307 どんな力があろうと(アーシュ視点)
10月1日に8巻が発売になります!
今回の口絵イラストは完成版を見た時に感動の涙が出たくらい素晴らしかったです。
皆様にもあの夕景のシーンをご覧いただければと思います。
もちろんもう一つの口絵イラストもすごく可愛いですよ♪
お気に入りのシーンが二つとも口絵イラストになって、ものすごく嬉しいです(^^♪
8巻もよろしくお願いいたします!
――この世界はアースクリスの女神様方が創造された世界である。
その中でもこのアースクリス大陸は世界の始まりの地であり、女神様の力が最も強く込められた地なのだ。
それゆえにアースクリス国の光の魔力を持つ者は、他の大陸の光の力の担い手よりも災厄を祓う力が強い。
そのためアースクリスの光の魔力を持つ者たちは各国へと赴き、彼の国の者たちと共に邪神の種に立ち向かい、常に世界を守る根幹の役目を果たしてきた。
アースクリス国が滅んでしまったら、邪神の種を駆逐することが不可能になり――世界が滅ぶ。
それは誇張でも何でもなく、歴然とした事実なのである。
だがそんなことを知らない三国は、己の欲のためにアースクリス国に宣戦布告した。
六年前の開戦直後の戦いで、アースクリス国は三国の一斉攻撃に苦戦を強いられた。当然兵の数も敵国三国の方が多い。
圧倒時な数の差によりアースクリス軍は徐々に攻勢に押されていき……敵国が国境線を乗り越えてアースクリス国になだれ込もうとした時――それは起きた。
一瞬にして空が厚い雲に覆われたかと思うと、次の瞬間、敵国の軍勢に強烈すぎる一撃が襲ったのだ。
竜巻や雷が砦を破壊しつくし、激流が敵をことごとく飲み込んだ。あまりの凄まじさに全滅に近い被害を受けた三国は撤退を余儀なくされた。
三国は当初、初戦におけるあの現象は、たまたま急な悪天候に見舞われただけであり、もう少しでアースクリス国の軍勢を打破できたはずだと考えた。そしてすぐに次の侵攻計画を実行に移したのだ。
三国が本当に驚いたのはそれからである。
半年の間に間を置かず五度にわたって行われた一斉攻撃。そのほとんどで三国側だけが雷や竜巻に狙い撃ちされ、看過できないほどに深刻な被害を受けたのだ。
これほど回数が重なれば偶然ではありえない。だがどう調べても魔術の痕跡は見つけることはできなかった。何よりその現象は『魔術で起こせるはずがない』『無理だ』と魔術師の誰もがそう口を揃えるほどの規模だったのだ。
魔術で起こせるものではないということは、人の仕業ではありえないということ。
それゆえに三国の中には『アースクリス国は女神に守られている』と囁く者が出てきたという。
彼らがそう思わずにはいられなかったほどの圧倒的な力だったのだ。
――それを成したのは、アースクリス国の王妃フィーネ様だった。
彼女はアースクリス国の危機に、記憶の引き出しの中にあった異界の魔法を発動させ、三国の軍勢を叩きのめし、アースクリス国を守ったのだ。
私たち公爵家や王家の者も光の魔力を持っているが、王妃様と同じことができるかといえば、否だ。
彼女の持つ力……その威力は私たちの持つ力をはるかに上回っていたのだ。
王妃様はこのアースクリス国を、ひいてはこの世界を崩壊から守るために女神様に遣わされたのだろう。
けれど、その当人である王妃様本人はそんな大きなことを成しえたとは思えないほどに、普通の人だ。
その王妃様に長年仕えている私の母レイチェルが言う。
「私は王妃様が小さい頃から知っているけれど、女神様のご加護を受けておられるからといって、何も特別に変わったところはないわ」
母は国王陛下の母君である王太后様が王妃様であった頃から、王宮で女官をしている。
現在の国王陛下が即位し、陛下の母君である王太后様が離宮へとお移りになるのを機に、母レイチェルは女官長職を辞そうとしていたのだが、王太后様から『義娘のフィーネを支えてほしい』との願いを受けて、王妃となったフィーネ様の女官を続けることになった。本来なら代替わりと共に別の女官長を立てるのだが、王妃様は女神様の加護を授かっているという特別な事情があった。それゆえ公爵夫人でありフィーネ様を幼い頃から知る母に、年若い王妃様を支えてほしいとのことだったのだ。
確かに、王妃様の抱える秘密は特別なものだ。それを冷静かつ総合的に判断して対処できるスキルの持ち主となると、母が一番適任だと私も思う。
そうして長年王妃様を支えてきた母が「王妃様は普通の方よ。ただ胃袋の容量は今でも未知の領域なのだけど」と笑った。
その言葉に父も「クリスウィン公爵家はみんな同じだ」と笑みを返す。
そして父はフィールを見て言った。
「私たち公爵家や王家に受け継がれた使命と力、女神様の愛し子が課されている使命と力は、形が多少違うだけで同じものだと私は思っている」
「……確かに、どちらの使命も女神様から課されているものですよね」
とフィールが頷く。
そう、私たちの力もアーシェラの力も女神様より賜ったものである。
我々が持つ光の魔力は、世界に滅びをもたらす存在を駆逐するために女神様から与えられたものだ。その使命を果たすには魂の格が高くなくてはならない。
あらゆる生命には魂が宿っている。その魂は何千回何万回という輪廻転生を繰り返して魂を昇華していくのだ。繰り返されるそれは魂の経験となり、魂の年齢を重ねることと同義。そしてその魂の年齢がある程度高くなくては光の魔力を扱えない。つまり、光の魔力を持つ王家や公爵家の直系はそのような魂の年齢……『魂の格』が高い者が生まれるようになっているのだ。
それはこの世界の各国で光の魔力を持っている者も同じこと。
神々は世界を守るための力の担い手をめぐる魂の中から選びとり、この世界で生を受ける。
だから光の力を持つ私や父も『女神様に選ばれて生まれてきた』ということなのだ。
その我々とて喜びも悲しみも感じる一人の人間だ。お腹もすくし腹が立ったら怒るし、失敗したらへこんだりする。光の魔力を持っているというだけで、他の人たちと何ら変わらないのだ。
父がそう言うと、フィールは納得したように大きく頷いた。
「アーシュ様はお腹が空くと目に見えて不機嫌になりますよね。お役目のために女神様に力を与えられただけで、その他は普通の人間だということはアーシュ様を見ていればわかります」
「そういうことだ。アーシェラは我々より強い力を授かっただけ。確かに魂の中に知識の引き出しが残されていることで驚くことはあるがな。だがそれは女神様に必要なものとして残されたものであり、私たちの力とは少々違うだけで同じものだと認識している」
「お嬢様の御力もアーシュ様の力と同じ……なるほど」
「フィールよ。お前はアーシュが今になって『実は女神様の加護持ちだった』と教えられたらどうする? アーシュへの態度をどうするかと、困惑するか?」
「いいえ。驚きはすると思いますが、アーシュ様はアーシュ様ですから」
即座にフィールは言い切った。
「私たちも同じだ。アーシェラが女神様の加護を授けられていたことは驚いたが、アーシェラは私とレイチェルがこの手で育てた可愛い孫であることに変わりはないということだ」
父の言葉に母が「その通りよ」と大きく頷く。
愛しい孫に『女神様の愛し子』というものが後からくっついただけだと両親は言う。
クリステーアを含む四公爵家と王家はもともと女神様からのお役目と力を授けられている。他の者から見れば私たちも特別な力を持っていることになる。
だが私は他の人と同じ、いたって普通の人間であると自覚している。
フィールは父の話を聞き納得したのか「確かに……。アーシュ様は虫は嫌いだし、初恋に一途で愛がものすごく重たい、普通の人ですよねぇ」と深く頷いた。
おいフィール。お前の抱えていた戸惑いがなくなったのはいいが、その納得の仕方は何だか釈然としないぞ。
父はフィールの答えに笑って頷き、
「そうだ。だからアーシェラは普通の子供として育てる」
そうはっきりと私の側近フィールと父の側近ルイドに告げた。
「「承知しました」」
と二人はそう言って頭を下げた。
「……ん……」
アーシェラが寝返りをしてもぞもぞ動いた。しまった。話し声で起こしてしまっただろうか。
思わず皆で声をひそめたが、眠りは深かったのか、アーシェラは改めて母の膝で頭を落ち着けるとまたすうすうと寝息を立て始めた。そして夢でも見ているのか、ふにゃりと笑った。うっ! 可愛い!
アーシェラの可愛さに胸を撃ち抜かれて悶絶した。ああ、何て可愛いのだろう!
「ああ、お昼寝中のお嬢様を起こしてはいけませんね。テーブルの片づけをしてきます」
とフィールがルイドと共にその場を立ち去ろうとした時、父が呼び止める。
「加護のことは他言無用だ。いずれどこかから漏れるやも知れぬがな」
そう言う父に了承の意を返すと、彼らはアーシェラを起こさぬよう静かに立ち去った。
秘密というものは、どんなに隠していたとしてもどこかから漏れるものだ。そしてそのせいで王妃様は付け狙われたのだった。
女神様は気まぐれに加護を与えるわけではない。歴史を紐解くとその時代に必要である者が生まれていることが分かる。だから、王妃様もアーシェラもこの時代に必要な存在なのだ。
女神様の愛し子は特別な存在ではあるけれど、楽しい時は笑い、悲しい時は泣く、感情を持つ至って普通の人間だ。
それなのに当事者の意思を平気で踏みにじり、己の欲に利用しようとする者が出てくるのも事実だ。
……かつての王妃様が体験したように。
私は、私と同い年の王妃フィーネ様と初めて会った時のことを思い出していた。
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