298 おなかのじほうは正確です
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フィールさんは実際の体験からいろいろ教えてくれた。そして何かを思い出したらしく「あ、これも絶対必要だ」と言った。
「森や山奥に行った時、厄介なのが虫です。なので虫よけの魔道具を用意することをお勧めします。以前野営した時、あらかじめ張っておいた結界のおかげで入ってこなかったのですが、朝起きた時に結界の周りを虫の大群に囲まれていたのを見た時は、背筋がゾワッとしました」
うえぇえ! それは嫌ああ~っ! 話を聞いただけでゾッとする~!
「うわ、それはちょっとどころじゃなく気持ち悪いですね」
とローディン叔父様とリンクさんが顔をしかめる。
「むし、きりゃい!」
大嫌いな虫が一匹や二匹だけじゃなく、囲まれるくらいいるなんて! 絶対嫌~!
「そうだよな、アーシェ、虫嫌いだもんな」とリンクさんが苦笑しながら、イヤイヤと頭を振る私の頭を撫でる。
「でも、大丈夫だ。俺たちには蚊取り線香があるだろ?」
「そうそう、絶対に切らさないようにたくさん持っていけばいいんだよ」
あ、そうだった! それがあった! 私が三歳の夏に作った蚊取り線香!
あまりにフィールさんの体験した光景が気持ち悪すぎて、その存在を忘れてたよ!
「かとりせんこう! いっぱいもってく!」
あれは蚊以外の虫にも効果覿面だったのだ!
その私たちの会話に、フィールさんが「蚊取り線香、ですか?」と目を丸くした。
おや? フィールさんは蚊取り線香を知らなかったようだ。蚊取り線香は初めて作ってから二年近くが経つ。
あれはロザリオ・デイン辺境伯が伝染病を媒介する蚊を退治できると、軍の装備品になったことから、てっきり王都の人も知っているものだと思い込んでいた。
一昨年の夏、農家さんのところで除虫菊をみつけた。
除虫菊といえば、日本の昔懐かしい蚊取り線香の原料である。それまでずっと蚊に悩まされていた私は除虫菊を貰って、お香、つまり蚊取り線香を作ってもらったのだ。
「ええと、一昨年の夏のことでしたね。うちの耕作地に行ってみたら、農民たちが作物に付く虫を駆除するために、殺虫成分のある除虫菊を刈り取っていたのです。アルコールで花に含まれている殺虫成分を抽出して作物に噴霧したり、茎を乾かして燃やし、その煙で作物に付いた虫を退治していました」
「茎より花の方にその駆虫成分が多いので、花を粉にしたものでお香を作ったんです。鑑定してみたら、人体や馬や家畜、犬猫には全く害のない、けれど、虫には百発百中の殺虫剤だと出ました」
ローディン叔父様とリンクさんが説明した通り、蚊取り線香は蚊だけではなく、虫全般に効果があった。
「え? 虫全部にですか?」
「ええ。最初は、夏になるとアーシェがあまりに蚊に刺されるので、蚊よけのために作ったお香だったんですが、出来上がってみたら、思いがけない効能があったんですよ」
商会の家は貴族であるローディン叔父様とリンクさんが庶民の生活を知るためのところなので、貴族のお屋敷にあるような空調設備がない。そのため、夏になるととっても暑いのだ。涼をとるために窓を開けているので、どうしても蚊や虫が侵入してくる。
大人よりも体温の高い幼児の私は、いつも蚊の標的となり美味しく頂かれてしまうのである。むうう。
そんな時に思いがけなく農家さんで見つけた除虫菊でお香を作ってもらった。
前世のように着色した緑色の渦巻き型ではなく、素材そのままの薄茶色で、形も真っ直ぐな線香とコーン型だったけどね。まあ、色や形はどうあれ、効果があればいいのだ。
そして目論見通り、出来上がった蚊取り線香は、効果抜群だった!
リンクさんが出来上がったお香を詳しく鑑定してみたら、蚊だけでなく虫全般に効力があることが分かった。その効力は絶大で、お香の力で『虫が即死する』というものだった。
またその持続時間も前世と違い、こっちのお香は一度焚いたら何日もその効力が残るのだ。おかげで私は夏の間、蚊に悩まされることはなくなったのである。
――そしてその蚊取り線香は、他に思いがけない効果も生んだ。
それは、なんと暗殺者の撃退である。
暗殺者としてやってくる魔術師は自らの視覚を生き物に移して、ターゲットを観察し、魔法攻撃を仕掛ける。それは『魔力の目』と言われているものである。
何故私がそれを知っているかというと、『魔力の目』は、私が赤ちゃんの頃から何度か商会の家に侵入して私を狙って攻撃を仕掛けてきたことがあったからだ。そのたびに母様や叔父様たちが護ってくれた。
虫や小動物に『魔力の目』を移した攻撃は、何もできない赤ちゃんの私をターゲットにしていた。私を狙って攻撃することで、私を護ろうとする母様を殺害しようとしていたのだ。
母様はバーティア子爵家で幼い頃からディークひいお祖父様から魔力操作の英才教育を受けていたので、暗殺者の魔力の感知や、対処もできる。
だけど、私をかばうことで母様自身の身を護る対処が遅れる。その結果が引き寄せるのは母様の死なのだ。
だから、ローディン叔父様とリンクさんは商会の仕事場の片隅にキッズコーナーを設けた。
そこには私を見守るたくさんの目があり、商会には魔術師の従業員が幾人もいるため、魔力を感知することが可能だ。結果として暗殺者は私を囮にしてローズ母様を害することが難しくなる。
私が一歳の頃から商会の片隅で過ごしていたのはそういう理由があったのだ。
そして、蚊取り線香を使い始めてから数日後のこと。
暖炉近くに大きな虫がボトッと落ちてきたことがあった。それは暖炉の煙突から侵入してきた暗殺者の視覚を移された昆虫で、落ちてきた時にはすでに蚊取り線香の殺虫成分で死んでいた。
虫の死骸から魔力の痕跡を感じたローディン叔父様とリンクさんが暗殺者を探しに行ったところ、虫と繋がっていた魔術師は、商会の近くで泡を吹いて昏倒していたそうだ。
魔術師が視覚を移したその生き物は『虫』であり、その虫は殺虫成分で即死したのだ。虫の死により魔術師は大きなダメージを食らっていた。
まさかの、思ってもみなかった効果である。
おかげで蚊取り線香は、商会の家では蚊がいる夏だけではなく、年中欠かせない必需品となっているのだ。
そしてその蚊取り線香の効能は、ディークひいお祖父様や、元デイン辺境伯であるローランドおじい様やロザリオ・デイン辺境伯にも共有され、そこから伝染病を媒介する蚊を退治する蚊取り線香として軍の装備品に加えられることになった。病気を防げるだけでなく、さらに敵方魔術師のスパイ行動を防げるので一石二鳥というわけである。後者の理由は公には伏されているけどね。
「すごいですね。魔力の目を使える魔術師は結構な使い手で、偵察されていることにも気づかないこともあると言います。それを、魔術ではなく蚊取り線香一つで退けてしまえるとは」
ルイドさんが感心して頷くと、フィールさんも「そうですね」と深く頷いた。
「私はこれまで魔道具だけに関心を持っていたので、そんな便利なものがあったとは気づきませんでした。さっそくそれも常備することにします!」
そう言って二人も蚊取り線香を装備品に入れると話している。ローディン叔父様とリンクさんもルイドさんとフィールさんのお勧めの装備品をメモしていた。いい情報交換になったみたい。
私も魔法鞄を持っている。フィールさんたちが必需品だと言ったものは私も用意しておこう。備えあれば患いなしだからね!
そして、絶対に蚊取り線香は外せない! よし、たっぷり入れておこう!
あれがあればフィールさんが経験したゾワッと体験からは逃れられそうだしね!
……と、ちょっと安心したら。
くうう~~。と、私のお腹が空腹を訴えてきた。
「あら、アーシェのお腹がお昼を教えてくれたわ」
ローズ母様の言葉に「ふふ、そうね」と、王妃様とレイチェルお祖母様が小さく笑った。
あう。いつもながら食事の時間に正確なお腹である。
私のお腹の虫がなったのが合図になったみたい。
「虫は虫でも可愛い虫だよね」とローディン叔父様が笑い、
「ふふ、そうね」と、みんながくすくす笑いながら、ティーセットを片付け、食事用にテーブルセッティングをし始めた。ああ、何だか恥ずかしい~~。
「ちょうどいい時間になりましたので、お昼にいたしましょう。今日はアーシェラと一緒にお弁当を作ってきました」
とローズ母様が言いながら、ローディン叔父様とリンクさんが持ってきてくれた荷物からお弁当包みを取り出した。
「ええ、楽しみね! 私もお腹が空いたわ!」
うん、いつも美味しそうに食べてくれる王妃様には、特別にお弁当を三個用意してきたよ!
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