321 まっかなからあげ
「うん、いつもながらハンバーグもオムライスも美味い!」
さっきまで難しいお顔をしていたクリスフィア公爵の顔にいつもの笑顔が戻った。
やっぱり美味しいものは人を笑顔にするよね!
じゃあ、クリスフィア公爵がもっと元気になるように、彼の好きな辛い物を何か用意できないかな。
私の魔法鞄には料理だけでなく、食材や調味料などもいろいろ入っている。もちろんクリスフィア公爵のリクエストで再現された異国の調味料である豆板醬とコチュジャンもだ。
完成したお料理のエビチリも入っているけど、あれは私の口に合わせた甘口仕様だし。
それに食べたことのあるものより、何か別のものを……。
……うーん。
と魔法鞄の中身を思い浮かべていた時に、ふと思い出した料理があった。
あ、あれがあった! 前世でも大好きで何度も作ったもの。
あれなら今ある調味料で作れる!
「くりすふぃあこうしゃくしゃま、まだたべりぇる?」
辛い物を用意すると言ったら、「まだまだ食べられる!」とのこと。
やっぱり男の人ってたくさん食べるよね。
まずは魔法鞄から小鍋を取り出す。
「まあ、もう魔法鞄に調理道具を入れているのね」
と言うのは王妃様だ。
「あい」
小鍋やナイフは私の四歳の誕生日にローディン叔父様とリンクさん、そしてディークひいお祖父様がプレゼントしてくれた調理道具。しかも火傷したりナイフで指を傷つけないように魔道具にしてくれた、私専用のもので、私の宝物なのだ。だからいつも魔法鞄に入れて持ち歩いているのである。
それに私は前世で災害を経験している。いざという時の備えは大事だと身に染みているので、魔法鞄には災害時にいつでも対処できるよう、生活に必要なものを入れているのだ。
どんな時でも温かい食事は身も心もほっとさせてくれたものだから。
だから魔法鞄を貰った時、真っ先に調理道具と携帯コンロを入れたんだよね。
王妃様たちの魔法鞄にも万一の備えとして常備してあるらしいけど、王妃様や陛下はあまり使わないのだとか。まあお弁当組だからそうなるよね。
王妃様は、討伐に行く時の常備品である調理道具がすでに私の魔法鞄に入っていることに驚いたようだ。私の場合は討伐の話を聞いてから常備したわけではなく、前述した防災鞄の役目も持たせていたからなんだけどね。
その魔法鞄からコチュジャンと砂糖とみりん、ケチャップ、醤油、ゴマ油の入った瓶を取り出してテーブルに並べた。
「お、コチュジャン! 辛さの中に甘みがあるやつだな!」
見覚えのある調味料にクリスフィア公爵が声を弾ませる。
「トマトケチャップがあるってことは、エビチリ? でもあれは豆板醬を使ってたよね?」
と言うのはローディン叔父様。うん、よく覚えてるね。
以前麻婆豆腐を食べた時、お子様の私はあまりの辛さに食べきることができなかったのだ。その代わりに作ってもらった、トマトケチャップに少量の豆板醬を入れたエビチリは、トマトケチャップの甘さの奥にちょっとした豆板醤の辛さと旨味がアクセントとなって、とっても美味しかった。
それと同じでコチュジャンの場合も量を調整すれば、クリスフィア公爵好みの辛口にもできるし、私のようなお子様の口にも合う甘口仕様にもできるのだ。
「んーと、ちょうみりょうを、こなべにいれてまぜる」
コチュジャンとトマトケチャップを同量入れ、味醂とお砂糖、少量の醤油とごま油を加えてかき混ぜ、携帯用の魔道具のコンロで温める。
そして良い感じに温まったところで、から揚げの入った入れ物を魔法鞄から取り出した。
私の魔法鞄に入っているから揚げは、揚げたて熱々でサクサク。
「あっためたそーすを、からあげにからませる」
「どれ、私が混ぜ合わせるよ」
ローディン叔父様がから揚げにソースをからませ、リンクさんがこれまた私が魔法鞄から取り出したお皿に盛り付けて仕上げにゴマを振りかけ、ローズ母様がそれを陛下や王妃様たちに配膳していった。
うん、いい連携だよね。
その様子を見つつ、今度はコチュジャンが少なめのものを作る。
こっちはさっきのより甘口仕様で、辛いのが苦手な私とローズ母様が食べられる味に仕上げた。それも皆に取り分けられたんだけどね。
「へえ、シンプルな塩から揚げにコチュジャンで味付けしたタレをからませたんだな」
「から揚げが真っ赤で辛そうだわ。でも美味しそう~!」
クリスフィア公爵と同じく、王妃様も結構辛くてもいける人である。
「アーシェラ、これは何というお料理なの?」
とレイチェルお祖母様が問う。
これは前世の料理名でいうとヤンニョムチキンである。
ヤンニョムとは『複数の材料を混ぜ合わせた調味料』のことだ。
でもどうやらこのコチュジャンのあった国では『ヤンニョム』という言葉は使われていないようなのだ。だからヤンニョムといっても分からないよね。
であれば、シンプルに。
「こちゅじゃんをちゅかった、ぴりからからあげでしゅ!」
でいいだろう。
さあ、皆に配膳し終えたローズ母様が席に着いたところで、食べよう!
いつものように手を合わせて。
「いただきましゅ!」
「「「いただきます」」」
うむ、みんなお行儀いいね!
「右のお皿が辛口で、左が甘口ですわ」
ローズ母様が説明し、皆それぞれに好みの皿に手を伸ばす。
私も甘口仕立てにしたヤンニョムチキンをぱくりと一口。
「おいち~い!」
甘辛いヤンニョムソースがジューシーな鶏のから揚げに絡んで絶品!
トマトケチャップの旨味、砂糖やみりんの甘さの奥に少しだけ感じるピリッとした辛みが、全体の味を底上げしてすっごく美味しいのだ!
「ああっ、辛っ! だがこれすっごく美っ味いぞ!」
「本当、とても辛いけど、トマトケチャップとその辛さが引き立て合っていてすごく美味しいわ!」
ガツンとした辛さのものは思ったとおり、クリスフィア公爵と王妃様の味覚に合ったようだ。
「ピリ辛と甘辛、どっちも美味いな」
そう言いながら交互に食べ進めるのは、国王陛下。
「私は甘口が良いですわ。トマトの酸味と甘さ、旨味の中にほんのりと辛みがあって、チキンの美味しさが引き立っていますわ」
レイチェルお祖母様は甘口派のようである。
「から揚げは塩味や醤油味も美味しいけど、こんなアレンジもあるんだな。甘辛くて後をひく。すっごく美味い!」
「ああ、これはハマる美味しさだね」
「どちらかと選ぶより、ピリ辛と甘口の両方で楽しみたいものだな」
リンクさんとローディン叔父様、アーネストお祖父様も両方お好きな味のようだ。
さっきお腹いっぱい食べたはずなのに、あっという間におかわり用に作っていた皿の中身が空になっていった。
うんうん、この甘辛さって後を引くし、ハマるよね!
「この甘辛さが癖になりますわ。とっても美味しい」
辛い物が苦手なローズ母様が、おかわりをするくらいヤンニョムチキンは美味しいのだ!
ふふふ、そうでしょう! ヤンニョムチキンは美味しいよね!
前世で初めてヤンニョムチキンを食べた時は、その美味しさに驚いたものだ。
私は前世で辛みが強いものは苦手だった。
中国料理や韓国料理を食べに行った時も、本格的な辛さでノックアウトされたこともしばしば。
そういった経験もあって、辛いものは敬遠していたのだけど、新しくオープンしたレストランに行った時に『ここのヤンニョムチキンが最っ高に美味しいの! そんなに辛くないから、食べてみて!』と友人に勧められたのがきっかけだった。
初めて食べたヤンニョムチキンは、鶏の美味しさとトマトケチャップの甘さと酸味と旨味、その奥に感じるコチュジャンのピリッとくる辛さが絶妙に絡み合ってものすごく美味しかった。
甘辛いヤンニョムソースにハマった私は、お店で『ヤンニョム』という名前が付いた料理があるともれなくオーダーしたものだ。
でもやはりお店によって辛さは違う。ちょっとくらいの辛さなら食べられるけど、やはり自分好みの味で食べたいな~と思って、ヤンニョムソースを自作するようになったんだよね。
「うちではコチュジャンよりも豆板醤をよく使っていたが、これはコチュジャンの一番美味い食べ方だと思うぞ!」
クリスフィア公爵は久遠国大使館の料理人に教えてもらったレシピで辛い料理を公爵家でも再現させていたようだ。でも、あまりコチュジャンを使ったレシピはなかったらしい。
まあ、久遠国大使館の料理人にとっても、豆板醬とコチュジャンは異国の調味料なんだから、レパートリーが少なくても仕方ないよね。
すっかりピリ辛のから揚げにハマったクリスフィア公爵は、ヤンニョムソースの分量をメモしてホクホクしていた。
そのヤンニョムソースのレシピにはニンニクを付け加えてもらった。
今回はこれから陛下たちがお仕事に戻ると聞いていたのでニンニクを入れずに作ったけど、入れた方が旨味と風味が加わって美味しくなるからだ。
「分かった! 家でニンニクを入れて試してみよう。楽しみだな!」
さっきまでの怒りのオーラがなりをひそめて、いつもの大らかな笑顔のクリスフィア公爵だ。
うん、元気になって良かった。
やっぱり好きなものを食べると笑顔になるよね。
すると、突然王妃様が「そうだわ!」と何かを思いついたようにパンと手を叩いた。
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