327 ねこにさるなし
「ああ、いつ聞いても良い歌だな」
家族四人で『ふるさと』を歌い終えると、満足そうにアーネストお祖父様が微笑んだ。
その言葉にローズ母様が、「できればピアノで伴奏をつけたかったですわ」と、残念そうに言った。
ローズ母様は以前私が『ふるさと』をアカペラで歌ったら、たった一度聞いただけですぐにピアノでメロディーをつけてくれたのだ。すごい! 一回で!
母様がピアノを弾けるのは知っていたけれど、バーティア商会の家にはピアノを置いていないので、初見で音を再現できるほどの腕前だとは知らなかった。
その後、王妃様とレイチェルお祖母様に母様のピアノ伴奏つきで歌を披露したら、とっても喜んでくれた。そして、
『ピアノの他に、フルートやヴァイオリンとかいろんな楽器も入れましょう! もっともっといい感じになるわよ!』
と、すぐに王宮の楽師を呼びよせたのだ。
王宮付きの楽師は、私が覚えていたイントロや間奏の鼻歌を聞くとすぐに楽器ごとのメロディーを作り上げた。管楽器や弦楽器、木管楽器、打楽器などの音色が曲の持つ魅力を最大限に引き出して、前世でよく聞いていた時とほとんど変わらないくらいの素晴らしい楽曲に仕上げてくれた。さすがはプロの音楽家である。
アカペラで歌うのもいいけど、楽器の演奏があるとすごく世界観が広がる。楽器の作り出すメロディーに感情を載せて歌うと、とても心地いい。
やはり声だけより楽器の演奏があると完成した曲って感じになっていいよね。
そしてそれは叔父様たちも思っていたみたい。
「確かに、楽器の演奏があると歌いやすいよな」
「ああ、神殿が完成したらピアノを置くことにするよ」
「そうだな。フラウリン領のセーリア神殿と女神様の神殿にもピアノを入れよう」
うん、ピアノはとても音域が広く、すべての楽器の音域をカバーできる。さらに豊かな表現力を持っているから、神殿にピアノを設置するのはいいと思う。
リンクさんとローディン叔父様の言葉に、アーネストお祖父様も、
「ではクリステーア公爵領の女神様の神殿にもピアノをおくことにしよう。アーシェラの歌声は女神様も喜んでくださるだろうからな」
と、言っていた。
おお、女神様へも歌の奉納ですか。喜んでいただけるならいつでも歌いましょう!
◇◇◇
お祈りと歌の奉納をした後、儀式の最後にローディン叔父様が祭壇にあげた酒の栓をあけて、ワインとラム酒を神殿の瓦礫が積もった大地に撒いた。
こうやってお酒をお清めで撒くのも前世と同じだね。
あ、そういえば。
セーリア神の神獣であるイオンが好きなサルナシで造ったお酒も撒いたらいいかな。喜ぶかも。
「おじしゃま、これも」
魔法鞄から取り出したサルナシ酒が入った小ぶりの瓶を手渡す。いつかまたイオンに会ったらあげようと魔法鞄に入れておいたものだ。
「ああ、これは獅子の神獣様が喜ぶね」
そう言いつつローディン叔父様が一度祭壇に上げた後、ワインとラム酒同様に大地に撒こうとサルナシ酒の栓をきゅぽんと音を立てて抜いた瞬間、
「待て待て待てぇーい!」
と、急に頭の中に声が響いた。
「「「え!?」」」
思いがけない声に驚いた次の瞬間、ポンッ! と成猫サイズの金色の獅子が私たちの目の前に現れた!
「!? いおん!」
「「神獣様!?」」
ローディン叔父様とリンクさんの声にアーネストお祖父様とローズ母様が「えっ!?」「神獣様!?」と目を見開き固まった。
すると、空中に浮かんでいたイオンは、サルナシ酒の瓶を手にしたローディン叔父様にものすごい勢いで詰めよった。
「そなたら! 何をもったいないことをしようとしているのだ! 我に捧げるつもりなら大地に撒かず、我に直接渡すがよい!」
「あ、はい。どうぞ、神獣様。サルナシ酒です……」
イオンの勢いにのけぞったローディン叔父様がサルナシ酒の瓶を渡すと、成猫サイズのイオンはふわふわと浮かびながら、「おお~」と愛おしそうに瓶を抱きしめて頬ずりをしはじめた。
おお、何だかイオンの周りにハートマークが舞ってるように見えるよ。
ふふ、イオンは相変わらずサルナシに目がないようだ。
イオンが絶妙なタイミングで現れたことから察するに、どうやら私たちのお祈りをずっと視ていたみたい。
それにしても、初対面の時からよくイオンは成猫サイズでいるよね。小さい姿がお気に入りなのかな?
私はこっちの方が可愛くて好きだけど。
イオンが大好きな『サルナシ』とは前世のまたたびの仲間で、ネコ科の動物が大好きな果実である。
こっちの世界にはサルナシはあるけれど、またたびはないみたい。しかもサルナシはアースクリス国固有の種。主に山の奥に生えているので、これまでは人の口に入ることはあまりなかったんだとか。
今年の春、初めてイオンにサルナシの実がついた枝を渡した時、驚喜して目をキラキラさせていた。さらにその実を食べて酔っ払って、ふにゃふにゃになったんだよね。ついには寝落ちしてしまい、白い空間に放置されてしまった。
その後サルナシで作ったお酒が出来上がったから渡しに行ったんだけど、サルナシ酒でご機嫌になったかと思うと、またイオンがパタッと寝落ちしちゃったのだ。
ただでさえイオンはサルナシで酔っ払うのに、サルナシをお酒にしたことでさらに成分が爆上がりしたみたいで、即行で寝落ちしちゃってた。
また白い空間に放置された私は、再びフクロウの神獣様に帰してもらったのだった。
そういったわけでサルナシ酒の味の感想を聞いてなかったんだよね。幸せそうに『くふふふ~』と笑って眠っていたから美味しかったんだろうけど。
「さるなしのおしゃけ、おいちかった?」
私の問いに、イオンはサルナシ酒の瓶を抱きしめながら、うっとりと思い出すように頷いた。
「天にも昇る美味さだった~! だが、気がついたらもうなくなっていたのだ~……」
サルナシはアースクリス国でも珍しい。サルナシ酒はそう多く造れなかったので、前回も小さめのお酒の瓶を渡していた。
イオンもサルナシ酒の在庫が少ないことを知っている。その大好きで貴重なお酒を神殿の土地に撒こうとしているのを見て、慌てて飛んできたらしい。
え? でも神様や神獣様は捧げものの『気』を取り込むことができるって聞いてたけど?
そう言ったら、イオンは『これは絶対に直接味わいたいのだ!』と力説した。
猫にまたたびってことわざがあるように本当にネコ科の生き物はまたたびが好きなんだね。
この世界にまたたびはないので、こっちでは『猫にサルナシ』ってことなんだなあと実感したよ。
あ、いやイオンは猫じゃなく獅子だった。
でもサルナシでもれなく猫さん化して、ふにゃふにゃになっちゃうんだけどね。ふふふ。
イオンは手にしたサルナシ酒を大切そうにどこかの空間にしまうと、次の瞬間、スタリ、と祭壇の後方の瓦礫の山の上に飛び乗った。
――それも、元の成獣の大きさで。
おおう、小さな神獣は可愛くてすごく親しみやすいけど、立派な鬣が揺れる成獣のイオンはやはり威風堂々としていて格好いい。
そして、成獣の姿になったイオンを見た途端、それまであまりの驚きに呆然と事の次第を見ていたアーネストお祖父様とローズ母様が我に返ったようにサッと膝をつき、深々と頭を下げた。
突然現れた黄金の獅子に驚いたのは、私たちだけではない。
私たちから少し離れたところで儀式を見守っていたルイドさんと護衛たちも、黄金の獅子に驚いて騒然となった。
「何だあれ! 急にどこからでてきた!?」
「成獣の獅子が何故ここに!?」
あれ? さっきからイオンはいたんだけど?
彼らの言葉から察するに、どうやらさっきのお猫様サイズのイオンは、私たちに見えても彼らには見えていなかったようである。
「旦那様‼ ご無事ですか!?」
それぞれに剣に手をかけ、即座に駆けつけてこようとした彼らをアーネストお祖父様が鋭く制止した。
「待て! この御方はセーリア神の神獣様であらせられる。我らの祈りに応え顕現してくださったのだ。そなたらはその場で控えておれ!」
「「は、はい!」」
「承知いたしました!」
護衛たちは即座にその場で膝を折り頭を下げる。
思わずこぼした「神獣……」という小さな呟きが聞こえた。
まあ、驚くよね。
神獣が降臨する場に居合わせるというのは、そうそうあるものではない。
だからセーリア神殿に現れた獅子が、神獣だとすぐに分からなかったのは仕方ないよね。
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