301 おとうしゃま!
301話目にして、いよいよの回です。
お待たせしました!
お楽しみいただけると嬉しいです(*^-^*)
桜の木の下に敷物を敷いてもらい、寝っ転がって抜けるような青空と、桜のピンクのコラボレーションを堪能しているうち、私は寝入ってしまったようだ。
ふと、私の中の何かが引っ張られたような感じがして、意識がゆっくりと浮上した。
……なんだろう? 今の。
まだ身体は眠りの底にいて動かすことはできないけれど、意識が誰かの話し声を捉えた。
「……そうか、それは大変だな」
「ええ、まさか外国から魔力持ちを連れてきてまでアンベール城の結界を維持していたとは思いもしませんでした」
一人はアーネストお祖父様の声。もう一人は誰なのかなあ。
「アンベール城内の四方の建物には闇の魔術師が作った、死の結界を作り出し維持する魔導具が設置されています。北の森では闇の魔術師が一人で結界を維持していましたが、王城の結界は四方で作動させなければ、王城全体を覆うことができないようです」
「壊さなければならない結界魔導具は、四つということだな」
「はい。その魔導具は、贄となった者の魔力の強弱により維持できる時間が明らかに違う。それゆえに、アンベール王は他国から魔力持ちを買い入れているのです。魔力封じの枷をはめられた外国人を、赤茶色の髪をした者たちが定期的に連れてきているとのことです」
「赤茶色の髪……十中八九、サディル国だな」
アーネストお祖父様の声に苛立ちが宿っている。
「ええ、アンベールとサディル国は繋がっていますからね」
「だが、よくアンベール城内の情報を手に入れられたな」
「この情報はアンベール城から抜け出してきた、反乱軍側の手の者からの報告です」
「抜け出してきた? 死の結界をか?」
「魔導具は力不足になると不安定になり、やがて動かなくなる。それと同じです。特に闇の結界は膨大な命の力を消費する。それゆえに結界は時折揺らぎ、一部途切れる瞬間がある。その時結界を抜け出したと言っていました」
「だが、その者はよく無事だったな」
「彼は、鳥を目安にしたそうです。城内に潜入していた彼は、ある日鳥が城壁にとまっているのを見た。死の結界はあらゆる生き物の命を狩るモノです。ですが、鳥がとまっているということは、その部分の結界が消えている証拠です。彼は観察を続け、脱出する絶好のタイミングを狙ったのです」
「なるほどな」
「私がいた北の森でも、動物たちはどこに結界があるか分かっていましたからね。アンベール城は結界が不安定で、時折僅かな時間ですが、途切れる時間があるということが分かりました。そこから突破する糸口も見つかりそうです」
「籠城からすでに数か月経っている。あの強固な結界に綻びが出てきているということは、アンベール城内に、結界の贄にする者の数が少なくなってきているという証拠だろうな」
「ですが、そのために外国人の魔力持ちを買い入れているとは……。買うアンベール王も、売るサディル国も許しがたいです」
アーネストお祖父様と話している男性の声が怒りに震えている。
……その、耳に入ってくる会話の内容が不穏すぎて、私の意識は完全に覚醒した。のんびり寝ていられる内容じゃないよ!
結界魔導具が四つもあるの? 赤茶色の髪って女魔術師ルベーラの祖国の特徴だよね? それに外国人に魔力封じの枷? なにそれ!
サディル国って闇マーケットがあって、危険な魔導具を売りさばき、それによって各国が混乱に陥るのをほくそ笑んで見ている国主がいるという、はた迷惑な国のことだ。そしてその国出身の魔術師で、セレン子爵の愛人だったルベーラは、私を『魔力持ちの商品』として狙っていた。
さっきの話と総合すると、つまりサディル国は魔力持ちの人間を商品としてしか見ていないということだ。
「連れてこられた魔力持ちたちが結界の維持のために使われているのは確実だな」
「ええ。メルドやカリマー公爵もアンベール国王の所業に憤慨していました。『自国の民を犠牲にするだけでなく、他国の民をも買い入れて闇の魔術の贄に捧げるとは狂気の沙汰だ』と。今、アンベールの海岸線は反乱軍とアースクリス国軍に封鎖されているはずなのですが、サディル国の者がアンベール国に入国しているのは事実です。ひそかに港を捜索し、サディル国の侵入ルートを探しているところです」
「どんなところにも己の利益のみで動く者がいるものだからな」
はあ、とアーネストお祖父様がため息をついている。
「アンベール城を覆う闇の結界を維持するため、サディル国を通して魔力持ちの人間を定期的に『補充』しているのだな」と話している。
補充って何!? 彼らの命を闇の結界の贄にするためってことだよね!
何でそんな酷いことができるの!? 人の命をそんなことに使うなんて!!
アンベール王も、サディル国も許せない!! 命の売買なんて絶対に絶対にダメだ!!
「らめれしゅ!」
「あら、アーシェラ、もう起きたの?」
目を開けると、レイチェルお祖母様が私の顔を覗き込んでいた。
空は青く、桜の花が視界一杯に広がっていた。
太陽の位置から察するに、どうやら桜の木の下で寝入ってから、まだ少ししか経っていないようだった。
「どうしたの? 夢でも見たの? もう少し寝ていてもいいのよ」
レイチェルお祖母様が優しく私の頭を撫でる。さっきの私の「ダメ」という言葉は単なる寝言だと思っているようだ。
でも、さっき聞いた不穏な会話で、私はすっかり覚醒してしまったのだ。
むくりと起き、立ち上がった。
「あーちぇ、あんべーるおうも、さでぃるこくも、だいっきりゃい!!」
あまりに腹が立ったので、思いっきり地団太を踏んで!
「まあ……さっきの会話が聞こえてしまっていたのね」
レイチェルお祖母様が困ったように視線を動かした。その視線の先は桜の木を見渡せるテラスのテーブル席で、そこにはアーネストお祖父様と、どこか透けて見える姿をした、金髪と緑色の瞳の男性がいて、その人は驚いたように目を見開いて私を見ていた。
◇◇◇
私が桜の木の下で寝入ってすぐ、お花見はお開きになったみたい。
王妃様とローズ母様は秘密の通路で王妃様のお部屋へと戻り、ローディン叔父様とリンクさんは帰っていったらしく、ここにはいなかった。
ルイドさんとフィールさんがテラス席の後片付けをしていたみたい。私が立ち上がり、そして透けた人を見ているのを、片付け中のティーセットを持ったまま、固まって見ている。
本当に私は寝入ってあまり経たないうちに起きたようだ。
だって、何かに引っ張られた感じがして目が覚めたんだもの。
……私は、私を見て固まっている、透けて見える人が誰か知っている。
令嬢教育の一環で、貴族名鑑で見たから。
クリステーア公爵であるアーネストお祖父様のたった一人のご子息であり、次期公爵。そして私の大好きなローズ母様の旦那様。
――アーシュ・クリステーア。その人だ。
思いがけない出会いに固まっていると、アーネストお祖父様が私の方に歩いてきた。
「アーシェラ、もうお昼寝はいいのかな?」
「さっき、なんかひっぱられたかんじがして、めがしゃめたの」
「ああ、そうか、意識の気配を感じられるようになったのか。それで起こしてしまったのだな」
何かに納得すると、アーネストお祖父様は、固まって動かないアーシュさんの元へと私を連れて行った。
「アーシェラ、顔を合わせるのは初めてだろう? ちゃんと紹介しよう」
「……父上、自己紹介は自分でします」
そう言うと、アーシュさんはしゃがみ、片膝を地面についた。
絵姿と同じ金色の髪。瞳の色はアーネストお祖父様より薄い緑色に見える。たぶん、透けて見えるせいだろう。
そして、その瞳は私の瞳を真っ直ぐに見た。
「アーシェラ、私はアーシュ・クリステーア。君のお父さんだよ」
アーシュさんははっきりと淀みなく言った。
「……おとうしゃま?」
「そう、君のお父さんだ」
優しい笑顔。
彼はなぜか泣きそうに瞳を細め、うんうんと頷きながら、私をじーっと見ている。――そして、突然、
「ああ! 可愛い、かわいい、カワイイっ! 私の娘が世界一可愛いっっ!!」
と力強く叫んだのだ。――びっくりした!
「私の孫娘だ。世界一可愛いに決まっているだろう」
「私の娘だから可愛いのですよ! ああ! さっきの地団太も、怒った顔も、なんて可愛いんだっ!」
あう。渾身の地団太を初対面のアーシュさんに見られてしまった。恥ずかしい~~っ!
「アーシェラが可愛いのは当たり前でしょう。二人とも変な張り合いをしないでちょうだい」
あれ? 意識体は光魔法を持つ者しか見えないと聞いていたけど、レイチェルお祖母様も見えるの? そう聞いたら、レイチェルお祖母様はアーシュさんの生母であり、さらに特別な事情により、アーネストお祖父様に触れると、アーシュさんの姿を視ることが可能なのだそうだ。
なるほど、よく分からないけど、そうなんだね。
「見えないし聞こえないですけど、アーシュ様が何て言ったかだいたい分かります」
「はは、そうだな」とフィールさんとルイドさんが笑っている。二人ともアーネストお祖父様とレイチェルお祖母様の会話でアーシュさんが何を言ったか想像できたみたい。
「うんうん、やっぱりローズの小さい頃にそっくりだ」
「アーシェラ、もう一度くるりと回ってくれないか。う~、やっぱり可愛い」
「ああ、このぷにぷにした頬っぺたに触りたい~~」
……アーシュお父様。私、もうくるくる回るのは疲れました。
さっきから彼は私にいろいろなポーズをさせては悶絶している。
「もう一度! もう一度、地団太を踏んでくれないか!」
って……。地団太はさっき気持ちが高ぶって思わず出ちゃったものだから、素面ではできないよ。
「いやでしゅ」
プイっとしたら、ものすごくシュンとしちゃった。何だか可愛い。
私はアーシュお父様の実の娘じゃないので受け入れられるか心配だったのだけど、この熱烈歓迎&感動っぷりに、今まで不安に思っていた気持ちが一気に吹き飛んでしまった気がする。
「アーシュ、そろそろ落ち着きなさい。報告と相談に来たのでしょう? 時間もないのだからしゃんとしなさい」
レイチェルお祖母様にピシャリと言われ、アーシュお父様は「そうでした」と気を取り直していた。
そうそう、それにさっき真剣な話をしていたよね。
お読みいただきありがとうございます!
父と娘の初めての対面(アーシュは意識体ですが)です。
実体で会えるまでまだ少しかかりますが、これからもお付き合いくださいね(*^-^*)




