278 しゅわしゅわ!
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https://ln-news.com/articles/120475
次は山の中ほどにあるという滝のところに来た。この山は所有者であるカーマイン子爵がこれまでも管理しきれずにいたのだが、数年前に戦争が勃発し、軍医としてさらに多忙となった。薬師たちもそれぞれ戦地に行ったり、戦地の薬の調達に忙しかったこともあり、ここ数年は山に来ることもなく、ほぼ放置状態だったという。
そういった事情もあり、あちこちのお手入れが必要ということだった。まあ仕方ないよね。
「思っていたよりは荒れてはいなさそうだな。木々が過密すぎる場所を間伐してやれば良さそうだ」
「あとは、滝の周辺の整備だな」
「ああ、倒木が重なり合って危険だからな」
さらに進んでいくと大きな古木が何本も倒れていて、私たちの行く手を阻んでいた。
この先には横に三つ連なる滝があって、その滝から始まる川の向こう側に薬師の作業小屋があるのだけど、ものすごく大きな古木が倒れ、掛かっていた橋を壊してしまい、向こう側に渡ることができなくなっていた。
この巨木をどうやって動かすのかなと思っていたら、同行している魔術師さんたちが魔法で古木を動かして、滝から離れた崖下に移動させていた。
建設機械で持ち上げなければ動かないような巨木がふわりと浮かび、さらに風魔法で枝を払い、大きな幹が一定の大きさでカットされ、一か所に積み上げられて行く。巨木は魔術師さんたちの手によって、あっという間にただの木材に様変わりした。ふわ~。やっぱり魔法ってすごいなあ。
私が魔術師さんたちの作業に感動して見ていたら、
「ああ、これか。倒木で塞がれていた泉は」
とローディン叔父様が言った。
見ると、滝周辺の倒木を撤去したところに何やら水が湧き出ているようなところがあった。
泉の周りに堆積していた枝や葉っぱなどを風魔法で払うと、姿を現したのは泉だ。巨木の幹が泉に覆いかぶさるように倒れていたので、葉っぱは泉の中にあまり落ちていないようだ、水は澄んでいて、泉の底からポコポコと澄んだ水が湧き出ているのが分かる。その水は下流へと流れていき、滝からの川と途中で合流しているのだという。
「どれ。鑑定してみるか」
倒木のせいで何年も塞がれていたので、飲むことが可能か否かを調べることは必要なのだ。
リンクさんの鑑定で『問題なし』と結果が出たので、持ってきた水筒に湧き水を入れてもらった。
そして、一口飲んでびっくりした。
「! 『しゅわしゅわ』してる!」
これって、炭酸水だ! 転生してから初めて飲んだ!
「ああ、この泉はアースクリス国でも珍しいんだ」
泉は数多くあるけれども、炭酸泉は国でも数か所しかないらしい。
それに前世の日本と違って、この国では水を販売するというビジネスはない。そのため今まで炭酸水を口にしたことはなかったのだ。
炭酸水を飲んだ瞬間、レモンスカッシュが飲みた~い! と思ったけど、ここには材料がない。ああ~! 魔法鞄に入れてくるんだった~!
それならこの炭酸泉の水を少し持って帰ろう、と思ったら、
「実はうちの別荘地にも同じ湧き水があるんだよ」
とローディン叔父様が言った。
なんと。私が泊まっていたあの別荘にも炭酸水が湧き出ていたとは知らなかった。たぶんこの山と水脈がどこかで繋がっていたんじゃないかな。
やった! 別荘地にあるなら問題ない。
よし! 帰ったら思う存分レモンスカッシュやサイダーを作って飲もう!
◇◇◇
「アーシェ、あそこにお猿さんがいるよ」
というローディン叔父様の言葉で視線を向けると、木の間に何匹ものお猿さんがいた。お猿さんといっても前世のニホンザルではなく、尻尾が縞々で、前世のアフリカとかにいたお猿さんにとてもよく似ていた。
お猿さんは実のついた木の枝を口にくわえて私たちの近くに寄ってくると、草の上にそっと置いて去っていった。その枝の先には大人の親指の先ほどの楕円形をした緑色の実がたわわに付いていた。また、気がつくとリスさんや他の小動物たちも木の実を置いている。次々とたくさんの動物たちが集まってきて、めいめいに木の実を置いては去っていく。
「お礼のようだね」
動物たちを見送ったクリスティア公爵がそう言った。
「おれい?」
「ふふ。森の動物たちの恩返し、というやつだね。木の実がいっぱいだ」
木苺にラズベリー、ブルーベリー、その他にも色々な木の実が積みあがった。
一昨日、浄化魔法の後、私は寝落ちしてしまったので知らないのだが動物たちが私たちの近くに寄ってきたらしい。
動物たちは、自分たちを閉じ込めていた結界が消えたこと、獣のせいで穢れていた森のあちこちが浄化されたこと、そして自分たちのケガをクリスティア公爵たちが癒してくれたことを察したらしい。たくさんの動物たちに囲まれてびっくりしたとリンクさんとローディン叔父様が言っていた。
鹿に猿にウサギ、その他にもいろいろな動物たちが、これまであった結界の境目で結界が無くなったことを確認すると、私たちを何度も振り返りつつ森の中に散っていったと聞いた。
……たぶんこの贈り物の木の実が動物たちの精いっぱいの感謝の形なのだ。
あっという間に木の実が目の前に山と積まれていた。
「見たことがない木の実もあるな。動物たちが食べられるものだから大丈夫だと思うが、一応鑑定はしよう」
リンクさんがそう言い、クリスティア公爵と共に鑑定をする。動物たちの食べ物でも人間が食べられるとは限らないのだ。その鑑定の結果、食用可だったので、ありがたく小休憩のおやつにすることになった。
「うわっ! 猿が持ってきたこの実、エグミがすごいぞ」
リンクさんが顔をしかめた。鑑定で食用と出た木の実をポイポイと口に入れていたのだが、大人の指の先ほどの大きさの楕円形の実を食べ、その渋さに驚いたのだ。
さっきから私がそればかり食べていたので大丈夫だと思ったのだろう。
うん、これって食べ頃をちゃんと見分けて食べなきゃいけない木の実なんだよ。
「かたいのとやわらかいのがありゅ。やわらかいみのほうがおいちい」
同じ枝に実っていても食べ頃がそれぞれに違うので、柔らかい食べ頃のものを選んでみんなに渡す。
「「「あ、美味い」」」
「サルナシの中の実の色は緑なのだな」
と物珍しそうにクリスティア公爵が言う。
そう、これはお猿さんが持ってきてくれた果実、サルナシである。
猿が好んで食べる梨のような実ということで、サルナシ。前世では小桑とか他の別名もあるのだが、鑑定ではサルナシと出たようである。
前世ではキウイフルーツの原種と言われているもので、熟した実はキウイフルーツの味そのもの。サルナシの方が香りが良く甘みも強くて美味しいのでキウイフルーツより好きだった。
実はこの木の実は前世で苗木を買って育てたくらい大好きな果実だった。
前世ではスーパーマーケットで売られているのを見たことがなかった。つまり果物として栽培されてはいなかったものである。
前世では山に生息しているのを見つけるのが難しいと言われる珍果で、毎年のように友人からその実をもらっていたのだけれど、自分でも育ててみたくて苗木を探しまくって植えたくらい、大好きな果実だったのだ。それが思いがけずに手に入ったのだ。本当に嬉しくてしょうがない!
「やわらかいのがおいちい!」
「うん、甘酸っぱくて美味いな!」
さっき未成熟の実を食べて悶絶したリンクさんは、熟して美味しい実を食べて笑顔になっている。うん、よかったね。
「ああ、こんなに小さいのに味が凝縮されているんだな。これは美味い」
「もってかえって、うえたい!」
サルナシは生命力が強い種なので挿し木でも根付くはずだ。
「うん、いいね。ルクス領にも持って行って植えよう」
「ああ、俺もフラウリン領だけでなくスフィア領にも植えてみることにする」
その言葉にクリスティア公爵も同意している。どうやらクリスティア公爵家でも栽培するようだ。
ふふふ。栽培するところが増えたらこれから毎年味わうことができるようになるよね。
お読みいただきありがとうございます。




