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262 そだちざかりなのです

コメントありがとうございます。

なかなかお返事できませんが、楽しく読ませていただいています(*^-^*)

これからもよろしくお願いします!


「ほう? ミンチ肉を使った商品か」

「はい。テイクアウト店は、騎士たちを始め近隣の方々が利用してくれることでしょう。――ですが、その利用客の中には、魔法学院の生徒もいます。そして魔法道具店で魔力を結晶石に注ぐアルバイトをしているということは、あまり金銭的余裕がないということ。そんな彼らにも手に取りやすい価格の商品を、と思っていたのです」

「ああ、それはありがたいな」

 ローディン叔父様の言葉に、クリスフィア公爵の瞳が嬉しそうに細まった。彼が本当に生徒のことを思いやっていることが分かる。

 魔法学院に在籍する学生は十四歳から二十歳くらいまでの若い者たちばかりである。そしてそこに通う生徒の殆どは貴族の子息や令嬢が多い。魔力は血筋によって受け継がれるものだから。

 そして貴族と言えば、国の中でも一握りしかおらず、しかもその階級の人間は庶民と違って飢えを知らない者たちばかりである。


 だが魔法学院には平民出身の魔力持ちもいるのだ。血筋を遡ると先祖に貴族がいて、隔世遺伝で魔力を持つに至った者が現れる。

 魔力を持つ者は希少なので、貴族であれ平民であれ魔法学院に通う者たちは学費や寮費などは無償である。

 けれど、人それぞれに事情があり、魔法学院に通いながらアルバイトをしている生徒もいる。平民出身の生徒だけでなく、下級貴族出身の子息や令嬢もいるという。そう、かつてのリーフ・シュタット少年のように。

 そしてクリスフィア公爵の魔法道具店でアルバイトをしている生徒の中には、家族に仕送りしている者もいるのだ。

 ――実は王都にオープンするバーティア商会のテイクアウト店に雇い入れることを決めた男子生徒が、まさに家族に仕送りを要している子だった。

 以前クリスフィア公爵が言っていた、家庭の経済事情により魔法学院を辞める寸前にまで追い詰められていて、魔法学院側から雇い入れ候補に真っ先に挙げられ、それを受けて私の護衛機関の長であるクリスフィア公爵がいろいろな方面から詳しく調べ、ローディン叔父様たちとの面接の結果、雇うことになったのである。

 今はまだお店はオープン前で、彼はもう一人雇い入れた女子生徒と共に研修中である。

 そしてその二人の賄いを食べる速さと量に、「育ち盛りだからね」とオープン記念のイチゴ大福を仕込みに来た元菓子職人のハリーさんとファイランさんが驚きつつ苦笑していた。

 そんな二人を見ていて、「彼らと同じ境遇の生徒たちが、安価で買えるものを出したい」と考えていた時に思いついたのだ。

 ――原価も売価も抑えられ、美味しくて、かつ量を十分用意できるものを。

 そして、私も大好きだったものだ。


   ◇◇◇


 少し前のことである。

 私はローディン叔父様とリンクさんと共に、王都近くの農地に足を運んだ。

 実は王都近くの畑で、バーティア領のじゃがいもの品種を契約栽培してもらっていたので、収穫したじゃがいもの確認をしに行ったのだ。

 バーティア商会の王都支店では、フライドポテトが不動の人気を誇っているので、じゃがいもを大量に消費する。

 ――だが、どうやらバーティア領と同じじゃがいもの品種は、王都周辺ではあまり栽培していなかったようで、暫くの間はずっとバーティア領から王都までじゃがいもを運んで来ていた。でも、これからも王都に店を構え続けるのであれば、王都近くから原材料を調達した方がいい。

 バーティア領から王都への輸送は時間と費用がかかりすぎるからだ。

 となると、王都の近隣でバーティア領の種芋でじゃがいもを育ててくれる農家を探さなくてはいけない。


 ローディン叔父様からその相談を受けたディークひい祖父様とローランドおじい様が、自らの人脈を使って心当たりのところを紹介してくれた。

 そして、王都近くの農場主がひいお祖父様の生徒だったこともあり、その一角の畑でバーティア領の種芋でじゃがいもを育ててもらうことにしたのだ。

 最初今までとは別の品種のじゃがいもを育てることに難色を示した農場主だったが、バーティア商会がその畑の実りを全量買い付けるという条件を提示したことで、一年限りの栽培を了承してくれた。

 そのため、形がいびつだったり小さすぎるものまで、倉庫には大小のいろいろなサイズのジャガイモの箱が積みあがっている状態である。

 じゃがいもは日持ちする作物だ。それにじゃがいもから片栗粉も出来る。無駄になどするつもりはない。

 そして、じゃがいもを栽培してくれた農場主がこの品種で作ったフライドポテトを気に入ってくれたおかげで、これからも継続して栽培をしてくれることになった。

 材料の確保の目途がたってよかった。

 そして私は、倉庫に山と積まれたじゃがいもを見ていて、何を作ろうか、とわくわくした。


 じゃがいもは品種によって特徴が違う。

 加熱すると煮崩れるものとそうではないもので合う調理法が違う。

 この国でよく出回っているじゃがいもはするっと細長い形をしたもので、煮崩れしにくい。なのでスープやシチュー、そしてお煮しめに合う。煮ても形が残っているのが特徴だ。

 そしてバーティア領で栽培していたじゃがいもは、見た目がごつごつとしていて、丸くてげんこつのような形をしている。煮崩れしやすいけれど、それゆえにマッシュポテトに向いている品種である。

 そしてホクホクした食感のフライドポテトができる。マッシュポテトにしやすく、ホクホクした食感、とくれば、昔懐かしいコロッケが食べたくなったのは当然の流れと言えよう。

 この品種はコロッケやポテトサラダに最適なのだから。


   ◇◇◇


「――ダイムくん、誰も取らないからゆっくり食べなさい」

「ほら、シェルさんも」

 苦笑しながらそう言うのは、バーティア子爵家の料理人のハリーさんと、ファイランさん。

 ここは魔法学院と提携事業として新しくオープン予定のテイクアウト店の厨房。

 じゃがいもの農場から戻って来た帰りに、みんなでお店に立ち寄ったのである。


 アルバイトで雇った魔法学院生のダイムくんとシェルさんの二人はお弁当の試作品をかきこんで食べている。

 その姿はまるで数日ぶりに食事をしているかのような勢いで、

「……魔法学院って、食事出てましたよね?」

 と、ファイランさんとハリーさんが、バイトの二人の食の勢いに首を傾げている。

「ええ。でも育ち盛りの年頃ですもの。みんな食堂の食事の他にめいめいにお菓子や軽食を用意していたものよ」

 と懐かしそうに答えるローズ母様。ローズ母様は魔法学院に在籍中はほとんど毎日、現在の王妃陛下であるフィーネ様のお部屋でお茶をしていたのだそうだ。

 ローディン叔父様とリンクさんも、「魔力を扱う訓練の後はお腹がものすごく空いて夕食までもたないから、いつも軽食を取っていた」と話している。

 魔力を消耗すると、物凄く疲れる。それを回復するのは体を休めることと、そして食事である。

 魔法学院ではきちんと三食食事は出ているのだが、育ち盛りの彼らにとって、それだけでは足りないという。

 確かに、魔法学院に在籍中の子供たちは十四歳から二十歳前後くらい。

 入学時期は人それぞれではあるが、若い子たちであることには違いなく、その年齢の子たちは成長期であることもあって、ものすごく食べるものだよね。


 今回新しいお店に雇った二人は、魔法学院の生徒である。

 黒髪に青い瞳のダイム君は平民出身の十五歳の少年。

 長いストレートの銀髪に薄い紫色の瞳のシェルさんは男爵家出身の少女である。

 平民出身のダイム君は父親が病気になり療養中であるため、家族を養うために、魔法学院を辞めて家に帰る決意をしていた。

 以前、クリスフィア公爵が話していた、魔法学院では手の届かない家庭の事情というやつである。

 もう一人女子学生のシェルさんは、現在犯罪者として投獄されているセレン子爵のせいで没落した男爵家の令嬢である。

 汚い手で商売を乗っ取られ、領地も家もセレン子爵に奪われてどん底の状態であったそうだ。

 少し前にセレン子爵の犯罪が公になり、被害者たちの救済が進んでいる。シェルさんの実家も救済の対象で、返上していた男爵位を再び与えられ、近いうちに領地も家も返還される。さらに賠償金も元セレン子爵家から支払われるという。

 いずれは男爵家の令嬢としての生活に戻ることができるのだが――彼女は小さい頃からずっと大変な思いをしてきた。

 家が再興され、男爵家の令嬢として以前の生活に戻れたとしても、いつかまた同じような目に遭う可能性もゼロではない、と彼女は考えたそうだ。――そう彼女が思ってしまうほど、生活は苦しかったということだ。

 だから彼女は、今後いつどんなことがあっても生き抜いていけるように、技術を身に付け、自ら働くことを決めたそうだ。逞しい少女である。

 シェルさんはさすが貴族の令嬢。所作が美しく言葉づかいも上品だ。

 ――けれど、食べる速度と量は、見ているこちらが驚くほどだ。

 これまで普段の食事もままならなかったという男爵令嬢は、食べられる時にしっかり食べる、という習慣が染みついてしまっているらしい。

 ――そんな悲しい習慣を身に付けざるを得なかった原因を作ったセレン子爵に、今更ながら怒りを覚えたものだ。


 彼らはまだ魔法学院の一年生。

 まだ結晶石に魔力を込める仕事はできないので、バーティア商会のテイクアウト店で雇い入れることになったのだった。



お読みいただきありがとうございます!

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高度経済成長の日雇い労働者のような食いっぷり
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