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272 アンベール国の現状 1(ガイル・メルド視点)

お久しぶりです!

今回から数話アンベール国側のお話となります。

ガイル・メルド視点です。


 数か月前、冬が始まる頃にクリスウィン公爵率いるアースクリス軍がクルド男爵領に到着した。

 クルド男爵はもと侯爵であったが、女神様を信仰していることを気に食わなかったサマールによって、言いがかりをつけられて男爵へと降爵となった人物だが、彼自身は王宮で官職を務めていたほどの優秀な人物である。

 彼は降爵と同時に官職を辞して領地に引きこもっていた。

 やがてアンベール国は他の二国と結託し、アースクリス国へ宣戦布告した。

 彼は戦争反対派であったが、官職を辞していたため、すでに王に直接物申せる立場に無かった。そのことが彼が処刑を免れた理由である。

 やがて、アンベール国は凶作による食料難にみまわれることとなる。

 クルド男爵領は他の領地に比べると、減収量はいくらか抑えられてはいたが、それでも戦争による犠牲の多さ、そして王家の名による食糧の略奪行為に怒りを感じずにいられなかったのだ。

 民のことを一切顧みることのない王家の名による行為の積み重ねに憤り、彼はアンベール国を見限り、現政権を倒すことを決意した。


 俺たちは北の森を脱出したあと、クリステーア公爵の助言通り、クルド男爵領に身を寄せた。彼はこころよく俺たちを受け入れ、北の森の現状を知ると、かつての同胞の死に哀しみ、打倒サマールの決意をより強くした。

 そして、今は志を同じくする我々と行動を共にしている。

 

 クルド男爵領にアースクリス国軍が到着した時、俺と共に北の森に封じ込められていた、ゼールランド・カリマー公爵の二人の子供が仲間と共にアースクリス国軍に守られて一緒にやってきた。

 カリマー公爵の長男や孫は、彼と同じく銀髪をしている。銀髪の長男はこの国では生きにくいため、グリューエル国に留学し、そのまま彼の国に仕官していたのだ。

 なぜカリマー公爵や家族がアースクリス国の貴族の血を引く証である銀髪を持っているかというと。――八十数年前、ウルド国の先々代のダリル公爵がアースクリス国の貴族令嬢と婚姻し、三国の中では稀に見る魔力の強い子供が生まれたことに起因する。

 アースクリス国と比べると、強い魔力を持つ者が圧倒的に少ないアンベール国がそのことを知り、アースクリス国の貴族の血を自国の血脈に取り入れて優秀な魔術師を生み出そうと安易に考えたのだ。

 とはいえ、選民意識の強いアンベール国ではアースクリス国の貴族と直接縁づくことに強い抵抗感がある。そこで、ウルド国王家の流れを汲むダリル公爵の娘であり、魔力の強い銀髪の姫を先代のカリマー公爵が娶ったのだ。

 忠臣として長くアンベール王家に仕えてきたカリマー公爵家ならば、王家を裏切ることなく優秀な魔術師を輩出し続けることができると王家は思っていたのだろう。

 そしてアンベール王家の目論見通り、カリマー公爵家には魔力の強い、現公爵であるゼールランド・カリマー公爵が生まれた。

 しかし、彼が強い魔力持ちとはいえ、銀髪に強い忌避感を持つ風潮はアンベールの王家や貴族たちに強く根付いていたため、カリマー公爵はアンベール国において、非常に生きづらさを感じていた。

 アンベール王家は、強い魔力を持ちながら、決して王家を裏切ることのない人材が欲しい。――だが『アンベール国特有の容姿を持って生まれることが大前提』というあまりにも王家や貴族の勝手な思惑を持っていたのだ。それを聞いた時は、心底呆れたものである。

 髪色も瞳の色も親から受け継がれるものであって、本人が決められることではないというのに。

 だが、国王は強い魔力を持った彼を逃がすつもりはなく、公爵家の一人息子だった彼に爵位を継がせた。銀髪ということで周りからの反発があったものの、カリマー公爵の異母姉が先代王の正妃、そして甥が王太子サマールだったため、カリマー公爵が銀髪であっても誰も表立って非難することはなかったという。

 だがサマールの時代になると、雲行きが怪しくなってきた。

 王太子だったサマールがグリューエル国の留学から帰って来た後に、側近候補だったカリマー公爵の長男がアースクリス国の王太子と同じ銀髪だということで「アースクリス国の血を引く側近など要らぬ」と、サマールから解任されたのだ。

 次期国王から見限られた長男は、年の離れた弟に公爵家を継がせて欲しいと告げ、グリューエル国へ渡った。彼はそこで優秀さを買われて職を得、やがて三国の民族以外の女性と家庭を持った。三国間の純血に特にこだわるのがアンベール国だが……彼はもう二度とアンベール国に戻ることはないと覚悟していたため、民族にこだわらずに愛する人を自らの意思で選んだのだろう。

 一方、長男に後を託された次男はアンベール特有のこげ茶色の髪色をしていたが、尊敬する兄のことを、銀髪だというだけで嘲弄し排除するアンベールの風潮に嫌気が差し、留学と称しながら長男を追いかけて彼の国へと渡った。

 戦争が始まる前からグリューエル国にいた彼らは、開戦後、彼の国で匿われた。

 ただ他国に逃れただけでは、追手によりすぐに捕らわれてしまっただろう。

 だが長男はグリューエル国の高官に仕えている人物である。そしてその家族もまた、国の庇護の対象となった。

『罪人の家族である彼らを引き渡すように』とのアンベール王家からの要求を、彼の国ははねのけた。

 グリューエル国は学術国として名高く、あらゆる国からの王族を受け入れているため、他国との繋がりも深い。

 グリューエル国の不興を買うことは彼の国のみならず、複数の国の不興を買うことと同義となるため、彼の国との関係を悪化させるわけにはいかないと、アンベール国側の方が諦めたという。

 ゆえにカリマー公爵の子供たちはサマールによる連座処刑を免れたのだ。さらにカリマー公爵の妻は早くに亡くなっていたため連座処刑の対象にはならなかった。

 ちなみに、俺の家族である両親や祖父母はすでに亡くなっていたため、道連れにされた者はいない。俺は両親の一粒種で、独身だからだ。

 俺が結婚しなかった理由は、言わずもがなである。サマールは己の血脈以外の王族を常に監視し、些細なことで命を奪っていた。大事な者を守りきるためには俺には味方や力がなさすぎる。そう思ったゆえのことだ。

 カリマー公爵は、この北の森に来た当初、「サマールが甥であったゆえに評価が甘くなってしまっていた」――と幾度となく後悔を口にしていた。

 カリマー公爵が、サマールが提案したアースクリス国侵攻を引きとめようした時に一度見逃されたのは、病床にあったサマールの母――王太后様のとりなしがあったおかげだという。

 だが、戦争が始まり犠牲者の多さに堪えきれず苦言を呈した結果、カリマー公爵は逆臣として捕らわれてしまった。その時王太后様が亡くなっていたことも、カリマー公爵を見逃す理由がなくなったということなのだろう。

 外戚であるカリマー公爵すらも冷酷に切り捨てたサマールは、次々と反対派の貴族たちを粛清し始めた。――そう、刑の執行は北の森で、だ。

 その結果、アンベール国の政を担う優秀な人材は激減してしまった。

 

 一年ほど前、俺たちが北の森を無事に脱出した後、アースクリス国のクリステーア公爵を通して、グリューエル国へと繋ぎをとった。

 俺とカリマー公爵が現王家を倒す決意表明をしたところ、今回グリューエル国からカリマー公爵の息子たちと共に、彼の国に保護されていたアンベール国の留学生数名が戻ってきた。留学できるくらいの財力があるのは、アンベール国において貴族だけだ。彼らはそれぞれに事情がありグリューエル国にいた者たちである。国内の不穏な空気を読み取って親が留学をさせたり、学問を究めようと長い間留まっていた者や、祖国の考え方が嫌で出た者もいる。

 アンベール国の貴族子息であった彼らは、『アンベール国、ウルド国、ジェンド国はどの民族よりも貴き民族である』いう考えを植え付けられていた。だからこそその純血を守ることが大事だと教え込まれていたのだ。

 ――だが、彼らは、グリューエル国である事実を知り――その自尊心を粉々に打ち砕かれた。

 グリューエル国は『開闢記』がある地だ。

 開闢記は世界の始まり、神々の創造などの真実が『()()()()()()()()()』により記されているものである。

 開闢記は見えざる神の御手により記された書として、世界にその存在を広く知られていた。

 そして、一目それを見たい、とグリューエル国に人々が集う。

 アンベール国から留学してきた彼らも、見てみたいと好奇心をかきたてられた。いわゆる神により記された、この世界の真実を――

 そして、知ったのだ。


『アンベール国、ウルド国、ジェンド国はセーリア神二柱の怒りを買い、神の手により放逐された民族である』――ということを。


 もちろん、それを知った彼らはただならぬ衝撃を受けた。

 どの民族よりも優れていると自負してきたというのに、真実は、神に嫌われ、放逐された――愚かな民族である、と知ったのだ。

 嘘だ、と否定することなどできるはずもない。

『開闢記は神の御手により真実のみを記している』ものなのだから。

 ――開闢記により真実を知った彼らは、これまでの考えを百八十度改めるしかなかった。

 開闢記は、誰もが見ることのできるものではない。

 必要な者に、必要なことが示されるものである。

 それを見ることができるのは、その者にとって必然であるからなのだ。

 その意味を知る彼らは、真実と真摯に向き合い、驕りというフィルターを取り払い、物事を見るようになった。もともと開闢記を見ることを許されたほどの彼らだ。やがて、彼らは曇りのない目で真実を見極めることができるようになっていったという。


 やがて起きたアースクリス大陸における戦争は、彼らに衝撃を与えた。

 彼らは、祖国をグリューエル国から客観的に見ることとなった。

 そして、数多の者の口から自分たちの祖国に対する非難を耳にしてきたのだ。

 だがその非難は当然のことであると、受け入れざるを得なかった。

 かつてセーリア神に放逐され、流民となった自分たちの祖先を受け入れてくれたアースクリス国に、まさしく今『恩を仇で返している』のだから。

 それも三国が共闘して、たった一国を襲っている。

 ――彼らは、周りからの非難の言葉を受け、自分たちがアンベール国出身であることを恥じた。

 やがて彼らは、あることに気づき――慄いた。

 それは、開戦から半年の間に五度も行われた三国の一斉攻撃が打ち破られた現象のことである。

 竜巻、激流、砦を破壊尽くした雷――その現象が、数百年の昔、セーリア大陸において起きた史実(もの)と酷似していたことに。

 三国の純血主義に選民意識。その愚かな本質は変わっていないのだ。ゆえに過去と――『同じことを繰り返している』のだ。

 それに気づいた時、頭をよぎったのは――『過去と同じく罰が下される歴史をも、繰り返される可能性が大いにある』ということだった。

 かつての祖先は、己の愚行により、住まう地をセーリア神に沈められ三国の民族は放逐された。それと同じことが、再び起こりうるのだ――そう、今度はアースクリス国の女神様の御手により。

 だが、同じ愚を繰り返す民族を果たして神様が何度も許すだろうか、という疑問が頭をもたげた。もしかしたら民族ごと消し去られるかもしれない。

 長い歴史の中、他の大陸においてそういうこともあったのだ。可能性は限りなく高いだろう。

 そのことに考えが至ると、どうにかしなくてはいけない、と焦りが浮かぶ。

 このままでは、いずれは過去の二の舞となるだろう、と。

 彼らにとって、アンベール国は祖国である。そのアンベール国は何百年も前からアースクリス大陸にあるのだ。その地はすでに自分たちの『帰る場所』なのだから。

 このままではいけない。

 祖国を失くしてしまうことは彼らにとっても耐えがたい事である。

 だが、今のままのアンベール国では、駄目なのだと。誰かがアンベール国を正しき方向へ導いていかなければ、過去の二の舞となる。

 そう思い至った彼らは、グリューエル国にアンベール国へ向かうことを願い出た。

 だがグリューエル国側は、時期尚早だとして彼らをグリューエル国へ留めたのだ。

 その時、グリューエル国のグレイン公爵が言った言葉は。

「この世界は、アースクリスの女神様により創造された世界だ。『女神様は必然を与える』といわれている。三国の民族が滅びるのであればそれも必然。――そして今後、そなたらがアンベール国へ戻る道筋ができたとすれば、それも必然なのだ。その時まで待つが良い」と。

 戦争反対派の者は次々と処刑されているという現状で戻っては、すぐに処刑の対象となるだろう。それでは無駄死にとなる。

 時を待て、と。

 彼らはグレイン公爵の言葉に頷き、グリューエル国で情報を集めつつ、『その時』を待った。

 カリマー公爵の息子たち、そしてジェンド国のイブシラ公爵令嬢たちと共に。

 そして、イブシラ様がジェンド国に戻り――俺、ガイル・メルドが声を上げると、彼らはすぐに協力を申し出てきた。

 祖国であるアンベールを本当の意味で救うためには、現王権を倒さなければならないのだ、と決意して。


お読みいただきありがとうございます!

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