314 リーフ・シュタットの遺したもの 1
ローディン叔父様とリンクさんへ魔道具の鞄が陛下から下賜され、クリステーア公爵のアーネストお祖父様から簡単な注意事項があった。
それは、魔道具の鞄の容量の大きさを利用して、輸出や輸入をしてはならないということだった。
確かに。いっぱい物が入るから、そういうことも容易にできちゃうよね。
輸出入は他の人たちと同じに正規の手続きをとり、ちゃんと輸送費、関税もきちんと法に従って納めること、とのことだ。
つまり魔道具の鞄の特権を使って、ズルをしてはならない、ということである。
あとは魔法鞄、魔道具の鞄共に、一般に出回ることのないものなので、持っていると疑われるような行動はしないこと、と念を押された。
どれも所有者登録がなされているので所有者以外に使われることはないのだけど、人は自分にないものを持っていることを妬み、思いもつかない行動に出ることがある。
自分の手に入らないのなら、その物自体を壊してやろう、使用者を使えない状態にしてやろう、など人の嫉妬とは時に恐ろしいことを引き起こすのだと。
うう、怖すぎる。人を貶めようとする人はどこの世界にもいるということ。だからこその注意喚起なのだ。
ともあれ、魔法鞄も魔道具の鞄も、節度ある使い方をすること、そして人にはバレないようにしなさいということである。
鞄の説明が終わると、「ではクリスフィア公爵、次を頼む」と陛下が言う。
? 次? 鞄の話の他にも何かあるの?
陛下に促されたクリスフィア公爵が私とローディン叔父様、リンクさんの前に来て、右の手のひらを上に向けると、そこに小さな箱が現れた。
おお、これってクリスフィア公爵が魔法鞄から出したってことだよね!
クリスフィア公爵はその小さな箱を私とローディン叔父様、リンクさんの前に一つずつ置いた。
「……これは、先日旅立ったリーフ・シュタットから、アーシェラちゃんと、リンク、ローディンへ渡してほしいと預かったものだ」
「「「え!?」」」
リーフ・シュタット。
二十数年前、希少な反射魔法のスキルを持っていたことで、セレン子爵に拉致監禁され、散々能力を搾取された挙句、命を散らしてしまった魔法学院の生徒である。
彼はセレン子爵の犯罪行為をすべて明らかにした後、少し前にその魂は天に召されたと聞いていた。
「犯罪に使われていた反射魔法の魔導具だが、見つけたものはすべて破壊済みだ。ここにある魔導具は犯罪に使われたものとは違って、彼の家族から預かり長い間魔法省で保管していたものだ。それに彼が手を加えて残していった」
そう言ってクリスフィア公爵が箱を一つ手に取り、蓋を開けて私たちに見せる。そこには直径三センチくらいの青い月長石が入っていた。
「……ではこれは、彼が作った反射魔法の魔導具、ということなのですね」
ローディン叔父様の言葉にクリスフィア公爵が頷く。
「ああ。だがこれはただの反射魔法の魔導具ではない。かつて彼の力は闇の力には敵わなかった。闇の魔導具で抵抗を封じられ、作らされた反射魔法の魔導具はセレンに悪用され、結果たくさんの人々を苦しめることとなった。それはセレンの罪であって、リーフ・シュタットの罪ではない。しかし彼は不幸になった人々を見て深い自責の念を抱えていたのだ。『自分の作った魔導具が彼らをどん底に落としてしまったのだ』と。だから彼は、アーシェラちゃんが無意識にリーフ・シュタットに分けた力の一端を、この魔導具に込めたのだ」
そういえば、セレンが罪を暴かれ、リーフ・シュタット少年がセレンから名実ともに解放されたあの日、すぐに昇天するかと思っていたら、『弱り切っていた彼の魂にアーシェラちゃんの力がどっかんって入ったから、もう少しこっちに居られるみたい』とカレン神官長が言っていたのだ。
私が何気なく彼の名を呼んだことで、すり減って消えそうになっていた彼の魂に力が入り形を成したというのはリーフ・シュタット本人の言だ。
その後、彼の魂を補強したのは、私の持つ光の力だったのだとカレン神官長が教えてくれた。
あの時彼に力を分けたって自覚は全然なかったんだけどね。
「ああ……。それってカレン神官長が言っていたあれでしょうか」
クリスフィア公爵の言葉を聞いて、ちょっと複雑そうなローディン叔父様とリンクさん。
……どうしたのかな?
そんな二人の表情を見たクリスフィア公爵が「ああ」と何かに気づいたように言った。
「アーシェラちゃんがリーフ・シュタットに分けた力は、お前たちとは違って、『少しの間だけ貸し与えた』というのが正確だな。二十数年の間に存在が薄くなっていた魂を光の力で一時的に補強したという感じだと捉えるといい」
「「なるほど」」
リンクさんとローディン叔父様は『それなら納得です』というような表情で頷いていた。
ん? クリスフィア公爵と叔父様たちの会話の意味がよく分からないけど、『お前たちとは違って』って、どういうことなのかな?
リーフ・シュタット少年はセレンの犯罪をつまびらかにし、家族との再会を果たしたことでやっと安心して天へと旅立った。
その前に、光の力を宿した反射魔法の魔導具を作り上げていたのだそうだ。
彼の旅立ちを見送ったクリスフィア公爵が、彼が残した言葉を教えてくれた。
『僕の作った反射魔法の魔導具が悪用されてたくさんの人が不幸になった。それは誰が何と言おうと自分の罪です。だから、今度は反射魔法の魔導具を正しく使って人々を救ってほしい』
『アーシェラちゃんと彼女を護るあの二人なら、決して使い方を間違えないでしょうから。自分が不幸にしてしまった人以上に、この反射魔法の魔導具でたくさんの人たちを救ってほしい。それが自分にできる、せめてもの贖罪なのです』
――と。
「「光の力を宿した反射魔法の魔導具……」」
ローディン叔父様とリンクさんの呟きにクリスフィア公爵が「そうだ」と肯定を返す。
「闇に屈することのない反射魔法の魔導具ということは、これまでにない最強の反射魔法の魔導具ですね」
「彼を救ったアーシェがこれを貰うのは当然としても……こちらの二つは所有者が私たちでいいのでしょうか。陛下がお決めになった方がいいのでは」
そうリンクさんとローディン叔父様が言う。
いやいや、私だってそんな希少な魔導具もらっていいの?
反射魔法の使い手は数百年に一人現れるかどうかという、非常に希少な能力である。
それゆえに反射魔法の魔導具はなかなか手に入らない、しかも四大魔法をことごとく撥ね返すという強力な魔導具なのだ。実際アンベール王城の城壁に埋め込まれたせいで、現在もアースクリス国軍を足止めさせている。
それほどに強力な魔導具に、さらに光の力が付与されているとなったら、反射魔法の魔導具の中でも最強のものになるよね!
そんなものを子供の私が貰っちゃっていいの? ってものすごく思う。
なんなら、アンベール国にいるアーシュお父様やクリスウィン公爵に渡して、現在膠着している戦局を打破することに使ってもいいんじゃないのかな?
ローディン叔父様とリンクさんもそう思ったらしく、それを陛下に進言すると、陛下は静かに首を振った。
「その魔導具はリーフ・シュタットが『アーシェラとそなたたち二人に』と遺していったものだ。私は彼の意志を尊重すると決めている」
陛下はそうはっきりと言った。
「これから先、アーシェラがアーシュに付いていくということは、時に危険な場所へと行くということ。ならばアーシェラが身を守ることができる魔導具はいくつあっても良い。そしてそなたら二人がこれを持つことで、アーシェラの護りがさらに強固になるというのなら私に否やはない」
リーフ・シュタットが作った反射魔法の魔導具は、相手の攻撃を反射して『倍にして返す』という特徴がある。
攻撃が自分に届かないことで強力な防御壁となり、攻撃が倍となって相手に撥ね返ることで敵が高い確率で自滅する、攻守共に優れた魔導具だ。これ一つ持っているだけでかなりの安心感を得られるだろう。
「陛下も了承済みだ。安心して受け取れ」
陛下とクリスフィア公爵の言葉に促されて私たちは小さな箱を開け、リーフ・シュタットが作った反射魔法の魔導具を手に取った。
――その瞬間、反射魔法の魔導具が強い光を放った。
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