294 お花見にいこう
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王宮にやってきた。
この頃王宮にやってくると、アーネストお祖父様と一緒に秘密の通路を探検するのが楽しみになっている私である。
そして今日も私は王宮の秘密の通路を歩いている。
いつもと違うのは、今日の同行者はアーネストお祖父様ではなく、王妃様とローズ母様というところだ。
何故かというと、実は今王宮の中にあるクリステーア公爵家のお部屋から続くお庭で桜が咲いているので、お花見をしに一緒に行くことになったからである。
アーネストお祖父様とレイチェルお祖母様はクリステーア公爵家のお部屋でお花見の準備をしてくれているので、今日の道案内は王妃様となったのだ。
前にクリステーア公爵家の周りには桜がたくさん咲いているというのを聞いてから、ずっと見たいと思っていた。けれど、まだ危険人物であるリヒャルトは捕まっていない。クリステーア公爵家はリヒャルトの生家なので、使用人の中にはまだ彼と繋がっている者もいるかもしれない。という理由もあり、安全を考慮した上で、今回クリステーア公爵家の桜並木を見るのは諦めた。
その代わりに、王宮のクリステーア公爵家の庭に一本だけあるという桜を見に来たのだ。
アースクリス国にも桜に似た花はあるけれど、『桜』は久遠国の固有種で、ルードルフ侯爵領とクリステーア公爵領にしかなかった。かつてはクリステーア公爵家の所領であるルクス領にもあったけれど、久遠国のものを嫌うリヒャルトがルクス領を継いだ時に根絶やしにされたのだ。本当になんてことをするのだろう。桜の木に罪はないというのに。
こちらの世界の桜の木も、咲く時期は春。毎年春が訪れると可愛い花を枝いっぱいに咲かせ、満開時には周りをピンクに染め、とっても綺麗なのだという。
その可憐さに桜の木を欲しがった多くの貴族が領地に植えようとしたけれど、根付かなかったらしい。
以前王宮で久遠国大使夫妻を招いての食事会が開かれた際、『クリスウィン公爵家でも桜の木は根付かなかった』とリュードベリー侯爵が話すと、久遠国大使の秋津様は『そうですね』と当たり前のように頷いた。
秋津様とサヤ様は私を見て微笑み、『稲ほどではないのですが、桜も根付く場所を選ぶのです』と言った。そうなんだね。今のところ、この国で桜が根付いているのはクリステーア公爵領とルードルフ侯爵領だということだ。
私はその話を聞いた時、ちょっと気になった。
何故なら、桜の木をバーティア領やフラウリン領に植えてもらって、いずれは桜並木が見れるくらいになればいいなあ、と思っていたからだ。
サヤ様に聞いたところ、『植えてみなければ根付くかどうか分からないけれど、稲が最初に根付いたバーティア領なら大丈夫かもしれないわね』と言っていた。うん、試してみたい。だってバーティア領は私が育った大好きなところ。そこに大好きな桜が咲いている風景を見てみたいもの!
そして、咲く場所を選ぶというその桜の木が何故王宮にあるのかというと、数代前の王妃様がクリステーア公爵家の姫だったからである。そしてその姫は久遠国の神子様である緋桜様の血を引く方だったのだ。
王家に嫁いでしまうと頻繫に実家へ戻ることはできない。そうすると大好きな桜の花を見ることができなくなる。
そのことを悲しんだ姫のために、王宮内のクリステーア公爵家の区画の庭に桜が植えられることになった。
その苗木は王宮の庭にしっかりと根を張り、毎年桜の花を咲かせて、国母となった姫の目を楽しませたのだそうだ。
月日が流れ、王宮内の庭で大きく育った桜は満開となっているとのこと。その桜を愛でるべく、私たちは王宮内にある秘密の通路を歩いているのである。
ローズ母様は秘密の通路を「いいのかしら」とどこか遠慮しながら歩いている。その言葉に、
「いいのよ。ローズにとっても、この道を覚えることは必要なことだもの。王族と四公爵家に連なる者は狙われるから、四公爵家の奥方は皆知っている道よ」と王妃様が答えている。
政敵の妻や子供は格好の人質になる。高位貴族になるほど誘拐などの危険性が高くなる。
王宮とはいえ、死角となる場所は多い。そのため間隙をついて攫われることもある。貴族間の争い事はいくらでもあるのだ。物騒なことこの上ない。
私は以前王宮内にある不思議な回廊を教えてもらっていた。
そこは、王族や四公爵家の直系、そして女神様の加護持ちが通れる安全安心な通路なのだけれど、公爵家の奥方は通ることができない。そのためにこの通路が作られたのだという。
その通路に入るためのカギは、アーシュさんが結婚した時にローズ母様に贈った、クリステーア公爵家の家紋が施されたブローチだ。そこにはアーシュさんの気が込められていて、それがないと通路に入れない仕組みになっている。
家紋のブローチはクリステーア公爵家の一員であることを表すもの。
そしてアーシュさんが私の五歳の誕生日プレゼントに贈ってくれたブローチも同じなんだって。
アーシュさんが血の繋がらない私を受け入れてくれているのを感じて、とっても嬉しい。
私はあの小神殿の森で拾ってもらってから、ずっと……いつかはローズ母様と分かれる別れる時がくるかもしれないという不安を抱えていた。――だって私は母様の実の子じゃないから。
けれどそんな私の思いとは逆に、アーネストお祖父様やレイチェルお祖母様は初めて会った時から、すごく私を大事にしてくれた。私自身が、二人の実の孫娘だと錯覚してしまうほどに。
そしてそれ以上に、アーシュさんが私の存在をすんなりと受け入れてくれたことはすごく驚いた。
本当に? とずっと思っていたけど、誕生日プレゼントをもらったあの日、ブローチにかけられていたアーシュさんの護りの魔法が私を包んだ時、私の中の深いところで、カチリと繋がったような感覚がしたのだ。それが何かは分からないけれど。
そして私を包むアーシュさんの気が、なぜか泣きたくなるほど温かくて、懐かしくて、そしてなんだか抱きしめられている感じがして……自分でも不思議なほどに、アーシュさんは私の心の中にすっと入ってきた。
……思わず『おとうしゃま』と口に出てしまったほどに。
私は、いつの間にかアーシュさんを身近な存在として感じるようになった。
だから、その日からより強く『戦地にいるアーシュさんが無事でありますように』と祈るようになったのだった。
しばらく歩いていくと、すでに見慣れたクリステーア公爵家のお部屋の扉が見えてきた。
この通路は各公爵家のお部屋や王宮内の重要な場所に繋がっている。
私はここ数か月の間、王宮に来るたびに王宮内の探検をして、何度もクリステーア公爵家のお部屋で休憩をしていたので、クリステーア公爵家のお部屋までの道のりを覚えた。どの出入口から入ったとしてもクリステーア公爵家のお部屋にたどり着く自信がある。えっへん。
と、それはさておき、実は目の前の扉にはドアノブがない。
どうやって開くかと言うと、扉に手をあてて登録された者の気を流すと、それがカギとなって自動的に扉が開くようになっている。
公爵家の部屋は、本来当主と後継者、そして彼らが認めた者しか入れないようになっていると教えてもらった。アーネストお祖父様は以前私が公爵家のお部屋にお泊りした時に、扉に私とローズ母様の気を登録してくれていた。なので、隠し通路側の扉も私やローズ母様の気で開くようになっているのだ。
私は王宮探検の時に何度もやっているので、今回はローズ母様が初めてカギを開けることになっている。
母様はちょっと緊張しつつ、手をブローチにあて、もう片方の手をクリステーア公爵家の扉に置く。すると、扉がすっと内側に開いた。
「まあ、本当に開いたわ」
母様は感動して、アーシュさんがくれた家紋のブローチを大事そうにそっと触れた。
うん。『気』が符合して扉が開くって、本当に不思議だよね。
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