291 ふるさとの光景
誤字脱字報告や感想ありがとうございます。
誤字はアップ前に何度も見返しているはずなのですが、結構あるんですよね(^-^;
感想の方ですが、お返事はあまり返せませんがいつも楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします!
目の前に広がったのは、夕焼けが照らし――黄金色に輝く一面の田んぼ。
秋のちょっと冷たい風が身体をなで、そして連なるトンボが目の前を飛んでいくのが見えた。
いつの間にか私が手にしていたのは、たわわな実りで首を垂れ、程よく乾燥した稲だった。
稲わらの清々しくて優しい、そして心地よい匂いが、さらに私の記憶を揺さぶる。
夕日の逆光の中に、束ねた稲を慣れたように家の形に積んでいく人たちのシルエットが浮かび上がる。
その姿を見つけた時に、涙があふれ出た。
もう名前も思い出せず、姿の記憶も薄れているけれど、それでも分かる。あれは、かつての……私の、大事な人たちだ。
幼い頃は家族と遊びに出かけた記憶はほとんどなかった。だっていつもいつも休日など関係なく働き詰めだったから。幼心にさみしかったことを覚えている。
大人になって農作業を手伝うようになってからも、せっかくの仕事の休日を農作業で潰すなんて嫌だと何度も愚痴ったっけ。
――でも転生した今、いつも思い出すのは、こうして家族で笑い合いながら作業をしたこの光景だ。
やがて『ふるさと』の最後のフレーズを歌い終わると、懐かしい光景がすうっととけるように消えていった。
「ああ……とても綺麗な光景だったわね」
ほう、とフクロウの神獣様が頷きながら言う。
あの夕景は私の前世の記憶そのものだった。
当たり前に繰り返される日々に終わりがくるとは思っていなかった頃の、幸せで懐かしい思い出だった。
「あい。しゅごく、だいしゅきだった」
さっきの光景も。……そして光景の中に映っていたもう二度と会えない人たちも。
彼らは前世の私よりずっと前に転生の輪に戻っていった。
だから、もう別の人としてどこかの世界で新たな人生を送っていることだろう。
今の私のように。
魂は転生を繰り返し、魂を昇華していくという。
そしてその魂が、次の生をどう生きるのかを決めるのは、今生の生き方だ。
それを改めて教えてもらったのは、少し前のセレン子爵の事件の時だった。
彼はこれまでに犯した数々の罪により極刑が決まった。けれど、彼が犠牲にした人たちの遺族や被害者たちから『セレンを一息に死なせるなんて生ぬるすぎる!』『もっと自分の罪をその身に思い知らせるべきだ!』と不満の声が次々と上がったのだ。
セレンは非道の限りを尽くしてきた。全てを奪われ死んだ者も、奴隷のように扱われてきた者も数多くいる。だからその苦しみを味わわせたいというのは、当然思うことだ。
だが彼は、リーフ・シュタットが突き刺した楔による激痛が今では全身を蝕み、すでに半死の状態になっているという。放置していてもいずれは命が消えるだろう。だが、彼は法によって裁かれ、罪人として刑を受けるべきなのだ。だからこそ早急に刑が執行されることが決まったのである。
その被害者たちに、カレン神官長が言った。
『今生で一生懸命に生きた人は次の生では報われる生を。逆に罪を犯した者は次の生で辛酸を嘗める生を送る。だからこれほどの大罪を犯したセレンは、次も、その次の生も、その罪を贖いきるまで、何度でも辛い人生を送る。それで納得してほしい』
――と、アースクリス国の神官長の言葉に、被害者たちは『それが世界の理であり、しっかりと罰を受け続けるのならば』と納得することにしたのだ。
彼は己の業を、これからの幾度もの生で贖い続けることになるのだ。それは正しく因果応報というわけだね。
私は、その時のカレン神官長の言葉を思い出して、改めて思い返してみた。
前世の家族はみんな働き者だった。
曲がったことが嫌いで、困っている人がいたら自分に余裕がなくても手を差し伸べるような、お人よしだった。
そんな人たちだから、今はきっと幸せな人生を送ることができているに違いない。
――新しい家族のもとで。
……うん、それでいい。
「しんじゅうしゃま、みせてくれてありがとうごじゃいましゅ」
「こちらこそ。魂が震えるほど素敵な歌だったわ。それに美しい情景を見せてくれてありがとう」
ふふ、と笑って神獣様が私の涙を拭ってくれた。
さっきの光景はフクロウの神獣様が私の中にある記憶を可視化してくれたものだ。
今までも前世は過去のものだと頭では理解していたけれど、感情が追い付いていなかったように思う。思い出したらもう二度と会えないことを思い知らされて泣いてしまうから……だから、あえて深く過去を思い出さないようにしてきた。
今、前世の光景をこうやって視たことで、そして前世の家族が幸せに暮らしているだろうと思えたことで……やっと今、前世を『過去のもの』として割り切ることができたような気がする。
……それでも、きっと懐かしさはこれからも消えないと思うけれど。
私の前世のふるさとは日本。
そして今のふるさとは、アースクリス国のバーティア領。
それでいいのだ。
「しんじゅうしゃま、ばーてぃあのたんぼも、しゅごくきれいなの! さっきのとおなじくらい!」
「ええ、あの夕景はとても綺麗だったわ。今までも田んぼを見に行ったことはあるけれど、今度は秋にも行ってみるわ」
神獣様はどこにでも行ける。これまでも自由にアースクリス国を飛び回っていたらしい。
「あい! きてくだしゃい!」
……あ、でも。
「もちかしたら、あきにはもうあーちぇ、ばーてぃあにいないかもしれにゃい」
今は春。さっきの光景は秋が深くなってからの光景なのだ。もし戦争が終わっていくつかの脅威が取り払われたら、私は――バーティアを、ローディン叔父様やリンクさんと暮らしたあの家を離れてクリステーア公爵家にいくことになる。その日がいつになるのかはまだ分からないが、そう遠くない未来のことだろう。
……また、私のふるさとを……心の拠り所を手放すことになるんだ。
自分で決めたことだし仕方のないことだけど、やっぱりその日が来るのが不安だし、バーティア領を離れるのは悲しい。
王妃様は離れ離れになるローディン叔父様とリンクさんのところに転移門を作ってくれると言ってくれたけど、転移門は魔力が潤沢でなければ開かないのだ。おそらくは私が大きくなるまで、転移門は動かないだろう。
そんなことを思ってしゅんとしていたら、
「なら、扉を作ってあげるわよ」とフクロウの神獣様が言った。
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