290 フクロウの神獣様
4月1日に『最愛の家族』7巻が発売になりました!
auブックパスやhontoのウィークリーランキングでありがたくも1位でした(≧▽≦)
他のところにもランキングに入っていました。
お手に取っていただいた皆様、本当に本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
――あ! びっくりして固まってしまってたけど、ちゃんとご挨拶しなきゃ。
「はじめまちて、あーしぇらでしゅ」
立ち上がってフクロウの神獣様にペコリとご挨拶した。
すると、お腹を撫でられてご満悦だったイオンが、私の手が離れたことに『うにゃん!』と不満の声を出した。眠りながらも撫でて~と体全体で訴えている。
か、可愛い……!
けれど、銀髪銀眼の女性はそんなイオンを見て、呆れたように大きくため息をついた。
「まったく、こうなると獅子じゃなくて本当に猫よね。さっきなんて『ふにゃん』とか『ごろにゃあん』ですもの」
おおう。フクロウの神獣様、サルナシを渡した初めのところからご覧になっていたようである。
「大丈夫よ。そこの酔っぱらいの代わりに帰してあげるわ」
「ありがとうごじゃいましゅ!」
「いいのよ。いつも大地の恵みをありがとう。アースクリスの大地の恵みはどれも力に満ちていて心地良いのよ」と優しく微笑んでくれた。
それにしても、セーリア神の神獣様たちがアースクリス国にいるとは思わなかった。
以前イオンは神様や神獣は一瞬で空間を飛ぶと言っていたから、距離は関係ないのかもしれないけど。
私がイオンに出会ったのは一年ほど前のことだ。
その時、『ウルド国でフクロウの神獣が我を呼んでいる』と言っていた。だからフクロウの神獣様もかなり頻繁にこちらに来ていたことが窺える。
その後ウルド国では獅子の神獣の顕現により、前王マーランド・ウルドが断罪され、新王アルトゥール・アウルス・ウルドへと政権交代がなされたという話を王妃様から聞いた。
そして詳しくは教えてもらえなかったけれど、フクロウの神獣様もそれに深く寄与していたということも。
かつて三国は己の犯した罪によってセーリア神によって放逐された民族だ。
さらに自分たちの都合の良いように信仰を歪めて周知している。
そんな身勝手な者たちを見捨てず、セーリアの二柱の神様はこうして神獣様を遣わしている。本当に慈悲深い神様なんだね。
フクロウの神獣様は数百年前、三国の民をアースクリス大陸へと導いてきた。そしてそれからもずっと三国を見守っていたとのこと。だからセーリア神が与えたやり直しの機会を踏みにじったことに憤りを感じずにはいられなかったと話す。
このアースクリスは創世の女神様がお創りになった大陸だ。
その女神様に背を向けただけではなく、セーリア神二柱の慈悲までも己の都合によって勝手に歪めたのだ。その身勝手な行為は、彼らが住まう地の精霊たちを怒らせたのだという。
だから大地の実りは、アースクリス国に比べて格段に量も質も劣るのだと。
……まさか、歪んだ信仰心が実りに影響していたとは思わなかったよ。
その信仰は今、ウルド国やジェンド国は新国王の指導のもとで、徐々に正しい信仰を取り戻しつつあるそうだ。それに伴って少しずつ大地の力も戻ってきているようだけど、何しろ数百年にわたる歪みなのだ。ゆえに一朝一夕で戻るものではなく、大地が十分な力を蓄えるまでには、まだまだ月日がかかるとのこと。
そしてフクロウの神獣様も、人知れず必要な者に知恵を授けているらしい。そうして戦争が終結した二国の復興の手助けをしているのだという。
……そういえば、セーリア大陸ってどんな国なんだろう?
「しんじゅうしゃま、せーりあってどんなとこでしゅか?」
「基本的にはアースクリス国と似ているわ」
アースクリスの女神さまがたと、セーリアの二柱の神様は姉弟神。姉神たちの創造を見ていたゆえなのか、弟神がその後創造したセーリア国の民の姿や性質は似かよっているのだとか。
「セーリアの特徴はね、手先が器用な者が多いの。そして主な特徴としては、歌や音楽が盛んだということ」
「おうた!」
神獣様によると、セーリア国も結晶石が採れるらしい。ただその量はアースクリス国よりも格段に少なく自国の消費を賄える程度のものであるため、輸出などはしていないらしい。
結晶石が採れるということは、加工する職人もいる。そして手先が器用で音楽が盛ん、とくれば、音楽に必要な楽器を作る職人がいるということである。
こっちの世界にも前世と同じバイオリンやピアノ、フルートなどがある。名器と呼ばれるもののほとんどはセーリア国製なのだと広く知られているのだという。
なので、いろんな国の音楽を愛する人たちがセーリア国に集まってくるのだそうだ。なるほど、納得だ。
そういえば、外交官をしているクリステーア公爵のアーネストお祖父様から聞いたことがある。
遥か昔、セーリア大陸とアースクリス大陸は遠いために交流はほとんどなかったが、現在は造船技術の発展により、大陸間を行き来できるようになった。
けれど、ウルド国やジェンド国、アンベール国はセーリア国との国交は昔から一切ないらしい。
同じセーリア神信仰をしてはいるけれど、三国は選民意識がものすごく強いため、セーリア国を下に見ているというのも大きな要因なのだそうだ。
一方、アースクリス国とセーリア国は国交がある。けれど、アースクリス国の上層部は三国がかつてセーリア国にしたこと、さらにセーリア神信仰を歪めてしまっていることを知っているため、セーリア国との直接的な交易をすることで、三国を刺激してさらなる争いの口実を作らないために、セーリア国との交易は学術国のグリューエル国を通して細々としているんだって。なるほど。今までも三国に気をつかって交易していたんだね。
アーネストお祖父様は、三国との戦争が終結したら、直接セーリア国との交易をしたいのだと話していた。
セーリア国ってどんな特産品があるんだろう。今からその特産品を見るのが楽しみだ。
そして、そのセーリア国の特産品の一つが楽器ってことなんだね。
「だから私は音を聴くのが好きなの。ピアノやバイオリンの音はもちろん、セーリアを流れる風や波の音が作る音、そして人が声で奏でる旋律もとても好きなの」
とフクロウの神獣様が言う。声で奏でる旋律とは歌のことだろう。
「技術的な上手さも必要だとは思うけれど、何よりも一番大事なのは『込められた思い』だわ。歌に思いが込められると言霊となってね、それがとても心地よくてね、私は歌を聞くのも歌うのも好きなの」
そう言うと、フクロウの神獣様は澄んだ声で歌を歌い始めた。
静かな旋律だけど、とても落ち着く声だ。
その歌は、私が赤ちゃんの頃にローズ母様がよく歌ってくれた子守歌だった。
腕の温かさと、ゆっくりで優しい旋律がとっても心地よくて、とっても安心できて、すぐに寝入ったものだった。
「この歌には愛しい我が子を守るという言霊が込められていて、とても心地よくて好きな歌なのよ」
「あい。あーちぇもこのうた、しゅごくしゅきでしゅ」
「歌を聴くと歌っているその人が思っている情景が浮かんでくるの。以前、久遠国の姫が歌った桜の花の歌やふるさとを思った歌がとても印象深かったわ」
あ、久遠国の姫って、それって緋桜様のことだよね!
緋桜様って、たしか私と同じで、前世の記憶を持っていたと聞いていた。桜の花やふるさとの歌って、緋桜様はもしかして日本人だったということ?
そう思っていたら、神獣様がその歌を口ずさみ始めた。
私の記憶そのままの、旋律で。
――『さくらさくら』に『ふるさと』! ああ、やっぱりそうなんだ!
神獣様は、緋桜様が思い浮かべていたという情景を私にも見せてくれた。
一面の桜並木。青空に映えるピンク色の桜に、風に舞う花吹雪。水面に桜の花びらが落ちてつくる花筏。
そして、もう見ることはないと思っていた、ふるさとの情景――
おそらく緋桜様は私の前世の時代よりずっと前に生きていたのだろう。
私の生きていた時代ではない。
私の住んでいた場所ではない。
けれど。その風景は、風の香りも、空の色も、懐かしいものだった。
――だから。
私は、その情景にひかれるように、思わず歌を口ずさんだ。別の、ふるさとの歌を。
すると緋桜様のふるさとではなく、私の心の中にあったふるさと……それを映しとったかのような光景が目の前に広がった。
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