256 ぽんぽーん
お久しぶりです。
今後の展開を模索しているのと、次巻の書籍化作業も並行していることもあり、
更新が遅くなってしまいました。申し訳ありませんm(__)m
どうぞこれからもよろしくお願いします。
今日はデイン辺境伯の王都別邸に呼ばれてきた。
バーティア子爵邸の王都別邸に連絡があり、リンクさん共々慌てて来た理由は、王都別邸の冷凍庫に不具合が起きてしまったためだ。
リンクさんが応急処置で冷凍庫の中身を凍らせて維持し、バーティア商会の魔法道具職人が修理をすることになった。
「よかったです。冷凍の食材が全部駄目になるところでした」
クラン料理長が安堵のため息をついた。
「設置してからずいぶん経つからな」
「そうねえ、これを機に冷凍庫を新しくしましょう。ローディン、頼めるかしら?」
「もちろんです。ありがとうございます、伯母上」
マリアおば様の一声でバーティア商会の魔法道具店から購入することが決まった。お買い上げありがとうございます。
今現在、お弁当作りを継続している為、冷蔵庫・冷凍庫ともフル回転しているのだ。どちらも不具合が起きては大変である。
魔法道具店のスタッフが応急処置をした結果、冷凍庫は元の半分程度使えるようになったらしい。
副料理長のマークさんが冷凍庫の不具合で解凍してしまった食材を持って厨房へ戻って来た。
「クラン料理長、これ、どうします?」
「あー、イカか。解凍されたついでに使ってしまうか」
見ると、小ぶりのイカが一杯に詰まっている箱が置かれていた。
どっさり入ったイカ。冷凍してあるので、料理に使う分を都度解凍して利用していたらしいが、冷凍庫の不具合のせいで全部解凍されてしまっている。
「今日のお弁当は海鮮を使ったあんかけご飯にしましょう」
ローランドおじい様やディークひいお祖父様へのお弁当作りは続行中なので、今日のお弁当のメニューは急遽あんかけご飯に変更になったようだ。
箱に入っていたイカは思ったより大量だが、それを手際よく下処理していく料理人さんたち。うむ、やはりプロは下処理も早いよね。
私は魚の処理は素人と同じくらいだけど、イカやホタテの処理はできたりする。
何故かと言うと、前世の住んでいた場所はイカの産地であり、イカの旬には、我が家では箱買いがスタンダードだったのだ。そして、その下処理を手伝っていたので、下処理ができるようになった。ホタテもそのとおり。出身県あるあるである。
新鮮なイカはやっぱりお刺身が一番だよね。
イカフライも美味しいし、イカの天ぷらも大好きだ。
イカを焼いたポンポン焼きも美味しい。ちなみにポンポンとはイカを焼いた時にポンポンと音がするから、らしい。
屋台でもよく買ったなあ。
イカは生でも焼いても揚げても美味しい。そして、そんなイカ料理の中でも、大好きでよく作ったものがある。
あ、思い出したら食べたくなってきた。
「いか、しゅこしくだしゃい」
「はい、どうぞ」
クラン料理長に下処理したイカを用意してもらった。
「さて、どうするんだ? アーシェ」
リンクさんとローディン叔父様がいつものように厨房に立つ。
鍋にお酒と醤油と味醂、お砂糖を入れてひと煮立ちさせて、そこにイカとゲソを入れてかき混ぜる。
「さんぷんくらいにたら、ひをとめてさます」
「随分簡単だな」
「それだけでいいのか?」
「あい。いか、ひをとおしすぎると、かたくなりゅ」
イカを煮る時はサッとでいい。煮れば煮るほど固くなってしまうのだ。
ちなみにイカから水が出るので水を入れる必要はない。イカの旨味が煮汁に溶け出て、それもとっても美味しいのだ。
「さますといかにあじがしみておいちい」
そう言うと、リンクさんが頷く。
「ああ、肉じゃがやかぼちゃの煮物と同じなんだな」
そう、煮物は冷めていく段階で味が染みて美味しくなるのだ。
「これは何というお料理なのですか?」
調理を側で見ていたクラン料理長が聞いてきたので。
「いかのぽんぽんに(煮)!」
イカのぽっぽ煮というところもあるけど、イカのぽんぽん煮で育ったのでそれで行く。ぽんぽん煮はいか飯の別の呼び名というところもあるらしいが。
同じ味付けでイカ飯が出来るので、同じくくりかなあ。
ふと見るとまだまだイカが残っているので、じゃあイカ飯も作ろうかな。
クラン料理長が手伝いを申し出てくれたので、お願いすることにした。と言ってもすでにイカの下処理済みなので、工程は簡単。
イカの胴体にもち米を少量入れて煮汁でじっくりと炊き込むと、ぷっくり膨らんだイカ飯の完成なのだ。
時間を置いた後に輪切りにしてみると、炊き込んだもち米がのぞいて、とっても美味しそうである。
料理人さんたちはそのビジュアルに感動しきりである。
「面白いですね! イカにもち米を詰めるとは!」
「大き目のイカなら輪切りにして、小ぶりのイカでしたらそのままの形でもお弁当にいれられますね」
「皆さん驚きますよ~!」
どうやら今後のお弁当メニューに決まったようだ。
◇◇◇
お弁当作りが終わり、いい感じに味が染みたイカ飯とぽんぽん煮を試食することになった。もちろん、いつものように厨房横の従業員用の食堂で、みんなと一緒だ。
「いただきましゅ!」
まずはイカ飯をぱくり。
イカ飯は加熱時間が長いので、イカは縮んで食感はしっかり、中のもち米はもっちりとなる。
うん文句なく美味しい。
「美味い」
「これは美味いし、面白いな」
「ええ、イカにもち米が詰まっているなんてね」
「こんなの見たことがないわね」
皆、イカ飯のビジュアルに感心しきりである。
その次は、イカのぽんぽん煮だ。
こっちの方が私がよく作っていた定番料理である。
うん、ちゃんと柔らかく仕上がっている。
「おいち~い!」
イカから出た美味しい煮汁が絡んで、すっごく美味しい。
――ああ、懐かしい味だ。
「へえ、イカが柔らかく煮えてる。それに美味い」
「パスタとかに入っているイカも美味しいけど、あれってギュッと詰まった感じの歯ごたえだよね。こんなに柔らかいのは初めてだ」
「イカも美味しいけれど、この煮汁もいいお味ね」
「そうね、初めて食べるお味だけど、とっても美味しいわ」
デイン辺境伯領でいつもイカを食べて来たリンクさんやマリアおば様が、柔らかくて美味しいと言ってくれた。
「「火を通したのに柔らかいですね」」
「「美味しいです!」」
「煮る時間は短くていいんですね。とっても柔らかくて美味しいです!」
料理人さんたちがイカの柔らかさにふむふむと頷いている。
うん、柔らかくて美味しいよね。
この国では基本的に食材にしっかりと火を通すという習慣があった。
なので、オムレツはパサパサになるまで焼くし、ステーキの焼き方はウェルダンで、幼児の私には嚙み切るのが大変だった。
味には食感も重要。
トロっとしたオムレツ、すっと歯が立つステーキ、食感とのど越しも大事なのだ。
「煮る時は水を入れなかったのですね」
うん、イカ自体に水分が含まれているのだ。だからあえて水を入れなくてもいい。それにイカから出る旨味が煮汁に出て、とっても美味しくなるのだ。
そう言ったら、クラン料理長がほう、と頷いた。
「煮汁にイカの旨味が詰まっているのですね」
「あい。ごはんにかけてたべると、しゅごくおいちい」
と言ったら、もれなく全員にご飯が用意された。
まあ、当然の成り行きだよね。
「あ、うっまい! この煮汁!」
「本当だ! ご飯が進む味だ!」
「「美味しい!」」
「「うまーい!!」」
ふふ、美味しいでしょ。
ごはんにかかったイカの煮汁は、イカの皮の色が煮汁に溶け出していて少し赤紫色になっている。
そんな赤紫色がかった煮汁は、見た目は良くないけれど、イカの旨味が詰まっていてすっごく美味しいのだ。それにイカも柔らかく食べられるし。
ああ、やっぱり、すっごく美味しい。
「見た目は悪いけど、うっまい!」
「うんうん。赤紫色の煮汁は最初美味しそうに見えなかったけど、美味い」
おかわりをしながらリンクさんとローディン叔父様が予想外だった、という。
「そうねえ。あの色はちょっとびっくりしたわ」
「ふふ、そうですわね」
「「そうですね!! 見た目はちょっと良くないですが、美味しいです!」」
あの色の濃い煮汁は結構インパクトが強かったようだが、一度食べたらすっかりその美味しさに虜になってしまったようである。みんなでおかわりしているのがその証拠だろう。
ぽんぽん煮は、イカは柔らかく、旨味の詰まった煮汁がかかったご飯はリゾットのようにさらりと食べられる。
料理人さんたちも「色がー」と言いながらも、リゾットをかきこんでいる。ふふ、美味しいよね。
――海に面しているデイン辺境伯領において、イカのぽんぽん煮とイカ飯が郷土料理として定着したのは、それからしばらく経った後のことである。
お読みいただきありがとうございます。
ずっと悩んでいた今後の方向性がやっと決まりつつあります。
とはいえまだ悩むのでしょうが(^_^;)
次巻の書籍化作業もあるので、更新はまだ不定期ですが、どうかこれからもよろしくお願いします!




