267 そんなスキルが必要なの?
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二人は私をじっと見た後、
「「魔法学院――」」
と言いつつ、思考を巡らし始めた。
「……そうか。魔法学院ならば、王宮に近く情報も得やすい。リヒャルトが玉座を奪うためには、常に新しい情報を掴むことは重要だからな。しかも魔法学院は歴史が古く使っていない建物も複数ある」
「生徒の学び舎で、生徒たちを守る為に警備員も配置しているが――魔法学院の中に、リヒャルトの信奉者がいたとしたら、侵入も潜伏もいかようにもできるな」
自分の利益だけを追求する者は何処にでもいる。
己が得るもののために、それがどんな残酷な事であっても躊躇わない――リーフ・シュタットが死に至るまで、己の欲の為にその能力を搾り取って搾取したセレン子爵のように。
「――なんだか、複雑だな。職員の中に裏切り者がいるということだろう……」
数年前まで魔法学院の教師だったクリスフィア公爵が複雑な表情を浮かべる。これまで『魔法学院の生徒を守る』という一点において、魔法学院の教職員皆が同じ気持ちでいる、という自負があったのだろう。
それに長年魔法学院にいたクリスフィア公爵は、魔法学院の教職員の殆どと関りがある。だからこそ、彼らを信じ、これまで疑いの目を向けることはなかった、と語る。
私は、公爵二人がすんなりと私の言葉を受け入れたことに、ちょっと驚いた。
私は魔法学院に犯人たちが隠れていると思ったけれど、何の根拠もない。だから、
「あーちぇ、そうおもっただけ」
もしかしたら私の見当違いかもしれないと言ったら、公爵二人は、
「――いや、その可能性は限りなく高い。そして考えてみれば、あそこほどリヒャルトにとって都合のいい場所はないのだ。――あいつらは百人以上の生徒の命を人質に取っているということになるのだからな」
「っ! 確かに」
ローディン叔父様とリンクさんが声を上げた。
「魔法学院に潜伏しているのであれば、魔法学院内部のことに明るい者が手引きをしているはずだ。これだけ長く匿うことができるならそれなりに力を持つ者、――それも複数人いるはずだ」
クリスティア公爵の言葉に、クリスフィア公爵が頷く。
「――そして、魔法学院の生徒の中には私の子供もいる」
「「――――‼」」
「私は元教師で、今でも頻繫に魔法学院に出入りしている。教職員は知っている者たちばかりで気心もしれている。だからこそこれまで全く疑ってこなかったのだ」
と悔しそうに言った。
それは犯人側もそう思っていたゆえに、そこを潜伏場所として選んだのだろうと思う。
これまでの捜査の間にもクリスフィア公爵は度々魔法学院に訪れていた。そして、魔法学院との提携事業としてローディン叔父様とリンクさんも魔法学院に行っていたのだ。
そこにずっと探し続けている犯罪者が潜んでいるとは知らずに。
おそらくほくそ笑みながらその様子を奴らが見ていたのだと思うと、はらわたが煮えくり返るようだ、とクリスフィア公爵が唸る。
「魔法学院はその生徒の殆どが貴族子女たちだ。彼らを不穏な考えを持つ者から守る為の厳重な警備そのものが、あいつらを匿う為に利用されたということだな」
「魔法学院には教師だけではなく、大勢の職員がいる。寮を管理する者もいるし――その中にリヒャルト側の人間がいるのだな」
「リーフ・シュタットの事件以降、彼のような悲劇を繰り返さないようにと思っていたというのに。その厳重な警護を逆手に取られて利用されていたとはな」
公爵二人が大きくため息をつく。
そして、改めて私たちを見て言った。
「――リヒャルトの隠れ家で見つかった魔術の痕跡から、強力な魔道具が使用されていたことが分かった。――強力かつ禍々しい力の残痕があったのだ」
「「まさか」」
ローディン叔父様とリンクさんの声が重なる。
「ああ、魔術の属性からいくと、闇の魔導師が作ったであろうと推測されるものだ。相手の放った魔力を打ち消し、逆に己のものとする魔道具だ」
闇の魔術師の力は、命を代償にすることで何十倍何百倍にも強力になると教えてもらった。だから四大属性の力では太刀打ちできないのだと。
そんな闇の魔術師が作った魔道具をリヒャルトやその仲間が持っていると推測されているのだ。
「魔法学院はいろいろな魔術を扱う場所。ゆえに建物ごとに結界を張っている。そして特殊な魔道具も多種類保管されている。それらを盗難から守り、その独特の気を抑えるための特殊な魔法道具も結界もある」
「――その結界をも、やつらの持つ禍々しい魔道具の気配を消すために利用されたということだな。――そこから考えても相当に魔法学院の内情を知る者が関与しているようだ。はあ、いったい何人になるやら」
ため息をつく、クリスティア公爵。
「調査は私が適任だろう。魔法学院に出入りしても不思議がられないからな。……全員ただではおかない」
怒りを抑えた声でクリスフィア公爵が言う。
確かに。彼は元教師で、今でも頻繁に魔法学院を訪れているのだ。本人が言う通り、適任だ。
「ああ、その方が怪しまれないしな。そっちの方は頼む。――その間のアーシェラちゃんの護衛機関の方は私が責任を持って見るから心配するな」
クリスティア公爵の言葉にクリスフィア公爵が頷く。
どうやら暫くの間は、クリスフィア公爵の代わりにクリスティア公爵が私の護衛機関の長を務めることになりそうである。
でも、本当にリヒャルトが魔法学院に潜んでいるのかな?
そう言ったら。
「気がついていなかったかい?」
とクリスティア公爵がにこりと笑った。え? 何のこと?
「さっき、魔法学院の話をアーシェラちゃんがした時、瞳に金色の光があったんだよ」
え? そうなの?
じゃあ、さっきクリスティア公爵とクリスフィア公爵が私を見て固まったのは、それのせいだったのか。
「金色の光は、女神様の肯定と言われているのだ」
その言葉は以前聞いたことがある。昨年の誘拐事件の時に「菊の花が視えた」と言った時も、私の瞳の奥に金色の光があったのだと聞いた。
その時に教えられたこと。
レント前神官長やカレン神官長が、授かった女神様の水晶。それは女神様の意思を確認できるものである。
女神様の肯定は水晶が光り輝き、否定は黒く濁ると聞いていた。
その水晶と同じで、私の瞳の奥にあるという、女神様の祝福の印が金色の光を放っている時の言葉には意味があるということらしい。
「女神様は加護を与えた者を通してこの世界に干渉すると言われているからね。王妃様がもつ力もその通りだし。――だから、アーシェラちゃんの言葉を通して彼の御方は我々に教えてくれたのだよ。闇の魔術師の作りし魔道具は、凶悪。しかも女神様の啓示があるくらいだから、相当に危険なものなのだろう。奴らを見つけて子供たちを守れと女神様は仰っているのだろう」
そう言いつつクリスティア公爵がクリスフィア公爵を見、二人で深く頷いた。
「ようやく奴らの尻尾を捕まえられそうだ。――厳しい状況だが、絶対に生徒を護り、奴らを捕まえてみせる」
「まずは内通者の洗い出しだな」
学院の生徒や教師、職員など何も知らない人たちを大勢人質に取られている状態だ。
今すぐ乗り込んで救出したいのはやまやまだが、そうなると隠れている犯罪者を逃してしまう危険性もある。それにリヒャルトたちを匿う意思をもつ彼らの仲間を捕まえることができずに見逃してしまったら、また同じ愚を繰り返すだろう。
今は誰が内通者か突き止める。同時にリヒャルトの居場所を突き止め、一網打尽にする。
それが大事なのだ。
――ゆえに、気は焦るが慎重に動かなくてはならない。
この中で内心一番焦っているのは、クリスフィア公爵だろう。
大事な我が子が知らないうちに人質にされているのだから。
――と思っていたけれど。
「息子にも魔法学院内を探らせよう」
なんと、息子さんにも協力させるつもりであるようだ。
確かに学び舎や食堂や休憩場所などの共有空間、寮内など自由に動き回れるのは、学生の特権だ。
「二年近くも学院にいるのだ。人も場所もある程度のことは掴んでいるはずだからな。最近変わったところ、違和感を感じるところの報告をさせよう」
「そうだな」
クリスティア公爵も、クリスフィア公爵の提案にのっている。え? 大丈夫なの? それって、危なくない?
私の感じた焦りはローディン叔父様とリンクさんも同様に感じたらしい。そのことを言うと、
「「これくらい対処できなくてどうする」」
というお答えが公爵二人から返ってきた。
公爵家を継ぐ者は危険なことに対処するスキルが求められているようである。そしてクリスフィア公爵の口ぶりからすると、子息はそれができるらしい。
「――まだ時間はある。リヒャルトの目的は玉座だからな。三国との戦争などという面倒事は我々にさせ、その後に反逆するという計画は変わらぬだろうからな」
「ああ。アンベール国が落ちるまでは、生徒たちも無事だろう。――その間に、居場所をつきとめ、内通者を暴く」
公爵二人に、ローディン叔父様とリンクさんが言う。
「私たちに何かできることがありましたら、協力させてください」
「――そうだな。お前たちに是非やってもらいたいことがあるから、その時が来たら、頼む」
すでにクリスフィア公爵には何か案が浮かんでいるらしい。
その言葉にローディン叔父様とリンクさんが深く頷いた。
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