311 決意 2(アーシュ視点)
そして、そんな私の決意を受けたかのように、
「おとうしゃま、おじいしゃま。あーちぇ、おもいちゅいたことがありゅの」
と、アーシェラが、思いがけない提案をしてきた。
邪神の種を持った闇の魔術師はこの大陸で幾百幾千という命を喰らった。
それゆえに、闇を切り裂く光の魔力を持つ私がその力をも封じられてしまったほどに、やつは凶悪なまでに強大となってしまったのだ。
闇の魔術師は女神様により粛清されたが、やつがこれまでに作りアンベール国王に渡していた闇の魔導具は、私たちがこれまで対峙してきたものとは比べ物にならないほどに強い力を持っていた。
邪神の種をその身に宿した存在を放置していたら――世界が滅ぶ。
邪神の種の危険性を、改めて実感せざるを得なかったほどに。
そしてやつが作った魔導具の中でも、最たるものであろう、アンベール王城を覆う死の結界は、とてつもなく強固だった。
今その結界魔導具にはわずかばかり不具合が出てきているが、それでも楽観視はできない。
何しろ我々が死の結界を一部壊したとしても、新たな贄によって結界の綻びをすぐに塞がれてしまうだろうからだ。……それは無為に人の命を散らせるのと同義。闇の結界の綻びを紡ぎ、維持する原動力は人の命なのだから。
それも、この国の人間ではなく、無理やりこの国に連れてこられた魔力持ちの外国人が犠牲になる。ゆえに一部だけを崩すという手は打てない。
やるなら一気に、修復も再構築も不可能なほどに叩き潰さなければならないのである。
それには闇の魔術師が作った魔導具以上の力を発動しなければならない。
闇を切り裂くのは光。だから私たちは、光の力を用いて浄化魔法を施すべく準備を進めてきた。
当然敵も結界を破る可能性のある浄化魔法を警戒しているだろう。サディル国から闇の魔導具を手に入れることができるのと同じように、光の魔導具も希少ではあるが決して手に入れられないわけではないのだから。
アンベール側は絶対に浄化魔法の術式の展開を阻止しようと動く。
どんな優秀な魔術師でも無傷ではすむまい。
だがそれでもこれ以上の犠牲を防ぐためには、そんな危険も覚悟しなければ、とも思っていたのだ。
そう思っていた私たちに、アーシェラが提案した方法は、驚くべきものだった。
結界を崩す方法こそ同じだが、それを成すためのモノは、今まで誰一人――考えつきもしなかったものだったのだ。
それまではそれを『利用しよう』とは思いもしなかった。いや、そもそも手を出してはいけないものだと思っていたからでもある。それゆえに『それはできない』と言おうとした瞬間、アーシェラの瞳の奥に金色の光が輝いた。
『!!』
金色の光……それは正しく『女神様による肯定』なのである。
――女神様は、アーシェラを通して私たちに『それを使ってもよい』と、伝えているのだ、と悟った。
確かに。
これまで思いつきもしなかったものだが、それを浄化の核にすれば、死の結界を破ることができる。
これ以上はない、強力な核だ。
……とはいえ、その作戦とて決して簡単なことではないのだが。
――やるしかない。
そう心を決めた私に、アーシェラは「おとうしゃま、きゃんでぃ、ぜんぶたべた?」と聞いてきた。
『えっ? キャンディ?』
何故そんなことを聞いてきたのかと首を傾げると、父が『ああ、そうか』と何かに気づいた。
実は私の誕生日にアーシェラが贈ってくれたキャンディの花束。それが入ってきた箱に緩衝材として詰められていた折り鶴にはアーシェラの力が込められていて、反射魔法だけでなく闇魔法も退ける力が内包されていたのだと父が語る。
何と。ということは、光の魔導具がここにきて思いがけず数十個も手に入ったことになる。
アーシェラはあの北の森の、あれほどまでに強力な結界を破壊したほどの、強力な光の力を持っている。
その力が入った折り鶴は強力な光の魔導具として、確実に闇の力を打ち破るだろう。
そして、次いでアーシェラが提案してきたことには、さらに驚いた。
確かに。今までは手に入らなかったものだが、今なら……。
アーシェラは、私たちがこれまでどうしようもできなかったことに対して、次々と答えを見出してくれた。
それは立ちふさがっていた死の結界を確実に破る一歩となるだろう。
――『女神様の愛し子はまわりを大きく動かす』と言われてきた。
……確かにその通りだ。
だが、私がそれ以上に感動したのは、それがアーシェラ自身が『考え付いたこと』だったからだ。
決して、女神様に言わされたものではなく、自らが考えたもの。
女神様の愛し子は、これまで数えきれないほどの輪廻転生を繰り返してきた。
その魂の色はまるでオパールのようなたくさんの色を持っている。それだけ魂がいろんな生を繰り返し、たくさんの経験を積んできたということなのである。
そしてアーシェラは、自らの魂が経験してきたことをもとに、その答えを導き出しているのだ。
――誰もが納得のいく、それでいて最善の方法を。
ああ、私の娘は何と賢くて、そして可愛いのか。
愛する我が娘の可愛さに一人悶絶していると、『おとうしゃま?』とアーシェラが首を傾げる。
ああ、小首をかしげるその姿も可愛い~~!
さらに「おとうしゃまのしゅきなおりょうり、ちゅくってまってましゅ!」と言うアーシェラ。
ああ~! 待っている、というその言葉が何よりも嬉しい~~!
数か月前、私の生存が明かされたことで、私とローズは手紙をやり取りできるようになった。
一番初めに受け取った妻からの手紙は、私との子供を死産したことを謝罪する内容だった。
それからバーティア領の女神様の小神殿の森で、置き去りにされていたアーシェラを見つけたこと。
アーシェラの存在に救われたことや、ローズがアーシェラをどんなに愛しているかが事細かに綴られていて、最後に『どうかアーシェラを私たちの子供として受け入れてほしい』と書かれていた。
それを見た時、ローズがこの手紙をどんな気持ちでしたためたのかと思うと……そんな思いをローズにさせてしまったことに、あまりに申し訳なくて……申し訳なさすぎて、酷く胸が痛んだ。
受け入れるもなにも……アーシェラは私とローズとの間に生まれた本当の娘だというのに。
ローズにあまりに辛い思いをさせてしまったこと。
そしてアーシェラに『自分は捨て子だ』と思わせてしまったことも。
二人には……どんなに謝っても謝り切れない。
アンベールでの事をなし、アースクリスに戻ったら、ローズとアーシェラに、私たちは本当の家族なのだと告げよう。
そして思いっきりこれまでできなかったことをしよう。
――あともう少し。
これまで膠着していた事態は、アーシェラがくれたヒントをもとに崩すことができるだろう――いや、崩してみせる。絶対に。
『戻ったら私の手料理もご馳走しよう。北の森でメルドに鍛えられたからね』
「あい!」
手を振るアーシェラの可愛い姿を目に焼き付けた私は――決意を新たにして、アンベールへと戻った。
――さあ、三国最後の戦いの始まりだ。
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