296 わいるどだなぁ
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「そのうちその土地の料理とか、そこにしかない食材とか調味料にも興味がわいてきたんですよねえ」
フィールさんのその言葉にルイドさんも「そうだな」と同意している。
なるほど、彼らも出先において必然的に調理をするようになり、そこから料理に興味がわいたらしい。
実はルイドさんたちは、私の持っている魔法鞄のように時間を止めるものではないけれど、大量の物を入れられる鞄を持っているらしい。しかも大量の物を入れても重くならない優れモノだ。
だから、ルイドさんたちの所持品には調理道具や調味料一式、そして日持ちする食材が常備されているとのこと。
中に入ったものの時間を止めておくことができる『魔法鞄』は王宮で厳重に管理されているため出回ることはない。
そしてルイドさんたちが持っているものもかなりのレアアイテムだ。
物が大量に入るということは、それを悪人が手にすれば密輸などに悪用する可能性が高くなる。そのため魔法鞄と同じく、こちらも国で所有者管理を厳しくしているんだって。だからどんなに金銭的余裕がある貴族でも手に入れることが難しい。それを持つことができるのは、国王陛下に特別に許可された人だけなのだ。
ルイドさんやフィールさんは、公爵家の特別なお役目の遂行をサポートする立場にある。それゆえに業務に必要であると判断され、その鞄を賜った。
「アンベール国を脱出する時にこの鞄の装備品がものすごく役立ちました」
とフィールさんがしみじみと話す。
今から六年前、アーシュさんがアンベール国王宮で捕らわれた後、フィールさんは大使館の人たちと共にアンベール国を脱出した。
大使館の人たちは、当時アンベール国に漂う不穏な雰囲気から、いつかこんな日が来るかもしれないと思っていた。それゆえに大使は妻子をアースクリス国に置き、あえて単身でアンベール国に赴任していたのだそうだ。
兵士に屋敷を取り囲まれた大使たちとフィールさんは、かねてより準備していた転移陣を作動させ王都の外へと脱出、数週間の逃亡生活を経て、なんとかアースクリス国に帰り着くことができたのだという。
けれど脱出時に大使館から持ち出せた食料は僅かだった。
フィールさんの鞄にはこれまでの経験から日持ちする根菜類や乾物も入っていたけれど、大使や側近、護衛など十数名での逃避行である。それだけの量では、到底アースクリス国に帰り着くまで保つわけはなかった。
「人は食べなければ生きていけません。だから鳥や獣を狩り、森に実ったものを採って食いつなぎました」
さらに、焚火をしたらその煙や焚火跡で追手に発見される可能性もあるため、極力焚火をしないように気を付けた。魔法を付与した魔道具で暖を取り、火魔法を付与した魔道具の鍋やフライパンで煮炊きをし、できるだけ野営の痕跡を残さないよう細心の注意を払って逃亡生活を続けたという。
「大使は最初私の装備品に何故食材だけでなく調理道具一式が揃っているのか、と驚いていましたが、そのおかげで温かいスープが飲めたと喜んでいましたよ」
まあ、普通貴族は調理をしないのが常識だからね。
大使の鞄も陛下に賜ったもので、その中には脱出時に必要な全員分の装備がパンパンに詰まっていたらしい。大使もいつでも逃げられるように準備していたってことなんだね。
フィールさんたちは全員無事にアースクリス国に戻ることができた。そしてその後の調査で、やはりアンベール国はアースクリス国の大使たちを根絶やしにすべく追手を差し向けていたことを知った。
追手は他の誰かが残した焚火跡から見当違いの方向へ行っていたらしい。
大使一行と、そしてフィールさんがこれまでの経験から装備していたものが彼らの命を繋げたのだ。やっぱり備えは大事だよね。
その後アースクリス国に戻ったフィールさんは、アーネストお祖父様に付いてお仕事の補佐をしていた。そしてアーシュさんが戻ってきたら再び彼の側近として仕えることになっている。
フィールさんはアンベール国での経験で、備えが大事だと身に染みた。その時に役立ったものはもちろん、『あれば良かったのに』と思ったものを新たに装備品に加えているらしい。
最近フィールさんは、その装備品にバーティア商会で作られた魔道具のミキサーを加えたんだって。
フライパンや鍋などは調理の必需品だと思うけど、ミキサーはそうでもないよね? と思ったけど、
「これでアーシュ様のお好きなカボチャのポタージュスープが簡単に作れるのです!」とフィールさんがウキウキしながら言った。
おお、そうなんだ。アーシュさんはカボチャのスープが好きなんだね。
そしてアーシュさんの好物を作ろうと話しているフィールさんは嬉しそうで、アーシュさんととても仲が良いのが伝わってきた。
「そうなのか。じゃあ俺たちも装備品を用意しなくちゃだな」
「ルイドさん、フィールさん、いろいろ教えてください」
実はリンクさんとローディン叔父様も、ルイドさんたちと同じく、魔道具の鞄を賜る予定である。
その鞄の話が出た時に装備品のこともさらっと聞いていたけど、フィールさんの実体験を聞いて、リンクさんとローディン叔父様も装備品を揃えておくことの重要性をより強く感じたらしい。
……何年先になるか分からないけれど、いずれは私も『邪神の種』退治をすることになるのは確定である。
その時に二人が一緒に行ってくれるのは、とっても心強い。
私はついこの間まで、近い将来二人と離れ離れになってしまうのだと思っていた。いくら転移門があっても、すれ違いが続けばいつの間にか疎遠になってしまうのだろう、と。
でもフクロウの神獣様は、私のお役目には二人が必要なのだと言った。だからこれから先も一緒にいることになるのだと。そのために力を貸してくれると約束してもらったことで、すごくすごく安心した。
今はただ、二人と完全に離れることがないというそのことが、ものすごく嬉しい。
ローディン叔父様とリンクさんと一緒なら、お役目だって絶対に大丈夫。そう思うから。
光の魔力を持つ者が正式にそのお役目を担うのは、大抵は成人してからになるという。
なのでアーネストお祖父様は、私がもっと大きくなってからお役目のことを教えるつもりだったらしい。でも、フクロウの神獣様が私たちの転移門に手を加えてくれる理由が邪神の種がらみだったことから、『五歳でこのことを知るのは早いが、仕方がない』と複雑そうに呟いていた。
四公爵家の子供たちは、ある程度の年齢になったら悪しきモノを感知する力や、魔力の使い方を身につけていくことになる。けれどその力は一般的な四大魔法ではなく、世界でも使える者が極端に少ない光魔法だ。
子供たちを導くのは、同じ光魔法を持つ親の役目となる。どうやって導くかというと、親と行動を共にして『邪神の種』に対峙する。つまり、実践方式でその能力の使い方と戦い方を学んでいくんだって。
……なんというか、ワイルドだなあ。
まあ、口で説明を受けるより実体験する方が一番分かりやすいとは思うけどね。
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