273 アンベール国の現状 2(ガイル・メルド視点)
お久しぶりです。
5巻の改稿作業と並行しているので、またまた遅筆になっております。
以前のようにまるっと一か月とか、間が空かないようにアップするつもりです。
気長にお待ちいただけると嬉しいです。m(__)m
彼らはアンベール国に戻るとすぐに、ジェンド国の王太女となったイブシラ様から得た情報から、アースクリス国のとある組織からアンベール国へと密輸入されていた結晶石の流れを掴み、アンベール国軍への供給をストップさせるという大きな成果をあげた。
同時期にアースクリス国側でも密輸出していた組織を次々と摘発したため、完全にアンベール国への供給は断たれたのだ。
同じ大陸にありながら、アンベール国は魔力を溜めることのできる結晶石がとれない。常にアースクリス国からの輸入に頼るしかなかった。そのことも、アースクリス国を手中におさめたかった大きな一因だったのである。
これまでは、あらゆる手を使ってアースクリス国の密輸に手を染めている者たちと繋がり、アンベール国は結晶石を密輸入してきた。戦時下にあっても祖国アースクリスよりも己が利益を優先する輩は数多いる。
だからこそ今まで過不足なく結晶石を融通できていたのだ。だが、ここにきてその繋がりが、ひとつ残らず糸を切られた。
急に結晶石が手に入らなくなったアンベール王国側は慌てた。
密輸入してきた結晶石の殆どは、隣国ジェンドと輸入ルートが同じだったゆえに、事実上アースクリス国の属国となったジェンド国の手によりそのルートは断たれたのだ。
もう一つの独自ルートについては、前述通りアースクリス国側での摘発によるものである。
何十年も知られずにいた盗掘場所や密輸業者の存在は、あることがきっかけで明らかとなった。
それは、女神様の花がアースクリス国のすべての教会に配布されたことから始まる。
アースクリス国は、女神様を象徴する菊の花を全国の教会に配布した。移植後もその様子を何度も見に行き、民と交流する中で得た情報から、結晶石が盗掘され、国の目を欺いて敵国に輸出されていることに気づいたという。
アースクリス国の総司令官であるクリスウィン公爵が、「住民のささいな違和感をなめてはいかん。人とは住み慣れた土地をよく見ているものだからな」と話していた。
そこから犯罪組織を炙り出していったというわけだ。
おかげで、武器となる結晶石の供給を断つことができた。これは戦局を左右するほどの大きな成果である。
アンベール王国側は攻撃用の魔導具はもちろん、守備用の魔導具もこれ以上作ることができなくなったはずだ。今までため込んできたものだけで補っていかなければならない。果たしていつまで保つものか。
「それにしても、己が利益のためだけに盗掘や密売に手を染めていた者の、なんと多かったことか。――教えてくださった女神様に感謝だな」
とクリスウィン公爵がため息をついた。
――アースクリスの女神様。
その言葉に思わず背筋がのびた。
俺の脳裏に、女神様の御手により闇の魔術師が粛清された、あの出来事が鮮明によみがえる。
光が降り注ぎ、あれほどに強力だった闇の結界が溶けるように消え去り、北の森が浄化されていった――あの光景は絶対に忘れることなどできない。
それほどの――圧倒的な力だった。
「よく、その状況で五年も耐えたな」と、北の森の事情を知ったクルド男爵に褒めたたえられたがそうではない。脱出するまでに五年もかかったのだ。――その間にたくさんの同胞が民が亡くなってしまった。
「だが、その五年があったからこそ、メルドは王になる決意をしたのだ。――これは必要な期間だったのだろう」と。カリマー公爵が言う。
「『女神様は必然を与える』といいますからね」
アーシュさんも頷いていた。
確かに、あの年月があったからこそ、俺は『アンベール国と民を守りたい』と強く思うようになったと思う。
北の森に閉じ込められるまではまったく王位に興味はなかった。
だが、北の森でサマールの王ならざる行いを見せつけられ、それが招いたたくさんの同胞の犠牲をこの目に焼き付けてきた。
己の利益と私怨により戦争を起こし、闇の魔術師へ民の命を平気で下げ渡していた。
ついには、民がサマールの苛政に反撃の声をあげたくらいだ。奴は王として守るべき民をさんざん苦しめてきた。
俺は、あの長い年月をアーシュさんやカリマー公爵と過ごし、いろいろな話をした。最後の一年は魔術師のクロムが加わったが、話し相手はこの北の森で生き延びたこの四人だけだったので、仲間意識がわき、自然といろいろな話をするようになった。
アーシュさんからは、彼の母国であるアースクリス国のこと、外交官として各国をまわった彼の話はとても興味深かった。いつか俺も外の世界を見てみたいと思ったものだ。
その話の中で、俺はセーリア神が本来二柱であり、アースクリス国の女神様方がこの世界の創造神であることをカリマー公爵とアーシュさんから教わった。
かつてカリマー公爵はグリューエル国に留学していたことがあるゆえに、セーリア神と三国の関りの真実を知っていたのだ。
本来なら同じくグリューエル国に留学したサマールも知る機会はあったはずだが、やつは遊びほうけていたのだ。その機会を逃したのだろう。
……俺は真実を知り、アンベールを含む三国の民族が限りなく恩知らずであることを知った。
かつて己が犯した罪により、セーリア神に嫌われて放逐されたという事実。
その罪を隠蔽するためにセーリア神を一柱として周知し、セーリア神の姉神様であるアースクリスの女神様の慈悲によって受け入れてもらったというのに、その国にも牙を剥いたのだ。
カリマー公爵が「このままでは歴史を繰り返すことになろう」と肩を落として呟く。その言葉が俺の胸に突き刺さった。かつてセーリア神の怒りにより放逐された祖先。遠い船路を経てやっと安住の地を得たというのに、己の悪行により今また放逐されるのか……。
――アースクリス大陸を追われる。
それがとてつもなく大きな岩のように心にのしかかった。
このまま愚行を続けていけば、限りなく現実になるであろう、その事実が到底受け入れがたかった。
俺の祖国は、アンベール国。
アンベール国で生まれ育ってきたのだから当然だ。
だが、そのアンベール国はアースクリス大陸にある。
アースクリス大陸もまた、俺が生まれた大陸で、故郷なのだ。
祖国であるアンベール国を失い、生まれ故郷であるアースクリス大陸からも追われる。
――そんなのは、嫌だ!
そう、強く思った。
そのためにはどうすればよいか、とさんざん考え抜いた末に、俺は王になると心を決めた。
――五年もかかったが。
そんな俺に「国王になると覚悟を決めるために必要な期間だったのだろうな」とクリスウィン公爵もそう言った。
――女神様は必然を与える。
確かに、さんざん考え抜き、覚悟を決めた今は、自分以外にこのアンベール国を正しく導ける者はいない、とそう感じている。
そして、カリマー公爵やアーシュさん、クロムと過ごしたことも、俺が自分を見つめ、悩み、決意するために必要な時間であり、過程であったのだと――そう思ったのだった。
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