259 とっておきのレシピ
本日2巻発売です!
お家に迎え入れてくださると嬉しいです!
実は、アース・スタールナのホームページの特集ページに特別CMが載りました!
アーシェの声がものすっごく可愛いです(*^-^*)
販売サイトに繋がるページなので、ここにURLを載せられないのです。
是非検索して観てみてくださいね!
「おにゃかしゅいた」
新しいお屋敷を探検しているうちに、お腹が空いてきた。
船での移動で軽い船酔いをしていた私は、お昼をあまり食べれなかったのだ。厨房にやってきて、ストック用の出汁の香りで急にお腹が空いてきたのだ。
「何かお作りしますよ! アーシェラ様‼」
私の言葉に即行で反応したのはデイン辺境伯本邸のポルカノ料理長である。
と言っても、ポルカノ料理長自身がスフィア邸に異動してきたわけではない。
デイン辺境伯邸の料理人を数人連れて、デイン辺境伯家の味をこのスフィア邸の料理人に仕込みに来たのだそうだ。
「デイン領から船で運んできた新鮮な魚がありますよ!」
「へえ、それは楽しみだな」
と言うリンクさん。
その言葉に『うっ』となったのは、スフィア邸の料理人たち。
内陸部のここは、魚料理より肉料理の方が多い。見たことのない海の魚たちにまだ慣れていないらしい。
「また魚の処理……」「タコって気持ち悪い」などと言っている。
船着き場があったから他の内陸部の土地より海産物になじみがあるのかと思っていたけれど、そうでもなかったのがありありとわかる表情だ。
彼らは、ポルカノ料理長たちから短期集中であらゆる魚の処理を仕込まれているらしい。なんだかお疲れモードだ。
しかも聞いていると、私たち家族のマストアイテムである味噌や醤油も使ったことが無いというから、覚えることがたくさんで大変そうだ。
デイン辺境伯邸から、リンクさんに馴染み深いいろいろな食材が搬入されている。料理人はスフィア領の主人であるリンクさんのために、いろいろな調理を覚えなければならないのだ。海辺育ちのリンクさんには魚料理が絶対に必要だ。それに出汁の引き方や、味噌や醤油などの調味料の使い方もマスターしてもらわなくては。
「大変だろうけどスフィア邸の料理人さんたち、頑張れ」としか言えない。
リンクさん自身は好き嫌いがあまりないと思う。お魚もお肉も食べるし、お野菜とかも残したのを見たことがない。――まあ、クリスフィア公爵からもらったリアンの実は「もう一度食べたいとは思わない」と苦笑していたが。
食べ物の中で、最近のリンクさんのお気に入りは、揚げ物である。
――それなら、あれがいいかな。
ちょうど目の前に材料が揃っているし。魚料理じゃないからスフィア邸の料理人もちょっとは安心できるかな。
「あげものにしゅる」
「「かしこまりました‼」」
私の一言にポルカノ料理長たちが応えて、厨房へ入っていく。
その様子を見たスフィア邸の料理人たちは驚いたように私を見た。
「どれ、俺もやるか。揚げ物は俺の好物だしな」
「あ、硬いパンあるか? そうそれ、すりおろしてくれ」
「じゃあ、私はそうね――フードプロセッサーを用意してくれるかしら? デイン邸から持って来たのよね?」
「お、あれ作るのか?」
「ええ。伯爵邸での最初の料理にふさわしいと思って」
「ああ、いいね。じゃあそれを先に作ろうか」
「しょれ、いっぱいちゅくってくだしゃい」
私が作ろうとしたものと具材が同じなのだ。ちょうどいいから一緒に仕込んでもらおう。
「わかった」
そんな会話をしながら、リンクさんに続き、ローディン叔父様とローズ母様がエプロンをして厨房に入っていく。
その様子に目を見開いたのは、料理人さんたちだけでなく、代官のメンデルさんもだ。
「え? 伯爵様? バーティア伯爵様も、え? ええ?」
と驚愕しきりである。
それはそうだろう。高位貴族である伯爵たちが腕まくりをしてナイフを手にじゃがいもの皮をするすると剥き、玉ねぎを手際よくみじん切りにしていくのだ。
しかも次代のクリステーア公爵夫人であるローズ母様に至っては、お肉をフードプロセッサーでミンチにしているのだ。
目を丸くしてメンデルさんは三人の手際の良さに見入っている。
「メンデル、気にするな。あの二人は爵位を継ぐ前に先代の方針で平民と同じような暮らしをしてきた。従者もメイドもいない屋敷で、自らが料理をし掃除や洗濯などもして生活してきたのだ」
「は、はい。一応聞いてはおりましたが、こうやって実際に目の前にするとやはり驚きます……」
「家族みんなで料理をする姿は、いつ見ても微笑ましいものだ」
クリスフィア公爵は、さらりと私が料理のお手伝いをしていることをメンデルさんに伝えてくれた。
「ローズ様、フードプロセッサーで肉をミンチにしているのですか?」
「ええ、フードプロセッサーをもらった時に家で一番最初に作ったのがこれなの」
ローズ母様がポルカノ料理長に答える。
そうなのだ。リンクさんがジェンド国に出征して行った後にローランドおじい様からもらったフードプロセッサーで一番最初に作ったのが、固まり肉をミンチにして作ったハンバーグだったのだ。
こちらの世界では、お肉は基本的にブロックの状態で販売されている。
それを用途に合わせて切り、調理しているのだ。
当然、商会の家でもお肉はブロックのまま冷蔵庫に入っている。
お肉はシンプルに切って焼いただけでも十分に美味しい。
でも幼児の私はもうちょっと柔らかいものも欲しいと常々思っていたのだ。フードプロセッサーが商会の家にやってきた時、絶対に一番初めに作ろうと決めていたメニューだった。
ローディン叔父様とローズ母様はハンバーグをものすごく気に入り、これまでに何度も商会の家で作っていた。
それでもポルカノ料理長たちが今まで知らなかったのは、このハンバーグは、無事に戦争から帰って来たリンクさんと一緒に、家族みんなで作りたいと思っていたからだった。
だからそれまではバーティア邸やデイン邸の料理人さんたちにも内緒にしていたのだ。
数か月前に「無事に帰ってきて欲しい」という祈りが通じ、リンクさんが無事にジェンド国から帰ってきてくれた。
そして念願の、リンクさんを含めた家族みんなでのハンバーグづくりを商会の家でしたのだ。
ミンチ肉とパン粉を使ったハンバーグ。
素材の味を楽しむステーキやソテーは切ったお肉に香辛料をまぶして焼くという、比較的シンプルな調理法。
それに対しハンバーグは、固まり肉をミンチにするところから始まり、みじん切りにした玉ねぎをじっくりと炒め、硬いパンからパン粉を作って牛乳に浸してふやかし、卵を溶き、都度混ぜていくという工程の多い料理。けれど、その面倒な工程をも楽しみながら、家族みんなでわいわいとハンバーグ作りをした。
私が『リンクさんと一緒に作るまでは、誰にもハンバーグのレシピを教えない』と決めていたことをローディン叔父様から聞き、そのことに感動したリンクさんに頬ずりされてぎゅうぎゅうに抱き締められたことは言うまでもない。
それもあって、ハンバーグレシピは、リンクさんが帰って来てからも私たち家族のとっておきのレシピだったのだ。
「リンク様の為に願掛けをしてらしたのですね! なるほど」
「そして今日、ハンバーグレシピの初解禁ということなのですね!」
話を聞いたポルカノ料理長たちは、新しい料理に目を輝かせていた。
どうやら、私たちがレシピを内緒にしていたことは全然気にしていないようだ。よかったよかった。
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