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280/320

280 やっぱり心は幼児です

いつもお読みいただきありがとうございます。


『このライトノベルがすごい!2025』のBESTランキングのWEB投票がそろそろ締め切りとなります。

9月23日まで、一人一回までの投票となっております。

この作品も対象になっていますので、投票していただければ嬉しいです(◕ᴗ◕✿)

よろしくお願いします!

https://ln-news.com/articles/120475


 山からの帰路、私は馬車の心地よい揺れで眠ってしまったらしい。

「アーシェ、目が覚めた?」

「かあしゃま!」

 別荘のベッドで目覚めたらバーティア伯爵邸にいたはずのローズ母様がいてびっくりした。

「一昨日、魔力を使いすぎて倒れたと聞いてとても心配したのよ」

「ごめんなしゃい」

 私はいつも母様と一緒に居たので、母様と離れて何日も過ごすのは初めてだった。そして母様も私もリヒャルトに狙われているので、護衛機関の報告を密に取り合っている。そこで知ったらしい。

「大丈夫だと聞いたけれど、アーシェの顔を見るまで安心できなくて来てしまったわ」と私の頭を優しく撫でながら母様が笑う。

 私は前世の大人だった記憶があるので、数日なら離れても大丈夫だと思っていたけれど、魔力切れを起こして目が覚めた時、母様がすぐ近くにいないことがとてもさみしくて心細かった。

 だから、母様が来てくれたことがすごくすごく嬉しかった。

 ぎゅっとしがみつくと、母様がきゅうっと抱きしめてくれた。ああ、やっぱり母様のぬくもりはとっても安心できる。

「かあしゃま、だいしゅき」

「母様もアーシェが大好きよ」

 前世の大人だった記憶があっても、私はまだ幼児。私の心は母親を求める子供なんだな、と物凄く実感した出来事だった。


   ◇◇◇


 別荘の厨房に行くと、バーティア伯爵家本邸のトマス料理長や料理人さんたちが、視察団一行が持ち帰った果実を使ってフルーツ酒を作るための下準備をしていたところだった。

 なぜ本邸の彼らが来ていたかというと、別荘にはもともと管理人の老夫婦と数名の従業員しかいなかったので、視察団の人数を受け入れるためにバーティア伯爵邸から料理人とメイドが数名応援に来ていたのだ。

「これがサルナシという木の実なのですね。酸味と甘みのバランスが良いし、旨味が凝縮しています」

「確かに美味しい。これが近くで採れるようになったら嬉しいですね!」

「あ、でも挿し木してからは当分実は付かないでしょうね」

「それまでは山に行って採ろう」

 と、もう来年の収穫を楽しみにしている料理人さんたち。うん、サルナシは美味しいので、採ってきてくれたら嬉しいな。

 私が眠っている間に、別荘地の一角にサルナシが植えられたらしい。素早いなあ。

 こちらの世界でも桃栗三年柿八年という言葉がある。そしてサルナシはたぶん三年はかかるはずだ。前世で小さい苗木を植えた時、一年目から三年目まではほんの数粒実がなったくらいだったけれど、四年目からはそれまでの数十倍以上の、数え切れないほどの数の実がなったものだ。

 年数を重ねるほどに木も大きくなり、さらに実がなる。

 サルナシはツル性の植物で成長も早い。前世でも少し見ないうちにわさわさと伸びていてその生命力に驚いたものである。そしてたっぷりの実をもたらしてくれた。前世では晩秋が収穫時期だったけれど、初夏の今でも美味しく食べられるのはやっぱり世界が違う所以なのだろう。

 ふふふ。たわわに実がなるその時がものすごく楽しみだ。

 さてさて、山で動物たちにもらったベリーたちを使って、シロップ作りといこう。

 果実は、シロップ漬けとビネガー漬けにするもの、そしてブランデーバージョンの三通りにする。

 それぞれの果実を洗って、魔法で水分を飛ばして乾かす。水分が残っていると腐敗の原因になるからだ。

 シロップ漬けは果実と氷砂糖を重ねていくだけ。それを基本として、ビネガーを足してフルーツビネガーにする。同じくブランデーを入れればブランデーバージョンの出来上がりである。氷砂糖をいれないブランデーバージョンも仕込んでみた。ここは飲み比べを楽しんでもらえばいい。

「これで、飲み頃になるまで待つだけです」

「おお! 楽しみだな!」

 仕込んですぐに飲むことはできないが、クリスティア公爵は「時間が熟成を促し酒を美味しくさせるのだ。待つことは苦ではないし、その分楽しみは倍増するしな」と待つ時間を楽しみに変えていた。

 山からの帰り道で、ローディン叔父様とリンクさんが「商会の家で漬けこんでおいたフルーツ酒をおすそ分けします」と言ったので、さらに喜んだクリスティア公爵である。

 う~ん。クリスティア公爵のお楽しみはまだ少し先か……。今回の視察でいろいろとお世話になったからすぐに楽しめるものはないかなぁ。


 その厨房に甘い香りが漂ってきた。

 トマス料理長に聞いたら、夕食後のデザートに出すパウンドケーキを焼いているとのこと。視察団の人の分もあるので、結構な本数が仕込まれているらしい。

 あ! 今のタイミングならあれが作れるよね!

「ぱうんどけーき! やきあがったら、ふたちゅくだしゃい!」

「え? 二つって、二切れというですか?」

「まるごと、にほんくだしゃい!」

「丸ごと?」

「パウンドケーキ使って何作るんだ?」

 いつものようにローディン叔父様とリンクさんが聞いてくる。

 うふふ、それはね。

「ぶらんでーのしろっぷをしみこましぇて、ぶらんでーけーきにすりゅ!」

 お酒の染みこんだケーキは、前世での私の大好物だったのだ。ケーキ屋さんにあるともれなく買い、店ごとに風味の違うブランデーケーキを楽しんだものである。

 そして、好きが高じて自分でも作るようになったのだ。

「「ブランデーケーキ?」」

「お酒をパウンドケーキに染み込ませたら、びしょびしょになりませんか?」

 と皆訝しげだ。

 むしろしっとりして美味しいよ? と言ったら、「酒が染み込んだケーキとは‼ それは絶対に美味いはずだな!」と誰よりも先にお酒好きのクリスティア公爵が食いついた。

「それで、何をすればいい?」とローディン叔父様とリンクさんがすぐに作業に入ろうとしてくれた。ずっと前から私の言葉を疑わずすぐに対応してくれる。本当にありがたい。

 一番手間がかかるパウンドケーキが準備できているので、ブランデーケーキは最終工程のブランデーシロップを作って塗るだけである。

 ブランデーシロップは、水に砂糖を煮溶かして粗熱がとれたらブランデーを加えれば出来る。

 それを焼きあがったばかりのパウンドケーキにたっぷりと塗り、油などが染み出てこない紙を二重に巻く。こちらには前世のラップがないので、この紙がよく使われている。

 後はこのまま置いて、数時間かけてブランデーシロップをじっくりとしみ込ませれば完成だ。

 前世では最低半日おくと美味しく食べられた。でも、こちらでは熟成時間が前世の数分の一程度でいけるのである。だから夕食後くらいには食べれると思う。

 さらに時間をかけて寝かせると、よりしっとりとしたブランデーケーキが味わえる。

 熟成時間のことを言うと、トマス料理長たちが残りのパウンドケーキにもブランデーシロップを塗り始めた。どうやら明日以降にもブランデーが染み込んだしっとりしたブランデーケーキを堪能できそうである。

 もちろん、私用にもアルコールを飛ばしたものを仕込んでもらった。ふふふ、出来上がりが楽しみだ。



お読みいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
ちょこちょこ出てくる熟成時間が短い表現はなにかの伏線だろうか…? 自覚はできないけど時間の流れが早いとか?
初めて感想投稿させていただきます。 大変面白く読ませていただいてますが、小説化やコミックスに伴い進まない原作は 残念です。
[一言] パウンドケーキを焼く前なら紅茶の茶葉を追加で……とか、アイシングとかもあったのですが、さすがに無理ですかね
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