257 輪廻の中におとされた種
お久しぶりです!
改稿作業が一旦落ち着いたので、更新しました。
今回はアーシュさんの回想です。
今までちょこちょこと出て来た役割の一端が明かされます。
冬の初め、アースクリス国軍と無事に合流した日のことである。
アースクリス国軍を率いて来たクリスウィン公爵と、さらに私付きの従者であるセルトとも約五年半ぶりに再会した。
――セルトの涙を見たのは初めてのことで、本当に心配をかけてしまったのだと改めて思う。
クリスウィン公爵と二人きりになった時、一番先に聞かれたのは、私がアンベール国で捕縛された時のことや、どうやって北の森で生き抜いてきたかということだった。
一通り話をした後に、クリスウィン公爵は感心したように深く深く頷いて、
「アーシェラちゃんはすごいな……。おそらく、私が君と同じ場にいたとしても、同様に力を封じられてしまっただろう」
と言った。その言葉には私も頷くしかない。
「――ええ、否定はできません」
――あの日、私はアンベール王城で突然捕縛され、魔力封じをかけられた。
当時の王城に漂う空気から、何気に予測できたことだったゆえに、『ああ、やはり』と思っていた。
でも、隙を見て逃げるつもりだったのだ。その時は。
アンベール国の者は私に魔力封じの術をかけたことで安心しているが、実は、私には術自体を破壊することができる。――その自信があった。
だがその後、予想外の事態に陥ることになる。
王宮魔術師の手により転移した先の森は、気持ちが悪くなるほどの歪んだ気が支配していた。
それは、今まで対峙してきた『闇の魔術師』とは、けた外れの強さ――
‼ これは……っ!
――瞬時にそれが何から発せられているのか悟った。
――なぜ、このアースクリス大陸に居るのだ!
思いもかけなかった事実に気づき、慌ててかけられていた魔力封じを破壊しようとしたが――遅かった。
数百数千の命を糧にした闇の魔力は凶悪なまでに強大となっており、更に思ってもいなかった『要因』のせいで、――私の魔力は完全に封じ込まれてしまったのだ。
「――盲点でした。アースクリス大陸には『生まれることはない』と思っていたので」
その長年の思い込みが判断を誤らせ、その結果私は囚われの身となってしまったのだ。
「創世の女神様方の守る地に『邪神の種』は生まれおちることはない。それは変わってはおらぬだろう。此度の闇の魔術師は、アンベール国王が別の大陸から引き入れてきたのだからな」
――邪神の種。もしくは邪神の雫、と我々が呼ぶもの。
それは、私が外交官として諸外国を回る、もう一つの理由である。
アースクリス大陸の女神様は『創世の女神』と呼ばれ、『アースクリス大陸をお創りになった女神様』ということになっているが。
開闢記には、『創世の女神によりこの世界が創造された』と記されている。
――つまり、アースクリスの女神様方は、この世界の創造神なのである。
創造神たる女神様方は、弟妹神や従属神と共にこの世界を治めていたが、――やがて女神様や連なる神々は、自らの流れを汲む者たちに、それぞれに後を託し、神の世界へとお戻りになった。
久遠国の神やセーリア国の神、その他の国の神々も同様に。
そして、神々がこの世界を去った――ある時、神々の流れを汲んだ者たちは、世界に不穏な息吹を感じることとなる。
――物事には対となるものが存在する。
光があれば闇があり、生があれば死があり、善があれば悪があるように。
――そして、世界を創造する神がいる一方で、それを壊そうとする破壊の神がいるのだ。
魂があらゆる世界を輪廻することを利用し、破壊の神が魂に種を撒き、世界を混乱に陥れる。
その種が動物で芽吹けば、魔物や魔獣に。人で芽吹けば――大量虐殺を楽しみ、さらに世界そのものを終焉へと誘いかねない、モノへと変化する。
その存在により、消滅した世界がいくつもあるという。
かつて自らが創造した世界を壊された神たちは、新たに作った世界を壊されぬよう、対抗する力を自らの流れを汲んだ者たちに与えた。
創世の女神様たちの流れを汲む、我がアースクリス、そして、久遠国など、世界のいくつかの国に、神たちから託された力を持つ者がいるのだ。
もしも、邪神の種に対処できる者がいなくなれば、――いずれ、この世界は破壊しつくされ、消滅を余儀なくされるだろう。
昔々のおとぎ話として魔物が出てくる話があるが、あれはおとぎ話でも昔話でもない。真実であり、現在進行形のものだ。
あれが架空の話と認識されているのは、人々に魔物だと認識される前にその任を担う者たちが食い止めてきた結果なのだ。
創世神であるアースクリスの女神様の加護がある大陸には、邪神の種を宿した魂は生まれることはない。
たまに己の欲望に引きずられて身を堕とし、自ら闇の魔術師となった存在を光の力を宿す私たちが葬ることはあっても、邪神の種を宿した者に、このアースクリス大陸で対峙することはなかったのだ。
――ゆえに、侮り後れをとったことは否めない。
ただでさえ厄介な闇の魔術師。その存在が邪神の種を宿していた場合、その力は、通常の闇の魔術師よりも凶悪なまでに強大になっていくのだ。
実際に私は全ての力を封じられてしまった。――闇を切り裂くはずの光の力までも。
「クリステーア公爵がやつに深手を負わせることができたのは、おそらく赤ん坊のアーシェラちゃんから、その力の一端をもらっていたからだろうと、フィーネが言っていた。――実は先日聞いたことだが、アーシェラちゃんに加護があったことは、フィーネと陛下はアーシェラちゃんが生まれた頃から知っていたらしい」
「! そうなのですか!?」
「――加護のある者は狙われる。ただでさえ生まれる前からリヒャルトに命を狙われていたのだ。これ以上心配させたくないと、クリステーア公爵夫妻には伏せていたのだそうだ」
王妃フィーネ様は、私の娘アーシェラと同じく女神様方から加護をもらっている。だからこそ、乳母としてアーシェラを育てていた時、瞳の奥に女神様の祝福の印をみつけ、彼女が女神様の愛し子であると気づいたという。
「この折り鶴ひとつとっても、分かるだろう。意思を以て作られ、その対象者を護る力を持ち合わせている。護りの力はこうして『形あるもの』になっていなくても、『想い』でクリステーア公爵に付与されたのだろうな」
そう言ってクリスウィン公爵はアーシェラからもらったという折り鶴入りのペンダントを取り出して私に見せた。じっくりと視ると、そこに金色とプラチナの力が内包されていることに気づく。
――赤子のアーシェラを育てた、私の父と母。
アーシェラにその記憶は残らないだろうが、愛情を以て育てられたことを乳飲み子のアーシェラは感じ取り、父と母を大切に思ったのだろう――父の力は、アーシェラの思いの証なのだ。
「ウルド国でローディン・バーティアが、ジェンド国でリンク・デインが光の魔力を発現させた。さらにクリスフィア公爵、クリスティア公爵もアーシェラちゃんから『もらった』と言っていた。――だが、一番先にその思いを貰ったのは、クリステーア公爵だったということだな」
邪神の種を宿し、強大な力をもった闇の魔術師に、私が完全に囚われて手も足も出なかったこと。
――だが、その凶悪な闇の魔術師に、父が何故深手を負わせることができたのか、何故それ程の者に全く脅威すらも感じなかったのかと、――父自身も首を傾げていた。
その後、ローディンやリンクの光の魔力の発現、クリスフィア公爵たちの光の魔力の増強の事実をもって――父は自分が知らぬうちに赤ん坊だったアーシェラから思いの証である光の魔力を貰っていることに――気づいた。
それにより己の持つ力が強くなり、――本来であれば対処に苦労する、邪神の種により強大になった者を相手にした時も、恐れすら感じることなく、さらに深手を負わせることができたのだ、と。
――先日そのことに遅ればせながら気づいた父アーネストは、嬉しさのあまり涙を落とした。
おかげで今は孫娘が可愛くて仕方ない、爺バカなのである。
――ふと、先ほどセルトから手渡された、アーシェラの作った折り鶴を見る。
折り鶴から、北の森に振り注いだ光と同じ力を感じる。
あの強力で凶悪な結界を消し去ったのは、アーシェラなのだ、と改めて思い知った。
あの時、私は父との繋がりを再び取り戻し――アーシェラとも繋がることができた。
そして、今。
アーシェラから折り鶴に込められた力を受け取った。
女神様は必然を与える。
クリスフィア公爵がウルド国で闇の魔術師から兵たちを護ったように。
クリスティア公爵がジェンド国で毒を浄化し民を護ったように。
――それは必然だった。
これから私たちは三国の最後の国との戦いに臨む。
その為に渡された力なのだろう。
何が起こるか分からないが、絶対に勝利して妻と娘の所へ帰るのだ。
――そう、強く思った。
お読みいただきありがとうございます!




