271 決意(ガイル・メルド視点)
4月1日に『最愛の家族』第4巻が発売になりました!
お家に迎えて頂けるとうれしいです(*^-^*)
今回はアンベール国のガイル・メルド視点です。
ちょっとシリアスです……。
俺はガイル・メルド。現アンベール国王の又従兄弟にあたる侯爵だ。
もう六年も前になるが、軍の司令官をしていた俺は、王宮に呼ばれ、国の決定事項を告げられ――その内容に驚愕した。
それは、ウルド国とジェンド国と共闘して、隣国のアースクリス国を滅ぼすというものだった。
何ということを計画するのだ。
俺はその決定に真っ向から反対した。その結果、すぐに捕縛されて北の森に連れていかれたのだ。
その時のアンベール王サマールの――あの歪んだ笑みは忘れられない。
俺は幼い頃からずっとサマールを立てて、目立たぬように立ち振る舞ってきた。
アンベール王家は権力欲が強く、血を分けた兄弟間で玉座や地位を巡って命を奪い合う、苛烈な一族だ。
ゆえにそれを知る父は、従兄である前アンベール王に恭順を示すことで、メルド侯爵家を守り生きながらえてきた。前王はアンベール王家の者にしては温厚な方であったので良かったのだが、その唯一の後継者がサマールであり、その性格は傲慢そのもの。さらにアンベール王家の苛烈な気質を色濃く受け継いでいた。
そして次期国王という座に胡坐をかいてまったく努力する気がない。そんなサマールに呆れた国王が、学術国のグリューエル国で学ぶようにと留学をさせたのは、サマール自身が世界を知ることで、アンベールの未来の国主たる自覚を持たせようとしたためだったのだが――サマールは父王のそんな思いとは逆に、留学期間の二年を遊び暮らした。
その結果は言わずもがなである。前王が課した交易の仕事は無残な結果となった。
だが呆れたことに、サマールには『反省する』という感情は欠落していたらしい。父王の叱責や貴族たちの嘲笑に憤慨し、「比べられるのはあいつのせいだ!」と同時期に留学していたアースクリス国の王太子にいわれなき怒りをぶつけたのだ。
アースクリス国の王太子は留学期間にしっかりと学び、首席で卒業した。
それは彼の努力の結果であって落ち度は一切ないのだ。それなのに、サマールは事あるごとに彼と比較されることにより、彼に恨みを募らせていった。
まさにどうしようもない逆恨みというやつだ。自分の行いを振り返ってみろ、と心の中で何度も言ったものだ。
やがて、サマールはアースクリス国の王太子へ暗殺者を送った。
さすがに「やりすぎだ」と忠言した者が何人も処罰されていなくなり、そのうちサマールの周りにはサマールに決して逆らわない者たちばかりとなっていった。
俺は父と同様に、少年の頃から政治にかかわる中央の官職から距離を置き、軍に身を置いていた。王族の末席として、王族の身辺警護やアンベール国の王都を守る軍の統率を担っていた。
時が過ぎ、前王が崩御しサマールが即位した。彼には複数の妻がいて十人を超える子がいる。俺の持っている王位継承権が限りなく下がったためと、ずっと恭順を示してきたことで王族に逆らわない者と認識されるようになり、やっと一息つけるようになった。
だが、そんなある日、突然アースクリス国への侵攻を命じられた。
それも三国が共闘して一斉攻撃する。俺にその陣頭指揮を執れ、と。
「何を驚く? これまで何度も先祖たちはアースクリス国を手に入れようとしてきた。私が先祖の悲願を果たすのだ」とサマールが言う。
確かに、アンベール国は豊かな実りを結ぶアースクリス国に嫉妬し、彼の国を手に入れようと何度も戦争をしかけてきた歴史がある。近年においてもアースクリス国の領土の一部をかすめ取ろうと、まるで恒例のように国境を接している場所で戦闘があるのだ。――その度に敗北を喫しているのだが。
「アースクリス国はこの大陸で一番大きい国だ。確実に滅ぼすために、我らと祖先を同じくするウルド国とジェンド国が手を組むことにしたのだ」
他の二国も我が国と同様にアースクリス国に何度も戦いを仕掛けている。
ウルド国の王弟は留学の際にサマールと意気投合し、留学の二年間を遊びつくした。――つまり、ウルド国の王弟もサマールと同じく自分本位の人間だということだ。
それにウルド国といえば、宰相の一族であるマルル公爵家が何代にもわたって王家を操ってきたという話を聞く。前王とその父王を殺害し、王家を乗っ取った一族だ。そんな卑怯者の血を引く奴らと手をくむだと? ――考えるだけでもおぞましい。
さらにサマールはアースクリス国を叩き潰すために、ジェンド国と強固なつながりを持つためにジェンド国王の妹を娶ったと言う。
その他にも準備を着々と進めていたらしい。機は熟したと、恍惚の笑みを浮かべる。
「――ああ、やっと、あのにっくきアースクリス国王を殺せる」
その時の、狂気を宿した瞳にぞくり、とした。
あれほど国王の務めを面倒くさいと言っていたサマールが、近年積極的に外国を歴訪したり国内を視察に行ったりしていた。やっと国主の仕事をする気になったのだな、と安心していたというのに、その行動のすべてが隣国であるアースクリス国を滅ぼすためだったとは思いもしなかった。
一度標的にしたら決して諦めない――なんて執拗なのだ。
しかもサマールのアースクリス国王に対するその思いは、完全なる逆恨みだというのに、まるで討つのが当然かのように言っている。
先祖の悲願と言うが、お前の目的はただ一つだろう。自らを貶めたという逆恨み――それが原動力。
――なんと、愚かしい。
そのために、他の二国と手を組んだのか。
いくら歴戦全勝のアースクリス国とはいえ、三方から一斉攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。そしてサマールは躊躇うことなくアースクリス国の民を虐殺するだろう。女子供関係なく。それが容易に想像できて、吐き気がした。
それを俺が司令官として指揮するだと?
――そんな人の道に悖ることなど、絶対にするものか!
――俺はその時、心を決めた。
「お前の逆恨みに付き合うつもりはない」――と。
たとえ、ここで命を断たれようとも。
――俺は、サマールと決別した。
案の定その場で捕らわれた俺は、転移陣で北の森へと連行された。
到着したのは崖の上。
崖の切っ先まで歩かされると、ある魔術陣が森全体にかけられているのが見えた。それは、魔力を封じる魔術陣である。
――なるほど。魔力持ちが魔術を使って助かる可能性を潰しておこうというやつだな、と理解したくはないが――理解した。
そして、魔力が封じられた次の瞬間、崖から突き落とされたのだ。
このまま地面に叩きつけられれば確実に即死である。
だがこの森はかつて軍の演習場だった。兵たちの教官として俺はかつてこの森を調べつくしたことがある。どうやったらこの場を切り抜けられるかを知っていたのだ。
ゆえに、俺は崖の中腹に降り立ち、転落死を免れることができた。
そして、すぐに森から抜けようとしたところで、異様な気配を感じて足を止めた。
――そこには、数多の遺体があった。すでに命の灯が消えたそれは、見知った者の顔ばかり。
かつてサマールが煙たがっていた貴族たちのものだった。
まわりをよく見てみると、線を描くように人が倒れている。まるでこの先から出られないかのように。死んでいるというのに、腐敗もしていないその光景が異様に恐ろしかった。
そして、何か透明なものに寄り掛かって息絶えている者を見つけたことで、そこに越えられない、さらには見ることのできない、結界が張られていることに気がついた。
「ああ、残念。もう少しで新たな力が手に入ったのにな。この死の結界に気づく人間がいるとは思わなかったな」
そう言って透明な壁の向こうに現れたのは、浅黒い肌と異国の顔立ちの――一目で魔術師と分かるいでたちをしている男だった。
それが、サマールが他の大陸から引き入れた闇の魔術師との出会いだった。
その後はとにかく必死に生き抜いてきた。
前述したように、この森はかつて軍の演習場であった。ある日突然国王権限で閉鎖されたため食料を始めとする軍の備蓄がそのまま残されていたのが幸いだった。
俺は生活の拠点として近くに小川がある狩猟小屋を選んだ。水の確保は何よりも大事だからだ。
そしてこの森で過ごし始めて半年近く経った頃、アースクリス国の外交官であるアーシュさんを助けたのだ。
その半年後にはカリマー公爵、そのまた三年後には魔術師のクロムがこのいつ終わるともしれない生活に加わった。
他にも崖の中腹で助けることができた者が数名いたが、転落死を免れたものの、絶望感にさいなまれて自ら命を断った者が何人もいた。
それは、サマールが反逆者とみなした貴族の家族をもこの森で連座処刑をしたからだ。目の前で大事な家族を失い、ただ一人生き残ったことに絶望して、自ら死の結界に触れて命を断ったのだ。
――その光景をサマールは闇の魔術師と共に平然とした表情で眺めていた。
どこまで奴は残虐なのか、と怒りに震えた。
王とは民の親であり、民を守り導く存在であるはずではないのか。
サマールのまるで王とは思えない所業が、そしてそれを目の前にしながら止めることのできない自分が、ただただ腹立たしくてしょうがなかった。
◇◇◇
カリマー公爵と俺は、森で亡くなった同胞の遺体をそのままにすることはできずに、墓を作った。
その度になぜもっと早くサマールを排除しなかったのか、とカリマー公爵と共に後悔にさいなまれる。
犠牲になった者たちのほとんどは、サマールをいさめて正しき道を示した者たちばかりだ。
国を愛し、国を思う者がこんな風に命を落としていくことは、絶対におかしい。
サマールがただ一人の王家直系ということだけで、権力をふりかざす。そんな者が国主であってはいけないというのに。――サマールがそういう人間だと薄々感づいていながら、俺たちはあいつが唯一人の直系王族であるということにとらわれ、あえてその残虐性を直視しようとしなかったのだ。その結果が――これだ。
民を思う心ある同胞の貴族たちがいなくなったアンベールは、サマールにおもねるものばかりになっただろう。そしてそれは、国が乱れることに直結している。
だがあいつはそれを気にすることなく、今までと変わらずに玉座でふんぞり返っているはずだ。
――今すぐサマールを玉座から引きずりおろしてやりたい。
だがこの結界に封じ込められている以上は絶対に不可能なこと――さらに一向に脱出の糸口が見えない状況に焦りだけが募っていく。
――そして、俺が捕らわれてから四年経った頃、この北の森にやってきた魔術師のクロムが、いろいろとこの国の現状を語った。
そもそもクロムは、反乱軍を皆殺しにしろという命令に背いて、この森の処刑場送りにされた者だ。
凶作続きにより食料難となっているにもかかわらず、一切免除せず、決められた税を強行に取り立てたあげく、僅かに残った食料をも強奪していくのだという。
それも、王家の名の下に、軍が行っている。
俺は、その言葉に驚愕した。
軍とは国を守る。ひいてはアンベール国の民を守るためのものだ。
それなのに、家を襲って、食糧を強奪するなど、まるで盗人のすることだ。
それが、王家の名でしたことだと?
王とは国の民を守るためにいるのではないのか?
身分とは下の者を守るためのものであって、虐げるためのものではなかったはずだ‼ これでは身分をふりかざすただの悪党だ!
――俺はいったいここで何をやっているのだ、と何度も何度も自分を責めた。
俺が王なら民を苦しめる戦争は絶対におこさない。
俺が王なら絶対に闇の魔術師をひきいれない。
『俺が王だったなら』民を苦しめないのに――と、ずっとずっとそのことばかり思ってきた。
そして――光が降り注ぎ、長い牢獄暮らしから唐突に解放されたあの日。
俺は、女神様の御力を目の当たりにし、『女神様は必然を与える』という言葉で、自分のするべきことをはっきりと感じた。
俺はアンベールをサマールの魔の手から救い出す。
そして慈悲深き女神様の御心に今度こそ報いなくてはならない、と。
その時俺は決意した。
サマールを廃し、玉座をとると――
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