315 リーフ・シュタットの遺したもの 2
「「「あ」」」
手に取った瞬間、小さな反射魔法の魔導具はほどけて青い光となり、私の身体に入ってきた。――そして、私の中の深いところで、かちりと符合した。以前魔法鞄のチャームを身体に同化させた時と同じ感覚だ。
それはローディン叔父様とリンクさんも同じだったようで、二人とも驚いて両手を見ていた。うん、手の周りに光の名残が視えてるよね。私たちのその様子を見て国王陛下が納得したように頷く。
「やはりな。リーフ・シュタットは最初からそなたたち以外にこの魔導具が使われることのないよう、特別に手を施していたのだな」
「そうですね。かつてリーフ・シュタットの作った魔導具は数多の悪意ある人間の手に渡って、長年にわたり人々を苦しめることになった。それを誰よりも悔やんでいたのは彼です。だからこの三つの魔導具だけは己が選んだ者以外が使えぬようにしていったのでしょう」
陛下の言葉にアーネストお祖父様もそう言って頷いた。
この世界には魔力を込めた結晶石を核にした魔法道具がある。
魔力のない平民でも使える魔道具、そして魔力持ちにしか扱うことのできない魔導具の二種類を総称して魔法道具という。
一般に、魔道具は誰にでも使うことができる、便利な生活用品というくくり。
一方、魔導具は魔術の威力を補助したり向上させるものである。魔力に反応して起動するという特徴があるため、魔力持ちにしか扱うことができないのだ。
魔導具は、魔力を持つ者にしか作れない。
魔力を持つ者が国民の一握りしかいない中で、魔導具を作ることができる者はさらにその一部だけだ。
それゆえに、作られた魔導具が貴重で高価となるのは当然のこととなる。
基本的に魔導具は魔力持ちであれば誰でも使えるものである。
けれど、世の中には『欲しいものは奪い取ればいい』というはた迷惑な考えの人間がいるのも事実。
だから魔導具は、所有者登録することが推奨される。そうすれば登録した者しか使えなくなるからだ。それに所有者登録をすると、魔導具の力をより効率的に使えるようになるのだという。
ただ、所有者登録するには条件がある。
それは魔力の強さが関係するということだ。
魔導具自体が強力であればあるほど、魔術師本人もそれに釣り合うだけの魔力をもっていないと登録はできないのだ。
かつてセレン子爵がリーフ・シュタットが作った反射魔法の魔導具を使っていたけれど、所有者登録がなされていなかった。それは、セレン子爵の魔力が弱くて、所有者登録などできようもなかった、ということなのだ。
それはこれまでリーフ・シュタットの反射魔法の魔導具を悪用してきた者も同じだったらしい。
リーフ・シュタットは『光が込められている反射魔法の魔導具』を私とローディン叔父様、リンクさんが最初で最後の所有者となるようにしていった。
私はよちよち歩きの頃から日中のほとんどの時間をバーティア商会の中で過ごしてきた。バーティア商会には魔法道具部門があったので、魔法道具は身近なものだった。時には魔法道具開発のお手伝いもしてきた私には、当然魔道具、魔導具に関する基本的なことはしっかりと身についている。
だから、分かった。
――形ある魔導具がほどけて身体に同化した。
それが示しているのは、その魔導具の最後の所有者であるということなのだ、と。
だから、リーフ・シュタットの意図したことをすぐに理解した。
反射魔法というその類稀で強力な魔導具を、もう誰にも奪わせないように。
自分が望んだ者以外が決してこれを使うことができないように。
自分が作った魔導具で、二度と人々を苦しめることのないように……と。
リーフ・シュタットが心からそう願って私たちに託したことが分かる。
……それなら私はそれに答えなきゃいけないと思う。
これから先、何が起こるか分からないけど、絶対にセレン子爵のような使い方はしないと誓おう。
そう、思った。
◇◇◇
「リーフ・シュタットから『家族が預けていた反射魔法の魔導具を返してほしい』と言われた時は驚いたが、まさか光を宿した魔導具に作り変えたとは思いもしなかったな」
陛下はリーフ・シュタットが天に召される前に会ったそうだ。
実は、陛下と彼は年が近かったらしい。
リーフ・シュタットは陛下が魔法学院に入学する前に拉致された。
陛下は自分と同年代のリーフ・シュタットの姿が十五歳であるのを見て、彼が年を重ねることができなかったその現実に心を痛めた。だからこそ、彼の意志を最大限尊重すると決めたのだそうだ。
「そうですね。彼は、おそらくアーシェラちゃんの力に反応するように魔導具に手を加えていたのでしょう。ローディンとリンクはアーシェラちゃんから光の魔力を貰ったことで、もともとの魔力も底上げされてさらに強くなりました。あの強力な魔導具の所有者登録を可能にしたことが、二人に光の魔力が根付いたことの証ですね」
とクリスフィア公爵が言うと、アーネストお祖父様も深く頷いて言った。
「ええ。反射魔法は四大魔法をはじき返しますからね。魔導具の主となるためには光の魔力は必須でしょう」
ん? 何か今、聞き流してはいけないような言葉があったような気がするよ?
「ひかり?」
今、ローディン叔父様とリンクさんに光の魔力があるって言ったよね?
それも私から貰ったとか?
首を傾げると、王妃様が「ああ、アーシェラはまだ知らなかったのよね」と気がついたように言い、国王陛下を見た。
すると、「ああ、いい機会だからアーシェラに話しておこう」と陛下が頷いた。
? 何のことかな?
「アーシェラはこの前無意識にリーフ・シュタットの魂が消えてしまわないように、彼に光の力を分けたでしょ。そのおかげで彼は天に召されるまで、しばしの時間をこちらで過ごすことができたの」
「あい」
そのことはカレン神官長から聞いていたので素直に頷く。
「実はね、リーフ・シュタットとは違うけれど、それと似たようなことがアーシェラの叔父様たちには起きていたのよ」
「おじしゃまとりんくおじしゃま?」
似たようなことって?
「アーシェラは二人が戦争に行く時に『大好きな叔父様たちが無事でありますように』って強く強く願ったでしょう?」
「あい」
王妃様の言う通り、私は二人が出征すると聞いてから帰ってくるまでの間、毎日毎日お祈りしていた。
戦場でローディン叔父様とリンクさんがケガをしませんように。
病気になりませんように。
どうか無事に帰ってきますように。
……どうか、どうか。
二人が危機に陥った時は――私の命を削ってもいいから、どうかローディン叔父様とリンクさんを護ってください――と。
王妃様は、その祈りが、私が女神様から貰った祝福の力を発動させたのだと言う。
「私の時もね、大事な人を護りたい、大事な人たちが住まうこの国を護りたい――と、そう強く強く願った瞬間に私の祝福である『異界の魔術師の力』が発現したの。アーシェラの祝福の力の発動条件も、それと同じだったのだと思うわ」
王妃様の言葉に国王陛下が大きく頷く。
「二人はそれぞれの戦地で命の危機に遭遇した。彼らが命を落としそうになったその瞬間、アーシェラの祝福が二人を守るべく形をなしたのだ」
――え? 命を落としそうになったって……そんな危険な目に遭ってたの!?
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