310 決意 1(アーシュ視点)
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「あーちぇ、あんべーるおうも、さでぃるこくも、だいっきりゃい!!」
王宮内のクリステーア公爵家の庭にアーシェラの声が響いた。
ぐっすり眠っていると思っていたアーシェラはいつの間にか目が覚めたようで、桜の木の下で地団駄を踏んで怒っていた。
「まあ……さっきの会話が聞こえてしまっていたのね」
母レイチェルが困ったように私たちを見た。
その母の視線の先を追ったアーシェラは、私の姿を見つけると驚いたように目を見開いた。
これまではアーシェラに見つからないようにこっそりと眺めていたので、当然アーシェラは私を見たことはない。
だから今、アーシェラは初めて私を認識したのだ。
突然のことにお互い固まっていると、父がアーシェラのもとに行った。
「アーシェラ、もうお昼寝はいいのかな?」
「さっき、なんかひっぱられたかんじがして、めがしゃめたの」
「ああ、そうか、意識の気配を感じられるようになったのか。それで起こしてしまったのだな」
なるほど。そういえばアーシェラは五歳だ。私も五歳で父の意識の気配を敏感に感じられるようになったから、それと同じなのだろう。
父に連れられてきたアーシェラの瞳は、どこか不安げに揺れていた。
ああ、アーシェラは自分が捨て子であると思い込んでいるのだった。そのせいだろう。
そうじゃないんだよ、アーシェラ。
……だが、ここで真実を言うわけにはいかない。愛しい我が子と妻を確実に護るために。
「アーシェラ、顔を合わせるのは初めてだろう? ちゃんと紹介しよう」
『父上、自己紹介は自分でします』
私はしゃがんでしっかりとアーシェラと視線を合わせた。
『アーシェラ、私はアーシュ・クリステーア。君のお父さんだよ』
そう言うと、アーシェラはびっくりしたように目を見開いた。それはやはり自分のことを拾われた子だと思っているから、私が父だと名乗ったことで驚いたのだろう。
「……おとうしゃま?」
ためらいがちなその言葉にはっきりと頷く。
『そう、君のお父さんだ』
本当のね、と言いたかったがグッと堪えた。今はまだその時ではないからだ。
アーシェラの瞳は薄緑色。紛れもなく、私とローズとの子供だ。
その瞳がしっかりと私を捉えている。アーシェラの存在を知ってから一年半、やっと娘と顔を合わせることができた。
やっと、そう、やっとだ! やっとアーシェラに会えたのだ!
アーシェラに『おとうしゃま』と呼ばれたことで、その喜びがむくむくと胸の奥から溢れ出てきた。
ああああ! 本当になんって可愛いんだ! 私の娘が世界一可愛いっ!!
アーシェラがくるりと回ると私譲りの金髪がなびく。
小さな手と足がこんなに可愛いなんて!
その小さな足が地面を踏み鳴らした、あの地団駄はものすっごく可愛かった!
ぷんぷんと怒ったあの表情も、何もかもが可愛い!
『もう一度! もう一度、地団駄を踏んでくれないか!』と言ったら「いやでしゅ」と返されてしまった。
……悲しい。あの地団駄はもう一度見たかったのに。
成長の遅さによるたどたどしい言葉が可愛すぎて一言一言に悶絶する。
強い魔力がなく、普通の子供のように育っていたら、この二歳児サイズの可愛い姿が見られなかっただろう。
◇◇◇
実はさきほど、アンベール国がサディル国から魔力持ちを『輸入』している話を父に初めてした時、父が苦い顔をして「まさか、あれがそこに繋がるのか」と深いため息をついた。
何かと思ったが、話を聞いて納得した。
今年の冬にアーシェラが暴いた、二十数年前のリーフ・シュタットが犠牲になった事件。
その事件の後処理の段階で判明したことがあったという。
セレン子爵はリーフ・シュタットに作らせた反射魔法の魔導具を使って、長年にわたり悪行の限りを尽くした挙句、今度は魔力持ちの人間を他国に売ろうと人攫いにも手を出していたのだ。
そしてそれは、アーシェラがセレンの罪を暴いたため、他国に売られる前に防ぐことができた。
と、そこまでは私も前に話を聞いていたのだが、実はその話には私が知らない続きがあったとのことだ。
リーフ・シュタットの証言により、囚われている人たちを救出できた。
誓約魔法を使った取り調べで、セレン子爵は魔力持ちの人間をサディル国に売るつもりだと供述したという。
その供述と、今回のアンベール城の案件が繋がったのだ。
これまでサディル国はアンベール城の結界の贄に使う魔力持ちの人間を他の大陸からかきあつめ、時間と輸送費をかけて送ってきた。
だが、アンベール国があるアースクリス大陸の中から贄とする者を確保しようと画策したのだろう。
アースクリス国は世界の中でも魔力持ちが多い国だから、容易に手に入るだろう、と思ったに違いない。
その手先として、反射魔法の魔導具で犯罪の証拠を残すことがないセレン子爵、そしてサディル国出身の女魔術師ルベーラを使ったのだ。
そしてサディル国の手先であるルベーラは、セレン子爵がバーティア商会を乗っ取ろうとする過程でアーシェラに目を付け、攫おうとしていたという。
「アーシェラを!?」
「ああ、その時はアーシェラをターゲットにしていたことを知り、あまりに腹が立ってセレンを半殺しにしたが、ルベーラも痛めつけておけばよかった」
と父が憤った。
『ええ、私でも同じことをします』
……アーシェラが『商品』としてサディル国に売られる。
それは、アーシェラがアンベール城の死の結界を維持するための贄にされてしまうということなのだ。
――ふざけるな!
私の可愛い娘を、そんなもののために使うだと!?
死の結界を利用するアンベール王も、それに加担するサディル国も絶対に絶対に許しはしない!
闇の結界を絶対に消し去る! と、強く強く誓ったのだった。
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