隠れ家や洞窟など、さまざまなところに身を潜めていたのだ。
普通の声や音であれば、いろんな騒音や遮蔽物によりかき消され、とうてい届くものではない。たとえ魔法を用いての拡声であっても遠く離れたところまでは届くものではない。
だが、神威溢れる獅子の神獣の声はすべての民へと届き――そして、彼らは知ることとなる。
自分たちを長い間苦しめ続けた現国王が前王の子ではなく、反乱軍を率いているアルトゥール・アウルス子爵こそが正統なる後継者であったことを。
さらにはアルトゥール・アウルス子爵の言葉で、はるか昔の王らの勝手な思惑によりセーリア神への信仰が歪められていたことを、彼らは初めて知ったのだった。
ウルド国に顕現した獅子の神獣は、暗愚なウルド王や王弟らを断罪し、正しき王であるアルトゥール・アウルスへと政権交代を促した。
その後正しき王が即位したことで、ウルド国はやっと……やっと長きにわたる辛い苦しみから解放された。
戦争が起きてからウルド国では凶作が続いていたため、多くの者は長い間飢えと戦い、ギリギリのところで生きながらえていた。
民を顧みない王族や貴族たちに搾取され続け、疲弊した民に救いの手を差し伸べたのは、ある小さな領地の領主アルトゥール・アウルスであることは知られていたことだった。
そんな彼を慕う者たちが集まり、反乱軍は勢いをつけ、ついに王城を攻め落とした。
本来であれば、彼らはウルド国王に反旗を翻した反逆者である。
だが、彼は前王ラジエル・ウルドの血を引くただ一人の正統なる後継者だったのだ。
獅子の神獣はマーランド・ウルド王が偽物の王であることを明らかにし、アルトゥール・アウルスが正統なる後継者であることを神の名において認めたのだ。
王となったアルトゥール・アウルスは、すぐさまアースクリス国との戦争を終わらせた。
その後ウルド国は、驚くほどの速さで良い方向へと変わっていった。
男たちはもう誰も戦地へと行かなくてもいいのだ。戻ってきた彼らを家族は涙を流して受け入れた。
これまで三国では、平民の徴兵期間は『アースクリス国に勝利するまで』としてきた。ざっくり言うと期限が決まっていなかったのだ。だからこれまでは『徴兵=死』というイメージしか抱けなかったという。
さらには徴兵により家から男手がいなくなったことで、老人や女子供がその分過酷な労働をすることになっていった。その上国はその家から男手を奪っておきながら、これまでと同じ税を課していた。決められた分を納めなければ家に押し入り強制的に徴発したという。彼らが生きていくための僅かばかりの穀物までもである。酷すぎる。
戦争の終結により、宗主国となったアースクリス国からの食料支援が行われるようになった。
それにより、飢え死にする心配がなくなったのだ。
これまで、国による炊き出しというものはなかった。当然だろう。『自分たちさえ良ければいい』という考えの者たちだったのだから。
民はこれまで『王様の命令だから仕方ない』とその理不尽さを吞み込んで諦めてきた。
獅子の神獣が現れ、前王とその一族の罪を明らかにし、断罪しなければ、アルトゥール・アウルスの正統性は証明されることはなかっただろう。
誰もが『ねじ曲げられた王権を正しき者へと戻し、ウルド国を救ったのは獅子の神獣だ』と、口を揃えた。
それゆえに、セーリア神の信仰が正しく広まっていくのと同時に『神獣が姿を現すことは吉兆の証』であると、人々の間に広く伝わっていったという。
そして、王都中に響いた神獣の声は、アースクリス国の兵たちも聞いていた。
無事にアースクリス国に帰国した彼らも口々にその時の不思議な体験を家族に語った。結果としてアースクリス国の平民たちにも徐々にセーリア神が二柱の神様であることが広まりつつある。
私もウルド国から帰ってきたローディン叔父様から、その話を聞いたもの。
アースクリス国軍は、戦争終結後、ウルド国の復興支援に注力していた。
そんな中、アースクリス国のクリスウィン公爵領にあるセーリア神殿のサンダー神官がウルド国に派遣されていった。これまでねじ曲がっていたセーリア神の信仰を正していくためである。
彼はウルド国の数多ある神殿や教会でその土地と銀色の神様を繋げていき、ローディン叔父様は彼を護衛する魔術師の一人として一緒にウルド国中を回って歩いたんだって。
そしてサンダー神官とローディン叔父様は教会や神殿だけでなく、問題となっていたある施設にも足を運んだそうだ。
そこは孤児や身寄りのない者たちが、かつての領主に働き手として押し込められていたところで、『行くところがない』という彼らの弱みにつけ込んで、僅かばかりの食事だけで重労働されられていたんだって。その領主は丸々と太っていたというから、腹立たしいことこの上ないよね!
もちろんその領主は処罰され、その施設は国が管理することになったそうだ。
そういえばサンダー神官は、そもそも正しき信仰を広めるためにウルド国に行ったのである。
神殿や教会以外でも精力的に動いていたみたいだから『どうやって?』と聞いたら、前述した施設の門や扉に、国が管理することを表すシンボルとして獅子とフクロウの神獣を対にして刻印することにしたんだって。
おお、不正を暴いて立て直し、さらにシンボルに獅子とフクロウの神獣を使うって、いいアイディアだよね!
その試みによって、自然と獅子の神獣も人々に受け入れられていっているみたい。
さらにサンダー神官は孤児院にあるものを持ち込んだ。
彼は孤児院の子供たちに獅子とフクロウのぬいぐるみを寄付していたそうだ。
おお! それは二柱の神様と神獣の存在を子供の頃から自然に受け入れられるいい方法だよね。
獅子のぬいぐるみは同じポーズのものだけでは味気ないのでいろんなものを用意していったらしい。スタンダードに立ったもの、座ったものに、寝転んだもの、前足を片方上げたものとかあったんだって。片足を上げたものって……なんだかそれって、招き猫みたいだよね! イオンは獅子だから、猫じゃなく招き獅子かな。ふふふ。
そんな努力の結果、少しずつではあるけれど、地方でも獅子の神獣は受け入れられつつあるらしい。
王都では獅子の神獣の人気が強く、いつしか『獅子の神獣は幸運を呼ぶ』と言われるようになっていたのだそうだ。
うん、幸運を呼ぶ? 招き獅子のぬいぐるみ、私もほしいな。
◇◇◇
そして今、幸運を呼ぶと噂になっている獅子の神獣が、ルクス領のセーリア神殿に姿を現した。
それが示すのは、セーリアの二柱の神様が、己の神殿が建つ地としてこのルクス領を認めていることになるのだ。
この世界では神獣や神様の祝福がある地は、豊かな実りに恵まれると言われている。神獣の降臨は間違いなくルクス領の価値に大きな箔をつけることになるだろう。
かつてこのルクス領には、リンクさんの所領であるフラウリン領のように内陸に安住の地を求めた三国の移民が多く住んでいたけれど、十数年前リヒャルトがこの地を治めるようになってすぐにセーリア神殿が破壊されてしまった。
それを目の当たりにした移民の血を引く者たちが身の危険を感じ、ルクス領を離れていってしまったのだ。
『幸運の神獣』の顕現は、そういった人たちが安心して戻ってくるための大きな後押しとなってくれるだろうね。
お読みいただきありがとうございます。




