308 心は身体に引っ張られるもの 1(アーシュ視点)
10月1日に『最愛の家族』8巻が発売になりました!
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皆様がお家に迎え入れてくださっていることを実感しました!
感謝の気持ちでいっぱいです! 本当にありがとうございます!
これからも書き続けますのでどうぞよろしくお願いいたします(≧▽≦)
かつて私がクリスウィン公爵家のフィーネ様と初めて会ったのは、私が五歳になった頃だった。
公爵家の子女は生まれてから四・五歳まではほとんど屋敷を出ずに、大事に保護されて育つ。
そして五歳で魔力鑑定を行った後『直系の瞳』を受け継いだ子供は、各公爵家の当主たちと顔合わせをするのが慣例である。
それは、女神様から託された同じ使命を担う者との繋がりを確認するためのものでもあった。
私とクリスウィン公爵家のフィーネ様が五歳になったある日、クリスウィン公爵家でその顔合わせのための集まりが催された。
開催場所がクリスウィン公爵家となった理由は、フィーネ様の安全のためである。
この世界では魔力の強い者は成人後に老化が遅くなるという特徴があり、それは当たり前のこととして広く知られていることだ。
そして実はその他に、一握りの上位貴族の中で『決して明文化してはならない』とされ、秘されている事実がある。
それは『魔力が特に強い女子は成長が遅い』ということだ。
何故それが秘されてきたかというと、魔力は血で受け継がれるものであるため、魔力の強い子供を産むための母体として野心家に娘を略奪されたという悲しい史実が存在するからである。
フィーネ様は五歳になったが、まだ二歳後半くらいの成長具合で、前述した条件にぴったりとあてはまるのだ。
ゆえに明らかに魔力の強さを体現しているフィーネ様を護るため、外出する必要がなく彼女を護りやすいクリスウィン公爵家が会場にされたのだった。
その日の参加者は、我がクリステーア公爵家からは、両親と五歳の私。
会場のホストであるクリスウィン公爵家からは公爵ご夫妻と、十歳のリュディガー令息、私と同年のフィーネ様。
クリスフィア公爵家からは公爵と、当時の小公爵で、現在の公爵フリーデン・クリスフィア殿が来ていた。彼はすでに成人していて魔法学院の教師をしていた。
クリスティア公爵家はご子息が私より年下であるため、公爵ご本人だけの参加だった。
そして、王家からは十五歳の王太子殿下がいらっしゃっていた。
四公爵家と王家はそれぞれに特徴的な色の瞳をしている。
我がクリステーア公爵家は薄緑色の瞳で、クリスウィン公爵家は琥珀色。クリスフィア公爵家は紫色、クリスティア公爵家は青色である。そして王家の瞳の色は深い青色。光の加減で青紫色にも見える神秘的な色合いの瞳だ。
一番初めに王太子殿下にご挨拶した。殿下には私がもっと幼い頃にお会いしたことがあるが、正式な礼をするのは初めてだった。
『アーネスト・クリステーア公爵が長男、アーシュ・クリステーアです』
教えられた通りに礼をすると、王太子殿下がにこりと微笑む。
『久しぶりだね、アーシュ。さ、瞳を見せてくれるかい?』
彼はそう言うと、私の瞳を覗き込んできた。
となると、必然的に私も王太子殿下の瞳を見ることになる。
王太子殿下の深い青色の奥には光のような煌めきがある。その光は、私の中の何かと響き合った。
『うん。まごうことなき、真正の「クリステーアの瞳」だね』
真正? と首を傾げたが、兄弟姉妹で同じ色彩の瞳を持っていたとしても、その力の強さはまったく同じというわけではないらしい。たいていの場合は長子に強い力が受け継がれるのだと教えてもらった。
その時、力の強弱について挙げられた例は、私の祖父とその妹である大叔母メイリーヌだ。どちらも同じ薄緑色の瞳をしているが、大叔母は意識体を感知することは可能だが意識を飛ばすことはできないのだという。
王太子殿下とのご挨拶が終わると、クリスウィン公爵や他の参加者とも挨拶をした。
当時五歳の私には、女神様の役割などというものはまだ知らされていなかったのだが、あの時に光の魔力を持つ者同士の繋がりを得たのだと今なら分かる。
当時は何か不思議な感覚だな、と漠然と感じていただけだったが。
不思議といえば、その日初めて会った五歳のフィーネ様は、私と同い年と聞いていたが、私と頭一つ分の身長差があった。それだけでなく話し方も身体の動きもなにもかもが拙く、私より年少の子を見ているようだった。
その時はまだ『魔力の強い女子は成長が遅い』ということを知らなかったので、ただただ驚いたことを覚えている。
そんな小さなフィーネ様は大人の話をすぐに理解できている賢い子で、そのことにも驚かされたものである。
そして元気よく動き回ってはよく転びそうになるので、兄君のリュディガー様や婚約者である王太子殿下が常にフィーネ様を気にかけていたものだ。
だが、その顔合わせの会の数か月後に、フィーネ様が攫われるという事件が起きた。
犯人の狙いは『魔力の強い女子』であるフィーネ様を手に入れようとしたものだった。
いくら上位貴族が明文化して残さないようにしていても、己の血脈に強い魔力を得たいと思う貴族の家には代々伝えられていたのだ。魔力の強い女子の特徴や、確実に手に入れる卑怯な手段までも。
犯人は公爵家の護衛を罠に嵌めてフィーネ様を攫ったが、彼女はクリスウィン公爵家の令嬢である。クリスウィン公爵がすぐさま意識を飛ばして彼女の居場所を見つけ、その日のうちに犯人を逮捕した。
すぐに救い出されたとはいえ……攫われた衝撃と恐怖はフィーネ様の心に深い傷を残したと思う。
そして、その後彼女は無事に成長し十九歳で魔法学院に入学した。
魔法学院は全寮制である。特例として、王族だけは学業の他に公務も担っているため王宮で暮らすことも許されているが、その他の生徒は卒業まで寮生活となる。
もちろん週末や長期休暇は実家で過ごしてもいいし、寮に残ってもいい。そこは自由だ。
フィーネ様が魔法学院に入学した年は、やけに入学者が多かった。
魔法学院の入学は、十四歳からとされている。
魔力を身体の負担なく扱えるようになるのが、だいたいそれくらいなのだ。
アースクリス国では基本的に子供が七歳になると、教会などで魔力の適性があるかどうかを鑑定してもらう。
魔力持ちは貴族子女が圧倒的に多い。だが平民にも魔力持ちが稀に表れるのだ。
平民の子供で『魔力有り』と判定されると、教会で読み書き計算などの基礎教育を受けた後、さらに上の学校で学ぶことになる。
魔法学院生のほとんどは貴族子女たちばかりである。彼らは家庭教師をつけて学び、それから魔法学院へ入学するため、その水準までの知識が必要であるためだ。そして最低限のマナーも叩き込まれる。
家庭の事情などでも入学年齢に違いが生じることもあるが、たいていはその学校である程度のラインを満たした順に魔法学院へ入学するため、総合的に見ると、平民出身の魔力持ちたちは入学年齢がまちまちとなるのだ。
一方、貴族子女の方だが、彼らは基本的に家庭教師をつけて教育を受けているため、教育水準、マナーなどの条件をクリアしている。ゆえにほとんどの場合十四歳から入学が可能だが、家の事情、体調不良やフィーネ様のように身体の成長具合によって決めていることもある。
魔法学院はある程度入学時期を自由に選ぶことができるのだ。
腹に一物ある貴族たちはそれを利用して、未来の王妃になるフィーネ様に取り入ろうと、己の子息や令嬢たちを送り込んだのだ。
ただ取り入ろうとするだけならいい。王妃となるには、それら癖のある貴族をも掌握するスキルが必要になるのだから。
だがその中には、『例のこと』を知る愚かな貴族令息がチャンスを狙って彼女の周りをうろついたのだ。
……そしてそいつらはあろうことか、フィーネ様と友人になったローズにも目を付けた。
ローズは誰が見ても可愛い。魔法学院に入学する頃には手足がすらりと伸び、その美しさは誰もが目を引くほどだった。
フィーネ様を手に入れられれば出世は思いのまま。だが、ローズに対しても『一回くらい遊んでやろう』と下種な考えを持った奴らがローズに手を出そうとしたのだ。
しかし大事な親友を狙う輩をフィーネ様は許さなかった。フィーネ様は魔法学院内で自らとローズを護り、私と王太子殿下、そして公爵家はフィーネ様から情報提供を受けて、彼女たちを狙った家門を徹底的に調べ上げ、時に排除に動いた。
その家門の中にはかなりの確率で『魔力の強い女子』のことを綴った文書が残されていた。そしてその中には女神様の愛し子のことが記述されていたものもあったのだ。
時折フィーネ様に『血を分けてくれ』とか『髪の毛でもいい』と近づいてきた輩は、その文書を基に彼女の周りを調べ上げ、女神様の愛し子かもしれないと目を付けたのだろう。どちらにせよ己の欲のために彼女を利用しようとする最低な奴らだ。情状酌量の余地はない。
波乱に満ちた二年間の学院生活を無事に終えたフィーネ様は、卒業後すぐに現在の国王陛下の元へとお輿入れした。
結婚式では化粧により何歳か大人びたようにはなっていたが、普段の彼女の姿は当時十六歳だったローズと同じくらいにしか見えなかった。
しかも、それから時が経ち二十八歳になった今でも、その見た目はほとんど変わっていない。
おそらくは化粧をせずにお忍びで出かけたら、その若すぎる外見で誰にも王妃様だと分からないのではないかと思う。
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