312 むにゅむにゅ?
今日は王宮に呼ばれてきた。
いつもはローズ母様と二人で登城しているのだが、今日はローディン叔父様とリンクさんも一緒だ。
案内されて王妃様の応接室に通されると、王妃様とレイチェルお祖母様の他に、クリステーア公爵のアーネストお祖父様とクリスフィア公爵がいた。
んん? アーネストお祖父様が王妃様の応接室にいるのは頻繁にあることだけど、どうしてクリスフィア公爵がいるのかな? と首を傾げていたら、応接室の奥の扉がすっと開いて長い銀髪の男性が現れた。
「ああ、もう来ていたのだな」
その扉が死角になっていたローディン叔父様とリンクさんがその声に驚いて振り向き、声の主の姿を見た途端、慌ててソファから立ち上がった。
「「っ!! 陛下!」」
「へいか?」
ローディン叔父様たちだけでなく、王妃様を除いた全員が首を垂れる。
私も一緒に礼をした。何が何だか分からないけど、とりあえずはローズ母様たちに倣って挨拶をした方がいいよね!
陛下ということは、アースクリス国の国王陛下で王妃様の旦那様ってことだ。
国王陛下が出てきたあの扉に続く部屋には、王族専用の隠し通路の出入り口があって、私も王妃様のところに遊びに来るたびに、あそこから秘密の通路に入っている。
王族専用なので、当然国王陛下も使っているってことなんだよね。
普段使っている通路は、護衛や侍従、女官たちなど、数多の目がある。
どんなに隠れて歩いたつもりでも必ずどこかで人の目に触れるのだ。
だから人目に触れたくないような場合、秘密の通路を使う。
今陛下がこの通路を使って現れたってことは、今日の案件は他に知られてはならないものだということだ。
何があるんだろう。
いつもと違ってローディン叔父様とリンクさんが呼ばれたことと、クリスフィア公爵がいること、そして国王陛下がいらしたことから察するに、特別な何かがあるのだろう。
ああ、なんかドキドキしてきた。
「よい、顔を上げよ」
「アーシェラは陛下に初めて会うのよね、さ、近くにいらっしゃい」
と王妃様に促されて陛下に改めてのご挨拶をした。
「おはちゅにおめにかかりましゅ。あーちぇ……あーしぇらでしゅ」
おおう、ちゃんと発音しようと思ったのに、緊張もあいまってどうしても『でしゅ』が出てしまう。国王陛下の前なのに、恥ずかしい~~!
すると、陛下はふふっと笑った。
「言葉遣いは気にせずとも良い。フィーネの幼い頃を見てきているから分かっている。まだまだ舌足らずは抜けぬだろうしな」
以前王妃様に初めて会った時、私の魔力は王妃様と同じくらい強いと言っていた。
だから私の成長の目安は王妃様だと言われてきたので、その成長を見守ってきた国王陛下の言葉からすると、私は幼児言葉からまだまだ抜け出せないということだ。あうう。
「さあ、アーシェラ、瞳を見せてくれ。……フィーネ、手を貸してくれ」
どうして王妃様の手を? と思ったけど、次の言葉で納得した。
「――ああ、確かに女神様の加護の印があるな」
私の瞳の奥には女神様の加護の印があると王妃様から教えられていた。そして、その印は同じく女神様の加護を持った王妃様、そして女神様の代弁者である神官長が視ることができるのだそうだ。
私の瞳の印が金色を帯びる時は他の人にも見えるらしいけど、普段は見ることはできないので、女神様の愛し子である王妃様の力を借りると、陛下も視ることが可能なんだって。なるほど。
実は今まで何度も王宮に来たけれど、国王陛下に会ったことはなかった。
国王陛下は多忙である。普段から忙しいのに六年前に三国との戦争がはじまり、さらに忙しくなったと聞いている。昨年末を発端に、今年に入ってから不正を犯した貴族や反逆を企てている貴族の摘発も行われている。つまり、すっごく忙しい方なのだ。
それに貴族子女が陛下にお会いするのは成人の儀以降が一般的で、幼い貴族子女が陛下と会うことができるのは、王族主催、公爵家など大貴族が催す宴などだけであり、機会はほとんどないに等しいという。
……それに貴族社会に知れ渡っている私の情報と言えば『捨て子』であることを私は知っている。
そんな私に陛下が公然と会うという行為は、他の者から変に勘繰られることになる。
多忙な陛下と、私に与えられている女神様の加護を秘匿するためなどもろもろあって、これまで陛下とお会いすることはなかったのだ。
国王陛下は真っ直ぐな長い銀髪をしていて、瞳は深い青色で少し紫が入っている神秘的な色の瞳だ。
整った顔と、鍛えられ均整の取れた身体。そして凛とした気品……。
一言でいうと、ものすごく格好いい!
前世で読んだ本に出てきた王子様みたい!
国王陛下は王妃様より十歳年上。ということは今年三十八歳ということなんだけど、見た目は二十五歳くらい。ものすっごく若い!
そして暫くはこのままの見た目らしいのだ。
おお~! この世界特有の特徴である、『魔力の強い人は老化が遅い』を体現しているってことだね!
――むにゅ。
あれ?
「おお、柔らかい頬だな。フィーネの小さい頃を思い出す」
むにゅむにゅむにゅ……。
あの。国王陛下、ど、どうしたんですか?
どうして嵌めていた手袋を脱いで私のほっぺを指でつついたり、両手でむにゅむにゅしているのでしょう……。それも抜群の笑顔で。
……あまりにびっくりして固まっていたら、王妃様が「ああ」と呆れたように声をかけた。
「陛下、やめてあげて。息子にもやりすぎて逃げられたでしょう。アーシェラにも嫌がられて逃げられるわよ」
「アーシェラの頬は息子の頬とはやはり違うな。手に吸いつくようなこの感じ。幼い頃のフィーネの頬と似たような柔らかさだ。やはり男子と女子では違うのか……」
おう、国王陛下。お顔が近いです。そして思案顔もカッコいいです。
真剣そうなその表情が私の頬の柔らかさを思案しているってことだけは、ものすごくしょうもないことだと思うけどね……。
「「陛下」」
王妃様とアーネストお祖父様二人に咎められ、陛下は名残惜しそうに私の頬から手を放してくれた。
……分かった。国王陛下は子供のほっぺが好きなんだね。
王様って、勝手に怖いイメージを持っていたけど、実際に会ってみたら若くてカッコいい、でも子供の頬をむにゅむにゅするのが好きな、親しみやすい方なんだな、と感じた。
それにしても、何だか手の感触に覚えがあるのはなぜだろう?
お読みいただきありがとうございます!




