305 内通者(アーシュ視点)
今回から数話アーシュ視点です。
8巻の改稿作業と並行しているので、これからはちょっと(?)更新間隔があきますm(__)m
これからもよろしくお願いします(≧▽≦)
春が来た。
昨年末にアースクリス国軍がアンベール国内に進軍してから半年が経っていた。
ウルド国やジェンド国は進軍から二月ほどで決着がついたのだが、アンベール国は此度の戦争を主導した国であるためか、かなりしぶとい。
闇の魔術師が残した魔導具による死の結界、反射魔法、数多の闇の魔導具と、一つだけでも厄介な代物をいくつも仕掛けてきているのだ。
後先を考えず突入したら、反射魔法により致命的な傷を負うだろうし、誤って死の結界に触れたら最後、命を奪われて敵の結界までも強力にしてしまうのだ。さらにあちらには闇魔法を付与された魔導具や武器が多数あるのだ。
何の対策も練らずに突入する愚行は犯せない。
そうして、私たちは自分たちにできることをしつつ、王城との睨めっこを続けていた。
「内通者?」
ある日、メルドからもたらされたのは、思いがけない情報だった。
極秘情報ゆえに、メルドの執務室には私とクリスウィン公爵、北の森での仲間であるメルドとカリマー公爵、魔術師のクロム、そしてベルナという先日死の結界から脱出してきた反乱軍側の間諜だけがいた。
「「今さら何故」」と私とクリスウィン公爵は声を揃えた。
そう思うのは当然だろう。この戦争が始まってからもう六年が経つ。
その間アンベール王のもとで動いていた者が、今になってこちら側に付くとは、おいそれと信じることはできない。
「ああ、信じられないと思うのも当然だが、彼は大丈夫だと思う」
「私もそう思います」
反乱軍の主導者であるメルドとカリマー公爵がそう言う。
「その人物とは、誰か」とクリスウィン公爵が問う。
「シーズ将軍です、クリスウィン公爵。前王の腹心で、前王がご存命だった頃はサマールに諫言をする側の人間だったのですが、一人娘をサマールに側室という形で人質に取られてしまったんです」
「……ああ、だからか」
「嫌なやり方だが、かなり効くやり方だな」
私とクリスウィン公爵は大きくため息をついた。娘を持つ親として苦い気持ちが沸き上がる。
ウルド国やジェンド国でも王権を強化するために、国王は有力貴族の姫を数多く娶っていた。
そしてそれは貴族たちにとっては、娘を人質にとられていることと同義となるのだ。シーズ将軍は王命に逆らうことはできずに一人娘を側室として差し出し、娘を守るためにこれまでアンベール王の理不尽な命令にも従ってきたのだという。
「だが、そのシーズ将軍が何故今さら」
私の問いにメルドが答える。
「側室になったご息女は出産時に亡くなられ、今二歳の王女様も生まれつき虚弱で、おそらく大人になるまで生きられないだろうとのことだ。どうやらサマールは、生きて役に立たないなら王女様を死の結界の贄にしようと考えたらしい。『自分の子供であるからには魔力があるはずだ』と。そうサマールが話していたところを偶然聞いたシーズ将軍がとうとう堪忍袋の緒が切れたらしくてな。『王女を助けてくれるなら警備の穴を教え、手引きをする』と言ってきたんだ」
「……自らの子を贄にと考えるとは、鬼畜の所業だな」
カリマー公爵の言葉に私たちは一様に頷き返した。
「ベルナが死の結界を脱出する際に、手を貸してくれたのがシーズ将軍だったんだ」
ベルナは、先日アンベール王城の死の結界から脱出してきた反乱軍側の手の者だ。
シーズ将軍はベルナがこちらの間諜であることを見抜いていたらしい。ベルナはそう声をかけられて驚愕したと語った。
「……シーズは観察眼が優れているからな」
とカリマー公爵が呟く。シーズ将軍はカリマー公爵の友人だったという。
おそらく彼が相手では、ベルナはアンベール城を脱出どころか切り捨てられていただろう、と話す。ベルナが死の結界の弱点の情報を反乱軍に持ち帰ることは、アンベール城が反乱軍に落とされる危険性が跳ね上がることを意味するからだ。
「はい。数日前に直接将軍が私の前に現れた時は驚きました。そして安全に抜ける手助けをしてくれたのです」
王城を取り巻く死の結界を無事に抜けることができたとしても、王都には関所がある。ベルナはシーズ将軍の計らいでその関所を出てくることができたのだ。
「将軍は『孫娘はたとえ大人になれなくても、その命は最後まで彼女自身のものであるべきだ。……これは死の結界の贄になる者たちを見捨ててきた私が言うべき言葉ではないがな』と自嘲しながら言っておりました」
「そうか……」とカリマー公爵が呟く。
「彼は娘御を何よりも大事にしていたゆえに苦汁を飲んでサマールに付き従っていたが、今度は孫娘のためにサマールに反旗を翻すつもりなのだな」とメルドも言う。
メルドも軍に所属していた身だ。シーズ将軍という人をよく知っている。
今現在アンベール王城の死の結界は不安定になっている、とベルナが言う。
それは死の結界を作り出す魔導具が不具合を起こしているからだ。
「シーズ将軍は東側の魔導具が一番不安定だと仰っていました。私もそれは確認しております。将軍によると、不安定の理由は贄の問題ではなく、魔導具自体が徐々に壊れてきているからなのだと言っていました。ですが、そのことは国王陛下も知っていて、近いうちにサディル国から結界に代わる新たな闇の魔導具が送られてくるらしいのです。そして、死の結界の贄も輸送されてくるのです」
とベルナが言う。
彼がもたらした情報は、『死の結界の綻び』だけではなく、反乱軍側に国王側の人間がいて、現在反乱軍の手で管理されているはずの港に、サディル国の船が出入りしている。それは反乱軍の港の管理者の中に、出入国を手引きしている者がいるということだった。
つまりは、サディル国から武器や、他国の魔力持ちの人間……死の結界の贄が我々の知らないところで運び込まれていたということなのだ。本当に腹立たしい。
「これまでもこちらの内部のことを深く知らなくては起きないはずの襲撃が何件も起きていた。まだまだ国王側の間諜はいるということだろう」
「未だに『アンベール国の民は至上の民族だ』と言う者たちもいますからね」
とカリマー公爵と魔術師のクロムがやれやれとため息をつく。
そう。クロムの言う通り、アンベール国は三国の中でも一番選民思考の強い国なのだ。
そういう民族であり、その中でも貴族たちは『アンベール国は至上の民、他はすべて自分たちの下だ』と教育を施されてきたのだ。すぐにその意識を変えられるものではない。
数百年もの間アースクリス国との停戦協定を何度も反故にしてきたのだ。
それと同じく、反乱軍に与するふりをして裏切っていたということだろう。
「……ったく……。アースクリス国からの支援物資のおかげで少し余裕ができてきたと思ったら、すぐに本性を現して裏切りにかかってくるとはな……。本当に情けない」
「というより、支援物資の量を見て、逆にアースクリス国を余計に欲しくなったんだろうて。だから裏切りに積極的に加担しているのじゃろう」
「本当に情けないですよねえ」
北の森で苦楽を共にしてきた三人の言葉には苦笑するしかない。
「だが、このままにしておくわけにはいかない。早急にサディル国の入国ルートを見つけて封鎖しよう」
「メルド、そっちはアースクリス国側でやろう。反乱軍側が調査に動きださない方が良い」
「そうだな、これまで通り『死の結界に手も足も出ない』体を出していた方が、敵を出し抜けるだろう」
メルドの言葉に私とクリスウィン公爵はそう提案した。
今までもこちらの内部事情を深く知らなければ起きないはずの襲撃事件が数多くあった。
おそらくこの件でも、動けばすぐに敵に感づかれてしまうだろう。
「確かに。国王側の間者に知られぬよう、動かなくてはなるまいて」
カリマー公爵が深く頷く。
「アンベールの海岸線沿いをデイン辺境伯軍に探ってもらいましょう」
今海岸線を制圧しているのは、反乱軍だ。そしてその協力者としてアースクリス国軍のデイン辺境伯軍がいるのだ。
そう提案すると、クリスウィン公爵がそうだな、と頷く。
「おそらく、サディル国の船は隠蔽魔法だけでなく反射魔法の魔導具も使っているのだろう」
「そうですね。一介の魔術師には反射魔法を見破れませんから」
「犯罪者にとって都合の良い魔導具だからな」
反射魔法は四大魔法を撥ね返すだけでなく、視る力も反射してうやむやにしてしまうのだ。
「まずはサディル国の輸送船の件を動いてもらえるよう、父に頼んできます」
そう言って私は、意識を飛ばすことにしたのだった。
――そこに、私の娘アーシェラがいるとは思わずに。
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