289 ごろにゃああああん!
明後日4月1日に『最愛の家族』7巻が発売になります!
お家に迎え入れてくださると嬉しいです(≧▽≦)
どうぞよろしくお願いします!
バーティア伯爵領から王都の帰りに、クリスウィン公爵領にあるセーリア神殿にやってきた。
クリスウィン公爵領は王都近くにあるので、これまでも何回か訪れている。
私がこの神殿でセーリア神の獅子の神獣に出会ったことは、王妃様を通して私の家族に伝えられているので、私が『行きたい』と言うとすぐに応じてくれるのだ。
イオンは餡子を使ったお菓子が好きなので、新作のイチゴ大福を魔法鞄にたくさん入れて持ってきた。それにちょっと試したいものもあったしね。
今ではお供え物で定番になった、イオンの大好きなあんドーナツとイチゴ大福を詰め合わせた箱を二つ供物台にあげる。
供物の入った箱を二つに分けているのは、セーリア神の兄神様が『自らに捧げられる供物』をとても喜んでくださったとイオンから聞いたからである。
だから捧げものはあえて兄神様と弟神様への供物を別々に(と言っても中身は同じものだけど)用意するようにしたのだ。
かつてこの大陸でのセーリア神信仰は、二柱の神様であるというのに、弟神のみの信仰を何百年も続け、兄神様をないがしろにしてきた。
ゆえに兄神様への祈りや供え物を捧げる者はほとんどいなかったのだ。
壁画が変わって一年経った今、セーリア神が二柱の神様であるということがアースクリス国でも浸透しつつある。このまま年月が流れれば、皆がセーリア神が二柱の神様であることを当然のことのように受け入れるだろう。
◇◇◇
実のところ、私は昨年冬に神獣のイオンに出会ってからは、一度もイオンに会っていない。
それは私が危険なことに遭っていないことと同義なのでなんら問題はないだろう。
けれど、今日は呼んでみようと思う。
……危険に晒されているわけじゃないのに呼んだら、怒られないかな?
――『いおん、いる?』
祭壇の前で手を組み、心の中で呼びかけると、すぐに反応があった。
「どうした? 我を呼ぶとは珍しいな」
すぐに真っ白な空間に誘われ、成猫サイズの金色の獅子が現れる。
うん、大きい獅子は神獣って感じがして格好いいと思うけど、やっぱり私は小さいサイズの方が可愛くて好きだ。
「ええとね、これ、ばーてぃあのもりでみつけたんだけど。いおん、すきかなっておもってもってきたの」
そう言いつつ、魔法鞄に手をかざす。
私の手に現れたのは葉っぱのついたツル状のもので、それには大人の指先ほどの小さな実がついている。
「ふにゃんッ! そ、それは……っ!」
見た瞬間、イオンの目が輝いた!
しかも『ふにゃん』って言った!!
ああ、やっぱりそうなんだ!
「さるなしでしゅ!」
新しくバーティア伯爵領の土地になった山に生えていたサルナシは、前世で猫が好むというマタタビと同じ『マタタビ科』に属していた。マタタビに含まれているという、多幸感を感じたり酔っ払ったりする成分がサルナシにも少し入っていると聞いていたから『イオンも喜ぶかも知れない』と思って持ってきたのだ。前世では獅子もネコ科だったからね。
「女神様に一度いただいたことがあるッ!」
ん? 一度だけ女神様から? って、もしかして。
「せーりあに、ない?」
その言葉にイオンは激しく頭を縦に振った。聞くと、サルナシはどうやらアースクリス国固有の植物のようだ。
あまりにも目を輝かせているので、もっとたわわに実のついたものも魔法鞄から出して一緒に渡すと、イオンは嬉しそうにサルナシを抱きしめてツルに顔をこすり始めた。
おお! 神獣様。まさかの食いつきよう!
前世では、両親が山からマタタビを取ってきて物干し竿で乾かしていたところ、気づいたら猫が何匹もジャンプしてゲットしようとしていた。そしてどの猫も『ごろにゃああああん』と幸せそうだったので、猫は本当にマタタビが好きなんだなと認識したものだ。
前世のサルナシにはマタタビより猫が好む成分は少なかったので、家で育てていたサルナシに群がる姿を見たことはなかったけれど、こっちの世界のサルナシはどうなんだろう。そしてそもそもこっちの猫もマタタビに反応するのかな? と思っていたのだ。
イオンの反応を見るとこっちの世界のサルナシは、マタタビのような多幸感を強く感じる効果を持っているらしい。
イオンは明らかに驚喜していた。
確かに、『女神様に一度だけ貰ったことがある』と言っていたからね。
ハートマークを振りまきながら枝葉に頬ずりし、サルナシの実を食べては恍惚の表情を浮かべるので、本当に好きなんだろう。
「ええとね、さるなしのおしゃけもありゅけど」
まだ仕込んだばかりで出来ていないから次に来た時にね、と告げると、目をキラキラ輝かせてコクコクと頷く。
マタタビはネコ科の動物を虜にするって聞いてたけど、こっちの世界でも同じみたい。こっちにはサルナシしかないみたいだけど、あの食いつきようはマタタビとまったく同じだよね。
サルナシの実でご機嫌のイオンは、新作のイチゴ大福を頬張り、「あんこのお菓子は最強だ~」とさらにご機嫌マックスのようだ。
――そして、急にぱたっと伏せた。
「いおん?」
見ると、ふしゅ~、ふしゅ~、と気持ちよさそうな寝息。
……神獣様、まさかの寝落ちである。
サルナシで酔っ払って眠ってしまった、ということなんだろう。
寝落ちした猫サイズのイオンは可愛いけど、この真っ白な空間に取り残された私はどうすればいいのだろう?
「いおん、おきて。あーちぇかえりたい。ねえ」
揺らすとイオンがゴロンと仰向けになりお腹を出した。まるで撫でてくれと言っているようだ。
そのツヤツヤした毛並みの誘惑に負けて撫でてみたら、『くふふふふ』と笑ったり、『ごろにゃああああん』……
え⁉ 獅子の神獣様も『ごろにゃああああん』って鳴くんだ!
か、可愛い~~!
面白くてさらになでなですると、『ゴロゴロ』とか『ふにゃあ』と声を出したりと、すごくご機嫌である。
可愛いけど……。スピスピと寝息を立てて、一向に起きる気配はなさそうである。
……仕方ない。起きるまで待つか。そのうち目が覚めるだろうし。
諦めてイオンのツヤツヤな毛並みを撫でていると、
「あらあら、酔っ払って寝ちゃうなんて、しょうがないわね」
という声が、私たち以外誰もいないはずの空間に響いた。
そして、バサリという羽ばたきが聞こえたかと思うと、いつの間にか目の前にはすらりとした美しい女性が立っていた。
長い銀髪に銀色の瞳。身体の線にそった白いドレスを纏った目の前の女性は、人間の姿をとっているけれど、この空間に容易に入ってこれる存在が人間であるはずはない。
びっくりして固まっていると、その女性は私を見て柔らかく微笑み、
「会うのは初めてよね。この前は可愛いフクロウをありがとう」と言った。
その言葉で思い出した。
私はこの神殿を何度も訪れている。
そして、何か月か前にこの神殿に来た時、食べ物の供物と一緒に聖布を使って折ったものも捧げていた。
金色の聖布で獅子を折ってイオンを模し、そして銀色の聖布でフクロウを折ったのだ。
『可愛いフクロウをありがとう』って言ったということは、この女性ってもしかして……。
「ふくろうのしんじゅうしゃま?」ってこと?
女性はふふ、と笑って頷いた。
神獣様って人型にもなれるんだ! すっごく綺麗! っていうか、フクロウの神獣様って女性だったんだ。
あ。ってことは、もしかしてイオンも人型になれるのかな? わああ、見てみたい~~!
そんなことを思いつつイオンを見たら、そんな私の心を読んだようにフクロウの神獣様は「そこの猫はその姿がお気に入りなの。滅多に人の形はとらないわ」と言った。そうなんだ。
……それにしても、フクロウの神獣様、獅子の神獣を『猫』って呼んだよ。




