251 女子が好きなもの
「貴族街と商店街の境目あたりに、クリスフィア公爵家門の店がある。手狭になって数年前に同じ敷地内に店を新しく建てた。前の建物を壊さずそのまま残してあるのだ。今でも十分に使えるぞ。そこなら騎士の詰め所に近くて比較的治安がいい。それに、騎士たちも買いに行きやすくて喜ばれると思うぞ。どうだ?」
そういえば、クリスフィア公爵に案内されてお店に行ったことがある。
そこは大きな通りに面した、立地条件が良い場所で、しかもものすごく広い敷地だったことを覚えている。
「――場所はいいのですが」
ローディン叔父様とリンクさんが悩むのも当然だ。
そこは一等地で、賃料も当然高い。費用対効果を考えたらこの場所は対象外である。
躊躇う二人にクリスフィア公爵が「実はな」と言った。
「この提案には、魔法学院も絡んでいてな。できればその店に学生をバイトで雇ってもらいたいのだ」
「――ああ、その件も絡んでいるのですか」
リンクさんやローディン叔父様がその提案の裏にある事情に気づき、頷いた。
「理解してくれたか。そう、魔法学院は身分にかかわらず無料で、授業もそして寮の生活費用も国で負担するのだが、人それぞれに様々な事情があって金銭が必要になることも多いのだ。そういう時、家に頼れぬ立場の生徒などは手っ取り早く結晶石に魔力を注いで売ったり、作った魔道具を売ったりして工面することが多い――だが、かつてリーフ・シュタットはそのせいで命を散らしてしまった」
――リーフ・シュタット。
二十数年前にその特殊な能力を狙われ、攫われてさんざん搾取された挙句、命を落とした魔法学院の生徒であった少年。
彼は男爵家に生まれながらも裕福ではなかった為に、希少な能力である反射魔法を込めた魔道具を作成して売った結果、セレン子爵に目を付けられてその一生を台無しにされてしまったのだ。
「だから、リーフ・シュタットの事件以降、学院で結晶石や魔道具を買い取る場所を生徒に提供することにした。それは主に我がクリスフィア公爵家が運営している店なのだ」
「「はい、知っています」」
「教師をしていた時、家庭の事情で魔法学院を辞めざるをえなかった者もいた。学生の間は生徒の面倒を国が見るが、その家族の生活までは面倒を見切れないだろう?」
その通りだ。学生本人分は前述通り、学費生活費とも免除になる。それだけでいいかといえば、一筋縄ではいかぬ者もいる。魔法の適性があって魔法学院に入学したものの、家庭の事情で、家族を養うために学院を辞めて働くことを選択して、泣く泣く魔法学院を去って行った者もいるそうだ。
「優秀な生徒が後ろ髪をひかれながら学院を去っていかねばならない――そのような者を極力出さないようにと、私が教師時代にこの店を開いたのだ」
そうなんだ。
リーフ・シュタットの身に起きた痛ましい事件の後、経済的理由で生徒が危ないことに巻き込まれないようにと、クリスフィア公爵が学生の為の店を開いたそうだ。
魔法道具店は数多あるが、主にクリスフィア公爵の店や、魔法学院と提携した店は、学生だからと結晶石や彼らが作った魔道具を買いたたかずに、品質を確かめた上で適正価格で買い取りをし、さらに生徒たちに必要な物を割引価格で販売しているそうだ。
そうしなければ、第二第三のリーフ・シュタットを生み出してしまうかもしれないからだ、という。
彼が攫われた事件は魔法学院に大きな一石を投じたようだ。
「ただな、潤沢に魔力があり、結晶石に魔力を込めることのできる者もいるが、そうではない者もいる。経験の少ない一年生はなおさらだ。そういう生徒には『魔力が必要ない』働き口を斡旋してやりたいと思っていたのだ。――だからな、お前たちからテイクアウト店の出店構想を聞いた時にこれだ、と思った。勝手だとは思ったが魔法学院に『学生の可能性を潰さず、決して搾取したりしない、信用できる商会』として、バーティア商会を推させてもらった」
バーティア商会には、かつて魔法学院の教師を長く勤めていたディークひいお祖父様がいる。数年前まではダリウス・バーティア前子爵のせいで借金返済に追われていたが、今では次々と新規店舗を展開して行く、波に乗っている話題の商会である。
「魔法学院も「バーティア先生のおられる商会なら」と乗り気で、すでに先日魔法省にいたバーティア先生にお伺いを立てた。先生はこの件を受けるかどうかはお前たちに任せると仰られていた」
「祖父なら、絶対に受ける話ですね」
「ああ、間違いなくな」
うん、ディークひい祖父様は領民を大事にする方だ。
領民をよく見て、本当に必要なことには惜しまずに援助をする。
さらに三十年近くも魔法学院の教師をしてきたのだ。そんなひいお祖父様が魔法学院の生徒の為になる話を蹴るはずはない。
「うちの敷地内ということで公爵家の護衛も店に付けてやることもできる。賃貸料は魔法学院の提携事業となるから、相場の半分。どうだ?」
「相場の半額。それならいまある店の地域の相場と同じくらいですね」
ローディン叔父様とリンクさんが顔を見合わせて頷いた。
「分かりました。お受けします」
と言ったローディン叔父様とリンクさん。答えを聞いたクリスフィア公爵がホッとした表情になった。
「クリスフィア公爵所有の敷地内で、馬車を停める場所も十分にある。貴族街に近いから騎士たちの巡回もありますし、いいですね」
「騎士たちの詰め所にも近いから、彼らの希望にいい形で応えられそうだな」
それに、騎士さんたちが出入りすることでパン屋さんも安心感を得られていた。テイクアウト店のいいお客様になってくれたら、安全面でもいいと思う。
「――ちゃんと一番大事なところはおさえておく」
クリスフィア公爵は私を見つつ、そう呟いた。
その言葉の意味は、私の護衛機関の長であるクリスフィア公爵が、私の身の安全の方を優先し、商会で雇い入れる生徒を厳選するということだろう。支援が必要な者、誰彼かまわずではないと言っているのだ、と分かった。
その言葉の意味を知っているローディン叔父様とリンクさんが、深く頷く。
「ええ、そこは一番重要です。私たちも厳しく見定めさせていただきます」
「最終的には私たちに決めさせてください」
「ああ、もちろんだ。生徒を雇い入れるのも、雇った後に辞めさせるのも判断は任せる。そこは魔法学院に言っておく」
ローディン叔父様とリンクさんの要望に快く頷いたクリスフィア公爵。
「クリスフィア公爵のお店と言えば、貴族街を抜けたすぐのところですね」
話を聞いていた月斗さんがふむふむと頷いた。
「よければ久遠国も店を出しますか? あそこの近くにも斡旋できる場所がありますよ」
クリスフィア公爵は昨年末に発覚したカリル伯爵がらみの事件で、よく久遠国大使館や神社に出向いていた。さらに豆板醬の件もあってすっかり久遠国大使館の皆さんと顔なじみになっている。
「いい場所だと思いますが、こちらに来てまだ間もないので、落ち着いたら考えさせてください」
久遠国大使館に来て、思いがけずテイクアウト店の出店場所が決まった。
「魔法学院との提携事業になるから、詳細は後日魔法学院で話し合おう」
「「承知しました」」
そういえば、魔法学院といえば。たしか、訓練メニューに寒大根を取り入れたのではなかったか。
ふと思い出して「かんだいこん……」と呟いたら、クリスフィア公爵が思い出したように言った。
「おお、そうそう、寒大根な! いい訓練メニューだと重宝されているぞ。今年は干し芋も訓練メニューにしたのだ」
「ほしいも!」
昨年干し芋を差し入れして、それを私が覚えたての風魔法で乾かしたことを聞いたクリスフィア公爵が魔法学院に提案をして、干し芋を訓練メニューに加えたそうだ。
「訓練メニューに入れたら、干し芋にハマった女子が、授業以外でも風魔法を使って干し芋作りをしていてな。おかげで風魔法の習得の早いこと早いこと。実益が絡むと集中力があがることを実感したな」
そのことは、リュードベリー侯爵も言っていた。
次男のアレンが魔力の微調整が苦手で、よく物を吹き飛ばしていたが、干し芋食べたさに集中力があがって、結果的にコントロールが上手になったと聞いた。
それと同じことが魔法学院でもあったらしい。
「魔法学院に大量のサツマイモが納品されたと聞いたから、出来上がった干し芋が余ったら買い取ろうと思ったんだが」
あ、その言葉の続きは予想がついた。
「全部生徒と職員の腹におさまっていた。――残念だ」
ふふ。やっぱりそうだよね。
なんだかその様子が目に見えるようで、面白い。
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