297 おとうしゃまかっこいい!
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アーネストお祖父様と一緒に、アーシュさんが初めて邪神の種に対峙したのは、魔法学院入学前とのことだという。
ディークひいお祖父様から魔力操作を教わった後のことで、魔法学院に入学したのは十四歳だと聞いていたから、それから考えると十三歳の頃だということだね。その当時のアーシュさんは、四大魔法をすでに高位の魔術師並みに使えるようになっていて、さらに光魔法もある程度扱えるようになっていたので、アーネストお祖父様が事件の現場に連れて行ったんだって。
「初めてアーシュ様と行った時は驚愕しました。私も魔法学院入学前から魔法を本格的に学んでいて、師匠に優秀だと絶賛されていたので、自分にもアレに対処できるって思いあがっていたんです。でも、結局手も足も出ませんでした」
フィールさんの言うアレとは邪神の種のことだろう。
「まあ、私たちのような従者が一度は通る道だな」
ため息交じりのフィールさんの言葉にルイドさんがうんうんと頷いた。
公爵たちのサポート役には、剣術や体術、魔術、全てに優れた者が付くのが常だ。だからルイドさんとフィールさんは文官ではあるけれど、実は武術も魔術もかなりの使い手なんだって。その二人が『初めての戦いで心を挫かれました』と声を揃えた。
『邪神の種』は世界を滅ぼそうとする神が蒔いたモノだ。それゆえに四大魔法では到底歯が立たない。その種を完全に消し去ることができるのは、この世界の神々が与えた光の力を持つ者だけなのだ。
フィールさんは初戦でそれを思い知ることになった。友人であり主人でもあるアーシュさんの手助けをしたいと思っていたのが、敵のあまりの強さに心を折られ、恐怖で動けなくなってしまい、間一髪のところでアーシュさんに助けられたんだって。
彼はその経験をしたことで、自分の思い上がりを猛省した。
けれどそれ以上に、自分を追い詰めた敵を両断して助けてくれたアーシュさんがものすごく格好良かったらしく、
「親玉を仕留めた時、それまで辺りを埋めつくしていた邪悪な靄や闇が消え去り、それまで遮られていた太陽の光が闇を裂いて差し込んできて……その光の中心にアーシュ様が立っていたんです! その姿が格好良すぎて、感動で震えました!! 今でもその光景は鮮やかに思い出せます!」
と興奮しながら教えてくれた。
うわああああ。
それはフィールさんじゃなくても感動するだろう! 私も見てみたい!
「しゅごい! おとうしゃま、かっこいい!!」
「ええ! お嬢様、お父様は格好良い方ですよ!」
フィールさんは初戦でその実態を知り、それからはそんな危険な敵にこれからも立ち向かっていくアーシュさんを全力でサポートできるようになろうと決めたそうだ。
「私はあちらの方はお力になれないことが多いので、もう一方の虫退治の方に尽力していました」と言うフィールさん。
「? むし?」
って何の虫? と首をかしげた私に、
「目先の利益しか見えない愚かな羽虫たちのことですよ」と答えた。
その羽虫とは邪神の種がらみではなく、リヒャルトに与する者たちのことなんだって。
クリステーア公爵家だけでなく、建国時から続く四公爵家は多くの家臣を抱えている。
その中には己の利権ばかりに執着する者もいる。
敵国に武器にも加工できる結晶石を横流しして懐を肥やしていた、クリスウィン公爵家門のカシュクールのように。
同じようにクリステーア公爵家門の中にも、己の利害関係からリヒャルト側に付いている者が何人もいるんだって。
その家臣の中には己の子女がアーシュさんと同年代ということを利用して、幼いアーシュさんに子女を近づけ、利用しようとしたり、陥れようとしていたとのこと。それは大人になってからも続いていたらしい。
「あれこれと姑息な手を使うんですよね」
そのことに憤然とするフィールさん。彼は同い年のアーシュさんと小さい頃から気が合い、仲が良かった。アーシュさんに邪な考えで近づいてくる子息や令嬢を敏感に嗅ぎ分けて、近づけないようにしていたそうだ。
けれど、アーシュさんが十二歳になったある日のこと。アーシュさん専属の護衛が敵方に寝返って彼を襲い、アーシュさんが重傷を負うという事件が起きた。
小さい頃から心を許していたその相手に傷つけられ、殺されそうになったという現実。そのあまりのショックに、アーシュさんは完全に心を閉ざしてしまい、フィールさんだけでなく、仲の良かった人全てを拒絶してしまった時期があったのだそうだ。
……そりゃそうだよね。私だってセルトさんみたいにずっと側にいてくれた人が急に私を殺そうと襲ってきたら、ショックで立ち直れないもの。
その後アーシュさんは魔力操作の修業のため、クリステーア公爵家を離れ、一年間をバーティア子爵家で過ごした。
やがて修業を終えてバーティア子爵家から戻ってきたアーシュさんは心の傷を克服し、すっかり立ち直っていたんだって。それはよかった。
たぶん、ホークさんとリンクさん、そしてローズ母様とローディン叔父様と過ごした日々が彼の心を癒したのだろう。
そしてクリステーア公爵家に戻ったアーシュさんは、フィールさんを信用できる者として自らの側近に指名し、フィールさんは喜んでそれを受け入れたんだって。
「あちらのお役目でアーシュ様が動いていて忙しい時は、表側の外交の仕事を担っています」と話すフィールさん。
てことは、フィールさんも外交の仕事をしているってことだよね。
外交官は国際情勢に深い知識を持っていて、いろいろな変化にも対応できる柔軟性が必要だ。
さらに語学力やコミュニケーション能力が高くなくてはできないし、困難な状況に陥っても冷静さを保てる精神力の強さが必要なのだ。
外交官はスペックが高くなくてはできない職業だと思う。
それができるアーネストお祖父様やアーシュさんって改めてすごいんだな、と思う。
そして二人をサポートしているルイドさんやフィールさんもすごい!
フィールさんは高いコミュニケーション能力で情報を集め、不案内な異国で怪しげな場所を割り出しアーシュさんのお役目のサポートをしてきたらしい。それはアーネストお祖父様の従者であるルイドさんも同じだということだ。
それも絶対に必要な仕事だよね。
そして、フィールさんたちはアースクリス国から遠く離れた異国で大変な戦いをする主人に、故郷の大好きな味を用意するように努力した結果、料理ができるようになったんだって。
「どこに行っても、やっぱり食べなれた味が一番安心しますよね」
確かにね。私も前世で海外に行った時、数日で日本食が恋しくなったもの。帰国後に真っ先に口にしたのはご飯とお味噌汁で、食べ慣れたその味に『ああ、帰ってきたなあ』と心からホッとしたものだ。
それは従軍したローディン叔父様とリンクさんも同じだったらしい。特に厳冬期の行軍を経験したローディン叔父様は、カボチャの味噌汁で心も身体も温まったと話している。うん、大変な時に心を慰撫するのはやっぱり懐かしい味だよね。
でも、アーシュさんの好物であるカボチャのスープって作るのは大変だと思う。硬いカボチャを切り、鍋で煮た後、網で裏ごしし、それから調味料を入れて味を調整する、と手間も工程も多い。
それでも、アーシュさんのためにフィールさんはいつも頑張って作っていたんだって。
フィールさんはこれまでの経験で魔道具に興味が湧いたらしく、お仕事の休日には魔法道具店めぐりをして新商品を試すのが趣味になったんだって。
そしてある日、フィールさんはバーティア魔法道具店でミキサーに出会った。
「ミキサーに種を取り除いたカボチャと調味料を入れてスイッチを押すだけで、あの手間のかかるカボチャのスープが出来るんです!」
魔道具のミキサーは出来た当初はジュースを作るだけのものだったけど、今はスイッチを切り替えるだけで、温かいものと冷たいもの、どちらでもいけるバージョンのものも販売されている。
「鍋もザルも必要ないのです! 手間も省けるし洗い物も減らせます! ミキサーはものすごい商品です!」
と、フィールさんは瞳を輝かせて、バーティア魔法道具店の店頭販売員さんよりも熱く語っている。
そのミキサーを普段使っている私でも、もう一つ欲しくなるくらいの説得力だ。
それに『洗い物を減らせる』って、完全に食事を作る人の目線だよね。そのせいかすごく親近感が湧いてきた。
ローディン叔父様とリンクさんもそう感じたみたい。フィールさんに親しみを感じたようで笑みが深くなり「じゃあ、うちの商品のミキサーも装備品に入れることにします」と話している。
二人はルイドさんとフィールさんから、その他にも装備品には何が必要か聞いている。
食事を作るには火が必要不可欠だけど、火を熾す手間が省ける火魔法を付与した鍋やフライパンが野外調理で必需品だとフィールさんが勧める。
お鍋に嵌められた結晶石に魔力を充填すればコンロがなくても煮炊きができる。とっても便利な魔道具なので、旅をしながら行商する人たちに人気の商品なんだって。
でも、やっぱり便利な魔道具は高額なので、駆け出しの行商人は普通のお鍋で、そして金銭的に余裕ができたら魔道具のお鍋を買うようになるらしい。
魔道具のお鍋を使う行商人たちは結晶石の魔力が少なくなったら、魔法道具店に持ち込んで魔力充填をしてもらったり、予備の結晶石を購入して備えているんだって。魔力を充填済みの予備の結晶石って、まるで前世の充電池みたいだよね。
お読みいただきありがとうございます。
ここ数話だけ更新速度早めております。
いつもこんな風に更新できればいいのですが……(^-^;




