250 からいものが好きなのです
『転生したら最愛の家族にもう一度出会えました』
第一巻が4月3日に発売になりました!
これも読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます!
「えびちり!」
「え?」
「とまとけちゃっぷと、とうばんじゃんちゅかった、えびのりょうり!」
あれならお子様の私でも美味しく食べられる!
「豆板醤にトマトケチャップですか? トマトケチャップはここ最近使うようになった調味料ですが、豆板醬と合うのでしょうか……」
リオ料理長や大使館の料理人の躊躇った声で気づいた。
おや、トマトケチャップはこれまで久遠国に無かったみたい。
ケチャップベースのチリソースは美味しいんだよ。
「トマトケチャップは美味しいですよね。おかげでオムライスを大使館でもよく作るようになりましたよ」
そうなんだ、それなら。
「おむらいすのけちゃっぷらいすに、ちょっとだけとうばんじゃんいれると、ぴりからになっておいちい」
確かピリ辛味は前世でも大人のオムライスと称されていたのではなかっただろうか。
「おお! それは試してみる価値があるな!」
辛い物好きのクリスフィア公爵が食いついた。
――と言うわけで、エビチリの他に、急遽ピリ辛オムライスが追加となった。
エビや他の食材の下処理をする間に、すでに作り慣れているというオムライスを手際よく作って行く料理人さんたち。
辛い物好きなクリスフィア公爵には豆板醤が効いたものを。私とローズ母様用にほんの少しだけ豆板醬を入れたものを用意してくれた。
「トマトケチャップと豆板醤合うな!」
ピリ辛で美味しいと絶賛するクリスフィア公爵。だがすぐに、
「私としてはもっと辛くてもいいな!」
と言った。どれだけ辛い物が好きなんだ。想像しただけで舌がピリピリしてくるよ。
まあ、好きだから豆板醤の再現までしようと情熱を傾けたんだね。
おかげで豆板醤とコチュジャンを手に入れることができてよかったけど。
「ピリ辛で、大人のオムライスという感じですね。でも私はどちらかというと普通のオムライスの方が好みですね」
ローディン叔父様のその言葉にリンクさんもローズ母様も頷いた。
どうやら私の家族は王道のオムライスの方がお好みのようだ。
そうこうしているうちに、エビのチリソース煮用の具材の準備ができたらしい。
新しい料理は自分で作って覚えたいと、月斗さんの了承を得てローディン叔父様やリンクさんがリオ料理長たちと一緒に大使館の厨房に立った。
「えーと、ケチャップに豆板醤を少しいれて、ニンニクとショウガはすりおろして、酒に砂糖、そして鶏がらスープだな」
ボウルに材料を次々と入れ、チリソースの準備をしていくローディン叔父様。
具材の下処理をしてもらっている間にリンクさんとローディン叔父様に大体の作り方を話しておいたので、二人で手分けをして手際よく調理を進めていった。
「ケチャップを使ったチリソース、楽しみですね」
リオ料理長たちが興味津々にローディン叔父様の手元を覗き込んでいる。
チリソースはこの国でもトウガラシを使ったソースと認識されている。色んな種類のトウガラシがあるので一口にチリソースといっても何種類もあるらしい。なるほど。
まずはケチャップベースのチリソースの下準備ができたので、次は具材だ。
玉ねぎにニンジン、ピーマンを炒め合わせる。本来の具はネギだけらしいけど、チリソースが絡んだ玉ねぎやピーマンは美味しいのだ。
それにピーマンの緑色が映えて彩もいいし。エビチリを作る時は野菜たっぷり、が前世の我が家の定番だった。
次に下味をつけたエビを炒め、合わせたチリソースを加え、最後に水溶き片栗粉であんかけにする。
エビのチリソース煮、エビチリの完成だ!
ほのかに香るニンニクと豆板醬の匂いが食欲をそそる。
「うわ! うっまい!」
「このソース、もの凄く美味い‼」
先に味見をしたリンクさんとローディン叔父様が声を揃えた。
そうでしょう! トマトケチャップの酸味と甘み、少しだけ入れた豆板醬の辛みが全体の味を底上げしてとっても美味しいのだ!
「おいちい! すき!」
「そうね。美味しいわ。さっきのは辛みが強くて食べられなかったけれど、これはソースの旨味の中に少し辛みを感じるくらいね」
辛みが苦手なローズ母様も美味しいと言ってくれた。
「これはまた美味しいですね。それに料理が鮮やかな色で食欲をそそります」
リオ料理長、大使館の料理人たちもうんうんと頷いている。
豆板醤を使った麻婆茄子や麻婆豆腐は辛みの奥に旨味があったけれど、お子様の私には厳しかった。そのうち甘口仕様にしようと心に誓ったくらいだ。
対してトマトケチャップを使ったチリソース煮は、トマトの甘みとほのかな酸味、香味野菜の旨味も加わって、豆板醬の辛みもちょうどいいアクセントになってとっても美味しかった。
「うん。麻婆豆腐も美味かったし、このチリソース煮もいいな」
クリスフィア公爵もご満悦だ。でも「エビチリにもう少し豆板醬を入れてもいいな」という言葉にどんだけ辛い物好きなんだ、と突っ込みたくなった。
「この味は絶対お祖父様もお好きよね」
ディークひいお祖父様の食の好みを知るローズ母様がポツリと言った。
「そうだね。次のお弁当はエビチリにしよう」
とローディン叔父様が頷く。
しかし、いつものお弁当の量を考えるとエビが大量に必要になる。
デイン辺境伯領から王都までの距離を考えたら、すぐには数が揃えられないかも。
私同様にリンクさんもそう思ったらしく、私の考えと同じことを言った。
うん、やっぱりそうだよね。
「えびのかわりに、とりにくとか、あつあげどうふでもおいちい」
私は前世、エビの処理が面倒だった時、よく他の食材で代用していたものだ。
「それはいいですね。海鮮があまり手に入らないルードルフ侯爵領の久遠国大使館にはもってこいですね」
月斗さんが満足そうに微笑んだ。ルードルフ侯爵領は内陸部にあるので確かに海鮮ではなくお肉とかの代用品の方が多くなるだろうけど、チリソースが美味しいのでなんの問題もない。
「ルードルフ候爵様もお喜びになると思います。このソース自体が美味しいので、海鮮ではなくても確実に美味しいでしょうね!」
リオ料理長はにこにこと笑って同意してくれた。
久遠国の大使である秋津様と奥方のサヤ様は、ルードルフ侯爵領にある久遠国大使館と王都の大使館を行き来していて、今日はルードルフ侯爵領の方にいらっしゃるそうだ。
その間王都の大使館は月斗さんが大使の権限を与えられて業務を遂行しているらしい。
その月斗さんの希望で、鶏肉や厚揚げ豆腐でもチリソース煮が作られた。先ほどのエビチリは急遽作ることになったので、エビの量もあまりなかったのだ。物足りなかったらしい。
鶏肉や厚揚げ豆腐で作られたチリソース煮は、もちろん大好評だった。
「トマトケチャップを使ったチリソースは絶品だな!」
「鶏肉は食べ応えもあっていいな」
クリスフィア公爵とリンクさんは鶏肉バージョンがお気に入りのようだ。
「厚揚げ豆腐の新しい食べ方ですね。美味しいです」
「ソースが美味しいから何にでも合いますね」
月斗さんや久遠国の料理人たちは厚揚げ豆腐の方に感心しきりだ。
「――こうなると、やっぱりまた催促されるな」
「そうだね」
リンクさんとローディン叔父様が苦笑した。
うん? 何を? と首を傾げた私に、叔父様たちが言った。
「ああ、騎士や魔術師たちが、以前差し入れしたお弁当と同じものを購入したい、と言って来ていてね」
「肉まんや卵フライみたいな軽食はパン屋で対応できるんだが、『食事』となるとな。――まだ王都でレストランはちょっとな……」
そういえばそうだった。
パン屋によく来る騎士さんたちは、休憩スペースで肉まんを頬張りながら「ここはパン屋だからあんかけご飯はないんだよな」と残念そうに言っていた。
肉まんや卵フライの売れ行きを見たら、レストランにもお客様は来てくれるだろう。バーティア子爵領のレストランもいつも満員御礼状態なのだから、王都でもやっていけるだろう。――でも。
「まあ、確かにな。まだ不穏分子があちこちにいるし、安全性が確立できるまでは保留にしておいた方がいい」
クリスフィア公爵も頷く。
バーティア子爵領に昨年オープンしたホテルやレストランは、クリスフィア公爵のもと、厳重な警備体制で運営されている。
その理由は、私やローズ母様の安全の為である。
バーティア子爵領に入り込み、母様や私に害をなそうとする輩の数は残念ながら減ってはいないのが実情だ。
そんな中バーティア子爵領より人の出入りが多い王都で、危険を呼び込むような商売はできない、との見解なのだ。
昨年バーティア子爵領に開店したレストランはこの国ではまだ珍しい米や調味料を使った料理が美味しいと評判になっている。日本食は出汁の文化。どれをとっても味に深みと奥行きがあるのだ。それにハマった人たちが、王都にもレストランを開店しないのかと問うてきているらしい。
なんだか仕事のチャンスの邪魔をしているようで申し訳ないが、いつも叔父様たちは私やローズ母様のせいではないと言ってくれる。
――「悪いのは悪いことを考える人なんだ」と。
「確かに、レストランは時期を見てからの方がいいだろうな。――それで、その代わりにオープンしようと話していたテイクアウト店はどこにするつもりだ? まだ場所を決めていないならうちの建物はどうだ?」
「――え?」
クリスフィア公爵の突然の申し出に、ローディン叔父様とリンクさん、そして私も驚いた。
お読みいただきありがとうございます。




