265 ほっとわいん
本日、12月1日、『最愛の家族』3巻発売です!
お家に迎え入れていただければ嬉しいです(*^-^*)
この話の流れで、ホットワインが作られるのは当然と言えよう。
ホットワインは最近バーティア邸とデイン邸でも飲まれるようになっていたので、デイン邸の料理人さんたちが用意して応接室に持ってきてくれた。ワインを温めただけのものと、ジュースやスパイス、蜂蜜などをいれたものの二種類。
「温かいワインか。初めて飲むがなかなかに美味いものだな! それに身体が温まる!」
とクリスティア公爵が目を輝かせた。
「こっちのジュースで割ったものはフルーティで飲みやすい。これは妻が好きそうな味だな」
と言うのはクリスフィア公爵だ。
「「で、出店というのは?」」
二人の問いにローディン叔父様が答える。
「ええ。一般的に出回るワインは誰しも銘柄を気にするものです。そして今は旧カリル領のものは品物に問題がなくても、敬遠される。商人も取り扱いは今控えている。ですが、このまま死蔵品にするにはもったいないですし、何しろ旧カリル領の民の為に流通させて収益を出さなくてはいけない」
「ああ、その通りだ」
クリスティア公爵が頷く。
「実はこれは、バーティア領でこれから行おうと思っていたことなのですが。春の種蒔きの前に、女神様に豊作を祈願する行事がありますよね。領民が神殿に集まって祈念する。――その時には街でいろいろな屋台が出ます。そこでこのホットワインの出店を出す予定だったのです」
そう。実はこのオレンジジュースで割ったホットワイン、昨年末に商会の従業員に好評だったことから、バーティア領でも今年の春祭りで屋台で出す予定になっていたのだ。
「春とはいえまだ肌寒いですからね。温かいホットワインは喜ばれると思いまして」
とリンクさんが付け加えると、公爵二人が「なるほど」と頷いた。
「このホットワインをクリスティア公爵家の名で、神殿に訪れた者に振舞うのはどうでしょうか。ただで飲める酒に文句を言う者はいないでしょう。そして街の出店で同じものを販売するのです。一度美味しいと認識されたら、お金を出してでも、もう一杯飲みたいと思うでしょう。そのホットワインの出店の隣にホットワインに使ったワインを売る出店を設けて販売するのも手です。美味しいものを買いたいと思うのは人の心情ですから。そこでもし産地を聞かれたとしたら、正直に言っても構わないでしょう。件の領のワインであっても、領主であるクリスティア公爵家が手掛けている店での販売です。さらに鑑定済みのラベルが一本一本に貼りつけてある。美味しいことと、公爵家のお墨付き、さらに鑑定済みで安全という三つが揃ったら、大抵の者は、安心なワインだと受け入れると思います」
クリスティア公爵とクリスフィア公爵が「おお!」「なるほどな!」と納得して手を叩いた。
ボトルワインはお祭りでの特別価格にし、少し値段を抑えることで購入しやすくすること。
ホットワインにしても、今までワインを他の飲み物で割るという飲み方はなかったので、物珍しさも手伝ってかなりの数が出るだろうとの予想だ。
それにただワインを温めるホットワインでも、小分けにして出店で販売すると、一本のワインを売った時に得る利益の数倍となることは経験上知っている。
今回はジュースで割るので、原価率はただのホットワインより下がる。
いつもと同じホットワインの価格にして売ることで、ワインボトル販売分の利益減少分を補えるはずだ。
「安全で美味しいとなれば、人々の抵抗感も薄れるでしょう」
「――試してみる価値はあるな」
「温めただけのワインも美味い。ジュースで割ったこっちは飲みやすいからワインが苦手な者でもいけるだろう。ホットワインは二種類ラインナップしよう」
と、公爵二人は乗り気である。どうやらクリスフィア公爵も同様に春祭りでこの試みをやってみるつもりらしい。
クリスティア公爵は画期的な提案をしてくれたお礼に、ローディン叔父様とリンクさんに旧カリル領のワインをプレゼントしてくれるらしい。
それを受けて、二人も春祭りに彼の地のワインを仕入れて販売することにしていた。何か所かで同じ試みをしたら、旧カリル領の民たちは窮地を脱することができるだろう。
「あとの過剰在庫は干しブドウだな。これは好き嫌いが分かれるのだ。私もワインは好きだが、干しブドウはそのまま食べるのはちょっと苦手だな」
「見た目も黒くてシワシワしているしな」
公爵二人は干しブドウはお好みではないらしい。
そういえば、この国の人たちは全体が茶色かったり、黒かったりする食べ物はあまり好まない。
「パンに入っているものは、まあ美味いとは思うが」
「ギュッと詰まった甘さが好きだと言う者もいるぞ」
確かに、干しブドウは前世でも好き嫌いが分かれていたものだ。私も干しブドウそのものは好みではなかったが、パンに入れて焼いたり、あとレーズン入りのお菓子は好きだったなあ。
――あ。
そういえば前世でハマったものがあった。
あの奥深い味わいにがっちりと心を奪われ、普段は食べないレーズンを切らさないようにストックするようになったものだ。
それは、ずばり、ラムレーズンである!
好きすぎてブランデーでも作るようになったのだ。
よく作ったのは、ラムレーズンバターで、トーストに載せて食べると絶品なのである。――ああ。思い出したら食べたくなってきた。
「ほしぶどう、くだしゃい!」
「ああ、いいよ」
「何作るんだ?」
いつものように、ローディン叔父様とリンクさんが立ちあがった。
「ほしぶどうと、おしゃけ、ばたーで、れーずんばたーにしゅる!」
「「わかった」」
いつもながら、二人は私のしたいことをすぐにやろうとしてくれる。それがとっても嬉しい。
「お、面白そうだな」
「どれ、私も」
興味深げに頷いたクリスフィア公爵とクリスティア公爵も一緒に厨房に行くことになった。
「ええと、ラム酒とブランデーご用意しましたよ」
二人の公爵の視線に少し慄きながら空き瓶を用意してくれたのはポルカノ料理長である。
「瓶に洗って乾かした干しブドウを入れて、ひたひたになるまでラム酒を入れる、と」
「こっちはラム酒のアルコールを飛ばした方な」
アルコールを飛ばしたものは、もちろん私が食べる用である。
リンクさんがラム酒やブランデーを火にかけて、きっちりとアルコールを飛ばしてくれた。鑑定でもオッケーが出たのでお子様の私でも食べられる。ありがたい。
「で、ブランデーでも同じように」
「後は一・二時間浸して置く、と」
浸す時間を長くすると干しブドウがお酒をたっぷり含んでふっくらとなるけど、今は早く食べたいので浸す時間を短くした。
もちろん、長時間バージョンも仕込み済みだ。後で食べ比べしても楽しいだろう。
ふふ。楽しみだ。
◇◇◇
ラムレーズンが出来上がるまでの間、応接室に戻った時のこと。
「そういえば、フリーデン。あのことは伝えたのか?」
とクリスティア公爵が思い出したように言った。
フリーデンとはクリスフィア公爵の名前だ。クリスティア公爵が気軽にファーストネームで話しかけるとは、ずいぶん仲が良さそうだ。
「いや、まだだが……」
クリスティア公爵の問いに、クリスフィア公爵が私たちをちらりと見ながら少し口ごもった。
「何かございましたか?」
ローディン叔父様とリンクさんが問うと、
「ああ。これは愉快な話ではないから、事がすべて終わってから伝えるつもりだったが――まあ、ほとんど終わりに近づいているから、いいか」
クリスフィア公爵が少しためらいつつも、口を開いた。
「……実はな、セレンを捕まえたあのホテルの近辺の森に、ルベーラの仲間が潜んでいた形跡があったのだ」
「「そうなのですか?」」
ルベーラは他の大陸出身で、しかも闇マーケットのある国の魔術師である。セレンと同様の罪で、今は牢に繋がれている。彼女の仲間というならまともな人間ではない気がする。
「セレンとルベーラ。二十数年前のリーフ・シュタット誘拐とその命を散らせた罪は重い。誓約魔法を行使して犯した罪を吐かせていたのだが、その罪状は膨らむばかりでな。結晶石の密輸出だけでなく――最近は魔力を持った子供の誘拐にも手を出していたのだ」
「まさか――人身売買にも手を出していたということですか」
「ああ、長年反射魔法で犯罪を隠蔽できていたため――バレることはないと踏んで、人身売買を始めようとしていたようだ」
公爵二人は相当怒っているようだ。「千々に切り刻んでやりたい」と呟いている。
「リーフ・シュタットのように希少な力を持つ者は己のために利用し、そして、魔力持ちが少ない国に魔力持ちを高く売る計画を立てていたのだ」
苦々しくクリスティア公爵が言う。
「――これはな、リーフ・シュタット本人が私たちに訴えたことだ。今は『商品』をかき集めている段階で、まだ売りに出されていないから、助けてやってほしい、とな」
リーフ・シュタットは、かつてセレンのせいで命を散らしてしまった少年だ。だが、彼の魂は死してからもずっとこの世に留まっていた。
その彼は、事件が暴かれた後、魂が天に召されるまでクリスフィア公爵たちにセレンの罪の詳細を教えてくれたという。
今まで証拠がないと裁かれることがなかったセレン元子爵。だが、自信を持って隠した裏帳簿や証拠のありかは、セレンに憑いていたリーフ・シュタットはつぶさに見ていたのだ。彼の証言により次々と犯罪の証拠が発見された。動かぬ証拠を示されたセレン商会は、全ての事業から撤退。犯罪で甘い汁を啜ってきた彼ら一族はその罪状に合わせた罰を下されるとのことだ。
クリスフィア公爵が、これまでの捜査で攫われ、閉じ込められていた魔力持ちの子供たちを保護したことを教えてくれた。
――ああ、見つかって良かった。
そして、クリスフィア公爵は一旦言葉を切ると、ものすごく言いづらそうに私たちを見た。
「――ここからは本当に言いづらいことなのだが……セレンは、目玉商品として、アーシェラちゃんを狙っていたようなのだ」
「「「アーシェを⁉」」」
ローディン叔父様とリンクさん、母様の声が重なり、部屋に響き渡った。
そういう私も、びっくりして思考停止した。
――私が『商品』⁉
お読みいただきありがとうございます!




